scene:213 ディザスター1
宇宙を小惑星とその欠片がかなりのスピードで進んでいた。小惑星の直径は七〇〇メートル、欠片の直径は五〇メートルほどで、宇宙規模で考えると小さな存在である。
家くらいの大きさの隕石が地上に落下すると、核爆弾並みの破壊をもたらすと言われている。欠片の方が地球に落下した場合でも大惨事を引き起こすのだ。
一方、アメリカが使用した核爆発の影響は地球にも届いた。いくつかの衛星が機能を停止してしまったのだ。予想されていたことなので、各国政府や企業は慌てなかった。
但し、今回のプロジェクトに携わっていた者たちは慌てた。流星群の後ろに隠れていた小惑星を探知した直後に、機能しなくなった観察衛星があったからだ。
特にケネディ宇宙センターでプロジェクトの指揮を執っていたアーチボルド博士は、別の情報源を探した。
「そうだ、日本の調査機からの映像と観測データは送られてきているのか?」
「はい、送られてきています」
日本の調査機は核爆弾による電磁パルスも考慮して作られており、その対策が功を奏したらしく今まで通り情報を送ってきていた。
「よし、調査機からの情報を使って、小惑星と割れた欠片の軌道を予測するんだ」
「分かりました」
アーチボルド博士のチームは大急ぎで小惑星と欠片の軌道の計算結果を弾き出した。
その結果を見たアーチボルド博士は顔色を変え、アメリカ大統領首席補佐官に電話した。そして、小惑星の欠片が地球に衝突する軌道を描いていることを伝える。
小惑星の欠片の情報は、首席補佐官からアメリカ大統領に伝えられ、各国首脳に伝えられた。
その連絡を受けた日本の黒岸総理は頭を抱える。その欠片の落下候補地に日本が入っていたのだ。総理は経済産業省の倉崎大臣を呼び出した。
「倉崎さん、大変なことになった」
「どうしたのです?」
「核爆発で割れた小惑星の欠片が地球を目指しているようだ。しかも、落下候補地が日本・中国・中央アジア・ヨーロッパになるだろうと言われた」
「そんな……もう一度核爆弾で回避することはできないのですか?」
「準備が間に合わないらしい。そこで何かアイデアがないかと思い、君を呼んだのだ?」
「総理、私は理系の人間ではありませんよ」
「違う、君のアイデアではなく、マナテクノに何かアイデアがないか確認して欲しいのだ」
「ああ、そういうことですか。分かりました直ちに確認します」
総理から極秘だと言われたので、倉崎大臣は車でマナテクノ本社に向かった。
マナテクノ本社に到着した倉崎大臣は社長室に案内される。
社長室では、神原社長と雅也が待っていた。
「緊急事態なのだ」
雅也が頷いて答えた。
「小惑星の欠片の件ですね」
「極秘情報のはずなんだが?」
「アメリカに小惑星の情報を送っていたのは、小型起重船が送り出した調査機なんですよ。こちらでも軌道を計算しました」
「そうか、知っていて当然だったのだな。ならば、話が早い。あの欠片が地球に落下しないようにする手段はないのか? それを聞きに来たのだ」
雅也と神原社長はお互いの目を見てから、雅也が切り出した。
「方法はあります。ですが、マナテクノとしても、これを行うのに無料でという訳にはいきません」
倉崎大臣が『そうだろうな』と頷いた。
「報酬の件については、もちろん約束する」
「我々の希望を言ってもいいですか?」
大臣が顔を強張らせた。巨額を要求されたら、財務省の役人が文句を言うだろうと考えたのだ。
「ちなみに、どれくらいを要求するつもりなのかね?」
雅也が苦笑した。無税で一〇兆円とか言ってみたい、そういう気になったが、そうするとマナテクノの評判が落ちそうだ。
世界全体で一〇兆円だから、国民一人ひとりは大した負担になるとは思えないが、非難する者も多くなるだろう。そこで小惑星の存在を知ってから考えていたことを告げる。
「大臣、マナテクノはハト座流星群の背後にあった小惑星の採掘権と資源の所有権を要求します」
倉崎大臣が驚いた顔をする。
「ちょっと待ってくれ。私は詳しくないのだが、宇宙条約に小惑星などの所有権は認められないとあったんじゃないかな」
「宇宙条約に、『天体を含む宇宙空間に対しては、いずれの国家も領有権を主張することはできない』とありますが、天体に存在する資源についての言及はありません。マナテクノはその資源についての採掘権と資源の所有権を認めてもらいたい」
法律で宇宙資源の所有権まで制限すると、宇宙開発は進まなくなる。それを考慮して宇宙資源利用の法律や条約の制定が検討されている。
「しかし、あの小惑星は地球と月の間を通過して、宇宙の彼方に消えると聞いておるのだが」
「マナテクノが、何とかして地球と月の間にあるラグランジュポイントに移動させます」
この小惑星の軌道は、少しだけ軌道とスピードを変えれば、ラグランジュポイントに誘導できるようなのだ。但し、これができるのは動真力エンジンを持つマナテクノだけだろう。
ちなみに、ラグランジュポイントというのは天体と天体の重力で釣り合いが取れるポイントで、ここに宇宙コロニーを建設しようという計画が昔から存在する。
「マナテクノは、宇宙コロニーでも建設しようと考えているのかね?」
神原社長が首を振った。
「いえ、小惑星の資源をどうするかという計画は、まだ立っていません。ですが、我々は一〇兆円以上の価値があると考えています」
「報酬に関しては、持ち帰って検討します。それより、本当に欠片の方を阻止できるのですか?」
雅也と神原社長は力強く頷いた。そして、雅也が代表して答える。
「そちらは問題ありません」
「その方法を教えて欲しい」
「マナテクノでは、宇宙空間でも起きる特殊な衝撃波を発生させることに成功しました」
大臣が首を傾げた。
「それは重力波みたいなものなのかね?」
「いえ、まだ解明されていないのです。ただ特殊衝撃波で欠片の軌道を変えることができると、我々は考えています」
「そんなものがあるのなら、流星群に対して使わなかったのは、なぜだね?」
「流星物質の数が多すぎることと、宇宙空間で実験をしたことがなかったので、データがなくてシミュレーションができなかったのです」
「だが、今回は使おうと言う。矛盾するぞ」
大臣の指摘に神原社長が答えた。
「我々は、ここ一週間で小型起重船を何度も宇宙に送り出しました。その度に実験していたのです」
「そういうことは、政府に報告して欲しかった」
神原社長が溜息を吐いた。
「報告したら、他国に漏れるということはありませんか?」
大臣は顔をしかめた後、『そんなことはない』と否定することはできなかった。そして、マナテクノが開発した特殊衝撃波というものが兵器にも応用可能なのでは、と気づいた。
「情報が漏れることを気にしているのは、それが兵器として使えるからかね?」
雅也が頷いた。
「それもありますが、一番の理由は、核爆弾並みに危険なものではないか、という無責任な噂が広まることが嫌だったのです」
そんな噂が広まれば、開発しているマナテクノに非難が集まるかもしれない。
「だが、欠片の落下を阻止する方法を、各国に説明しなければならない。それはどうする?」
「動真力エンジンの応用で止められると説明します。時間がないので、急ぎましょう」
倉崎大臣は総理官邸に戻り、総理に説明した。総理はオンライン会議で各国政府と話し合い、マナテクノが対処することと、小惑星の資源を報酬とすることを了承させた。
「了承していただき、ありがとうございます」
某大国のトップが、不機嫌そうな顔で確認した。
「そのミッションで、日本は核爆弾を使うつもりなのではないのか?」
「日本に、核兵器はありません。今回のミッションは、マナテクノが開発した技術を使って小惑星の欠片、『ディザスター1』を排除します」
「本当に核爆弾ではないのだね?」
「違います」
一部疑惑の目を向ける国は存在したが、マナテクノのディザスター1排除作戦が開始された。




