scene:214 迷宮主
マナテクノは小型起重船を打ち上げ、小惑星の欠片であるディザスター1へ向かって飛翔した。小型起重船の中に居るのは、二体のボーンサーヴァントだけである。
その小型起重船に取り付けられているカメラが撮影した映像を、マナテクノの本社で雅也は見ていた。その隣には小雪と神原社長がいる。
「この映像は世界に配信しているのかね?」
神原社長が雅也に尋ねた。
「いえ、今回は配信していません。ですが、世界中が注目していると思いますよ」
宇宙技術が進んでいる先進諸国は、小惑星『ディープロック』とディザスター1に多くのセンサーやカメラを向けていた。
ディザスター1に近付いた小型起重船は、スペースデブリ駆除装置を発射する。その中に源勁結晶を使った衝撃波発生装置が積まれていた。
宇宙的にはゆっくりとディザスター1へと進み、その進行方向に対して斜め横二〇〇メートルほどに接近した瞬間、スペースデブリ駆除装置が衝撃波発生装置を作動させた。
スペースデブリ駆除装置が粉々に砕け、発生した衝撃波がディザスター1に向かって膨れ上がる。この衝撃波は空気を媒体とするものではなく、空間自体を歪ませて膨張するものなので大きな破壊力を伴っていた。
衝撃波とディザスター1が衝突し、ディザスター1は粉々に砕け弾かれて軌道が変わった。
「うわっ……凄まじい威力なのね」
小雪が目を見開いていた。
「儂が想像していた以上の威力だな。これを見た他国は、マナテクノが危険な兵器を開発したと思うんじゃないか?」
「各国はマナテクノがどんな方法で破壊したのか、分からなかったはずですよ。マナテクノとしては、宇宙空間で使えるダイナマイトよりも強力なものを発見したのだと、発表するしかないですね」
「しかし、発表する時には、源勁結晶のことは言えないだろう。そこはどうするのだ?」
「マナテクノは特殊衝撃波を発生させる方法を発見したが、希少な物質が必要であり量産できるものではないと、発表するだけでいいんじゃないかな」
「それだと、その方法を追求する国が現れると思うぞ」
「日本政府に、安全保障上の問題があるので詳細を公表するつもりはないと、発表してもらえばいい。そのくらいの便宜を図ってくれてもいいでしょう」
軍事的先進国の中に、自国の先端軍事技術を公表するような馬鹿は存在しない。当たり前の話なので、安全保障上の問題があると言えば、それ以上追求するような国はないだろう。
但し、それは表向きで裏で何とか探り出そうと動き出す国は出てくるはずだ。源勁結晶の研究チームのセキュリティレベルを上げねばならない。
ディザスター1が破壊されたことで、世界は元の状態に戻った。
世界はマナテクノの功績を認めて称賛した。だが、ディザスター1を破壊した技術を問題にする識者や評論家と呼ばれる人々も多く、内容を公表すべきだと言う者も現れた。
雅也は公表する方が、問題があると思う。だが、それらの人々は自分たちが知らない軍事技術が存在するということが、我慢できないようだ。
日本とアメリカがマナテクノを擁護したので、騒ぎは表面上収まった。
その中でマナテクノは、大きなプロジェクトを進めていた。ディープロック捕獲プロジェクトである。数多く大型高出力の動真力エンジンを積み込んだ大型起重船が打ち上げられ、ディープロックへ向かった。
この大型起重船は最終テストが終わり、打ち上げの許可が下りたものだ。
乗員はボーンサーヴァントだけだが、ディープロックに到着したボーンサーヴァントたちは、大型高出力の動真力エンジンを小惑星に設置して、起動させた。
地球から制御する動真力エンジンは、月と地球の間にあるラグランジュポイントへディープロックを誘導し、地球を周回する軌道に乗せた。
それを知った世界の人々は、マナテクノを称賛した。そして、ディープロックの資源採掘権を持つマナテクノは、宇宙に膨大な金属資源を持つ会社となった。
もちろん、宇宙空間で金属鉱石を製錬する技術や純度を高める精練の技術も開発する必要がある。しかし、世界中の会社や技術者が協力を申し出ることは予想できた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
マナテクノが世界で最も有名な会社となった頃、ベネショフ領のデニスはエグモントと従士たちを集め、迷宮について話し合っていた。
「『さまよえる神の家』で発見した『迷宮の生態』という本に、二八〇年周期で起こる迷宮主の交代が書かれていたのですね」
最年長の従士であるザムエルが確認した。
「そうだ。三年後に元迷宮主が迷宮から出てくる。陛下と重臣の方々が話し合われ、小さな迷宮の迷宮主を倒して、迷宮がどうなるか確かめることになった」
「迷宮主が討伐された事例がないのですか?」
イザークが質問した。
「迷宮主を倒したという探索者はいる。だが、本当に倒したかどうかが、はっきりしない」
「それで、迷宮主を倒して何が起きるか、見てみようというのですね。誰が迷宮主を倒すのです?」
「近衛部隊の精鋭たちだ」
「ああ、武闘祭の優勝者が何人もいる近衛部隊ですか。凄い強者だけでチームを組むんでしょうね」
国王は、ムウロン領にある小さな迷宮に近衛精鋭チームを派遣して、迷宮主を倒すように命じたらしい。この迷宮は十二階層までしかなく、迷宮主は巨大な狼だと言う。
地元の者が『スコル』と呼ぶ迷宮主は、探索者が何度挑戦しても勝てない相手だと言う。最近は誰も挑戦しなくなってるらしい。
「ベネショフ領としては、どうするのです?」
エグモントが難しい顔をして答えた。
「迷宮主を倒すことを考えて、岩山迷宮を調査する。最終層が何層かも分かっておらんのだからな」
「誰が調査するのです?」
「デニスが中心になって調査する。イザークとフォルカが手伝ってくれ」
アメリアたちや探索者を排除して、デニスと従士だけを指名したところに、エグモントの本気が感じられた。
岩山迷宮は、現在九階層まで到達したところで探索が止まっている。デニスたちが忙しくなって探索をやめたからだ。
リーゼルなどの探索者は、岩山迷宮に潜り続けていたのだが、五階層の無煙炭や八階層の紫外線硬化樹脂の需要が多く、深く潜る必要を感じなかった。
「深く潜るとなると、迷宮で野営することも考えないといけませんね」
フォルカが意見を言った。
「至急、野営装備は用意する。それらの装備をどうやって運ぶかだが、ライノサーヴァントが使えると思う。使えない場所は、大勢のボーンサーヴァントを出して運ばせる」
デニスはブラックスケルトンのボーンエッグを多数持ち帰ったので、これを『ダークエッグ』と名付け、こいつから生まれるボーンサーヴァントを『ダークサーヴァント』と呼ぶことにした。
ダークサーヴァントは、二個ずつイザークとフォルカにも渡し、ダークサーヴァントを誕生させた。
デニスのダークサーヴァントは、『魔源素』『頑強』『怪力』『加速』『爆砕』の真名の力を注ぎ込み生み出した。その数は二体である。
野営装備は、テントと寝袋、調理道具、食糧などだ。ちょうど一体のライノサーヴァントで運べる量になった。ちなみにダークサーヴァントが運ぶとなると、四体が必要になる。
それらの準備を終えたデニスは、イザーク、フォルカと一緒に岩山迷宮へ潜った。
野営する予定になっているので、デニスたちはゆっくりと迷宮を進んだ。
「デニス様、ここの迷宮主は、どんな化け物だと思います?」
フォルカが尋ねた。それを聞いたイザークが先に答える。
「きっと、伝説の竜じゃないかな」
竜という言葉を聞いて、デニスは顔をしかめた。伝説の竜というのは、王都の東にあったビセットという侯爵領を絶滅させ、王国に多大な被害をもたらしたと言われている存在だからだ。
「おいおい、そんな化け物だったら、僕たちじゃ倒せないぞ」
「分からないですよ。このまま迷宮の奥深くまで進めば、新しい真名を手に入れられるかもしれない。その中には強力なものがあって、竜だって倒せるかも」
デニスは首を傾げた。竜を倒せるような真名というのが、想像できなかったからだ。広大な侯爵領を焼け野原にしたという伝説の竜と同じような化け物を倒すのに、どんな真名が必要なのだろう?
「それで、その伝説の竜は、どうやって死んだんです?」
フォルカが質問した。
「一〇年くらい暴れまわった竜は、突然倒れて死んだらしい。もしかしたら、寿命だったのかもしれない」
イザークとフォルカが顔をしかめた。
「最悪だ。結局、誰も倒せなくて寿命が来るのを待つしかないということじゃないですか」
「そうだな。だからこそ、その伝説が真実じゃないのかと思えるんだ。おとぎ話だったら、かっこいい英雄が現れて、退治されたみたいな話になるはずだろ」
イザークとフォルカが溜息を吐いた。




