scene:212 世界の混乱
アメリカはEUとロシア、中国にも協力を要請したようだ。
マナテクノでは、アメリカの要請で荷物を宇宙に運び上げる作業をしながら、社員と家族の避難場所を探した。避難場所に相応しいのは、内陸部の盆地だ。
盆地の中に隕石が落下すれば終わりだが、確率的には低いと考えた。それらの盆地にあるホテルや宿泊施設を四〇日間予約した。
そして、二ヶ月分の食糧と水を用意した。ついでに大型のテントも購入。それらを避難場所に送り、起重船に関係のない社員と家族を避難場所に避難させた。
日本政府からハト座流星群の脅威が発表されると、それを知った人々は、アメリカを中心としたミッションチームがハト座流星群を対処することを信じて、今まで通りの生活を送るか、それとも避難場所を探して避難するかにしたようだ。
ただ食料の買い溜めだけは共通して実行したので、あらゆる商店から食料品が消えた。
それは日本だけでなく、世界全体がそのような状況となる。ほとんどの人々はアメリカが核爆弾を使ってハト座流星群の軌道を変えると信じたのだが、不安は解消されず食料買い溜めという行動を起こさせたようだ。
ネットで日本が滅びるという噂が流れた。隕石が落下して小さな日本が壊滅状態になるというのだ。
日本人自身も、日本は小さな国だと言っている。だが、実際はイタリアやドイツよりも広い領土を持つ国である。日本が滅ぶくらいの大きな隕石が落ちたなら、人類全体の危機となるだろう。
日本が滅ぶという噂は、日本全国に広まり日本から脱出しようという人々が空港に殺到した。それらの人々は、日本人ではなく海外から日本へ来ていたビジネスマンや労働者が多かった。
一週間ほど日本脱出ラッシュが続いた後、暴動や略奪が起き、治安が乱れる国が現れた。
困ったことに、その中にはアメリカと中国が含まれていた。人々は少しでも安全そうな国を目指して移動を開始する。
その動きに気付いた各国は、暴動や略奪が伝播することを恐れ、人の移動に制限を課す。日本も例外ではなく、国際線の飛行機や海外からの船が日本に入ってくることを禁じた。例外は政府が日本人を帰国させるために用意した飛行機だけである。
マナテクノ本社に泊まり込んで仕事をしていた雅也と小雪が久しぶりに外に出ると、商店街の店はほとんど閉まっていた。
「人通りも少ないし、寂しいものだな」
「もう少しの我慢ですよ」
商店街を抜け公園に差し掛かると、人が増え始める。公園で炊き出しを行っているようだ。食糧を買えなかった人々が炊き出しの前に列を作っている。
「日本だから、この程度の騒ぎで済んでいるが、中国では大きなデモが起きているらしい」
特権階級が食糧を買い占めたので、中国の一般市民が食糧を買えなくなり、政府は食糧を配給しろというデモが起きている。
このままでは危ないと思った中国政府は、警察と軍に取り締まるように命じた。そのことにより、人民と警察・軍による戦いが起きたらしい。
一方、アメリカもデモや暴動、略奪が頻発した。先進国であるアメリカがこのような状態になるのは意外だったが、多民族国家であり貧富の差が激しいアメリカでは、何度も起きたことだ。
雅也と小雪は気晴らしに外へ出ただけなので、三〇分ほど歩いて本社に戻った。
社長室へ行くと神原社長が不安そうな顔でテレビを見ていた。見ていたのは、核爆弾によるハト座流星群阻止計画が成功するかどうかの特別番組だった。
「聖谷君、どう思う?」
神原社長はアメリカ主導で実施されているミッションが成功するかどうかを尋ねた。
「アメリカは、全力でハト座流星群の軌道を変えようとしているので、それを信じるだけです」
「まあ、そうだろうな。だが、失敗した時、源勁結晶を使った排除作戦を実行できるのか?」
「シミュレーションは終わっています。でも、アメリカの作戦が終わった後に、実行することになるので、もう一度シミュレーションする必要があるでしょう」
「分かった。ところで、ハト座流星群の近くまで核爆弾を運ぶ宇宙機は、大丈夫なのかね?」
「宇宙空間で組み立てる必要があるので、急いで作業しています」
その宇宙機は大型となるので、ロケット打ち上げ一回では運べず各国のロケットと小型起重機を使って宇宙に運び上げ、現在組み立て中だった。
宇宙機の組み立てが完了し、核爆弾を積んで発進した。マナテクノでは、日本政府に依頼されて調査機を小型起重機から送り出した。
この調査機は、いくつかのセンサーとカメラが取り付けてあり、共振データデバイスを使って映像を地球に送っていた。
その映像は竜之島宇宙センターで受信して、全世界へと配信された。
マナテクノ本社でも、その映像を見ていた。
「前方にハト座流星群が見えてきました」
太陽光に照らされたハト座流星群の流星物質が輝いている光景が大型ディスプレイに映し出されると、見ていた社員たちが、感嘆の声を上げる。
「綺麗ですね。この映像は世界に配信されているんですよね?」
小雪が確認した。
「そうだ。無料配信している。全世界の半分以上が見ているんじゃないか」
小雪が小首をちょこんと傾げた。
「そう言えば、アメリカが電磁パルスについて、言っていたのを思い出した。核爆発が起きると、この映像も切れてしまうの?」
核爆弾搭載宇宙機が爆発した場合、地球にも影響があるということをアメリカは説明している。核爆発により電磁パルスが発生し通信機器などに障害が発生するかもしれないというのだ。
地球から離れた場所で爆発するので影響は限定的らしいが、サージ電流が発生して通信衛星などが機能ダウンするかもしれないと説明していた。
「一応、できる限りの対策はしている。だけど、センサー関係はダメになるかも、と技術者は言っていた」
調査機がスピードを上げ、核爆弾搭載宇宙機を追い抜いた。調査機の推進機は高出力小型動真力エンジンである。
空気抵抗のない宇宙空間で、エンジン全開すると音速の何倍もの速度に達する。それでも流星群の移動速度に比べれば、亀の歩みに等しかった。
調査機はセンサーなどを駆使して、ハト座流星群の情報を集め始めた。
その情報は大勢の科学者や技術者により解析された。そして、重大な事実が発見される。発見したのは日本の科学者である。
竜之島宇宙センターでデータ解析をしていた宇宙物理学教授の遠藤満が計算結果を見て驚きの声を上げた。
「何だと!」
その声を聞いた助手の宝生が遠藤教授の傍に歩み寄り、計算結果が表示されているディスプレイを覗き込んだ。
「ん、この数字はおかしいですね。質量が大きすぎる。どういうことなんですか、教授」
「流星群の背後に、何かがあるのだ。これは至急確かめねばならない」
遠藤教授は調査機の軌道を変えて、流星群の背後を確かめられるように依頼した。その結果、流星群の背後に、流星群を生み出した小惑星が潜んでいたことが分かった。
この映像も世界に公表され、世界中の人々を不安にさせる。この小惑星も地球に落ちるのではないか、と思ったのだ。
だが、この小惑星は流星群とは微妙に軌道が違っており、地球には衝突せずに地球と月との間を通り過ぎると判明した。
世界中の人々と一緒にホッとした雅也たちは、小惑星の軌道が特殊なものだと気づき、ある計画の検討を始めた。
調査機が元の軌道に戻り、スピードを落として核爆弾搭載宇宙機の背後に回り込む。調査機は停止して、核爆弾搭載宇宙機の様子を撮影して映像データを送り始める。
その間にも核爆弾搭載宇宙機は流星群へと近付いていた。
そして、流星群に対してカプセル状の容器を投射する。その容器は流星群の正面から近付き至近距離で爆発。中に入っていた物質が流星物質の表面に塗布された。
「今のが、特殊火薬なの?」
散布したものは、アメリカ軍が特殊火薬だと公表しているものだ。詳しい情報はなかったが、その特殊火薬を散布することが必要だったらしい。
核爆弾搭載宇宙機と流星群が近付き、秒読みが開始された。そして、最接近した瞬間、核爆弾が爆発。強烈な熱線と中性子線・ガンマ線・アルファ線などが放出された。
流星物質の表面に塗布された特殊火薬は、そのエネルギーを受け止めて爆発、流星物質を外側に弾き出した。
核爆発が起きた瞬間、映像が真っ白になり調査機がダメになったかと心配した。だが、ノイズが走り映像が回復する。そこに映し出されたのは、ほとんどの流星物質が軌道を変えようとしている光景だった。
「成功だ!」
社員たちの喜びの声が聞こえてきた。
流星物質の集団が軌道を変えたことで、その背後にある小惑星が見えるようになる。それを見た雅也は、顔色を変えた。小惑星の一部が割れて、その欠片が少し軌道を変えて飛び始めたのだ。
「割れた欠片、元の流星群の軌道で飛んできているように、見えるんだけど」
「そんな……」
小雪が不安そうな顔になる。




