scene:211 ハト座流星群
総理官邸では黒岸総理が、経済産業省の倉崎大臣と文部科学省の野田大臣を呼んで相談を始めた。
「野田さん、落下した隕石は、なぜ落ちる前に発見されなかったのです?」
「いえ、発見はされていたようです。ですが、大気圏で燃え尽きると考えられていました」
総理の質問に、野田大臣は資料を捲りながら答えた。
「通常の流れ星になると考えていたのですな。燃え尽きなかった理由は?」
「隕石の成分の問題です。燃え難い金属が主成分だったようなのです」
倉崎大臣は、なぜ自分が呼ばれたのだろうと考えていた。思い当たる件は一つしかない。
「総理、宇宙太陽光発電計画と何か関係あるのですか?」
「直接には関係ない。アメリカ大統領から、連絡があった。あの隕石はハト座流星群の一部だそうだ」
ハト座流星群は、新しく発見された流星群である。まだ研究が始まったばかりで、詳しい情報が分かっていなかった。
野田大臣が眉間にシワを寄せた。
「ハト座流星群は、一五日後くらいから半月ほど続くと言われているものですぞ。まさか、その流れ星の多くが地上に落下して、今回のような被害を出すというのですか?」
総理が深刻な顔をして頷いた。
「その恐れがあると、アメリカは言っている。由々しきことだ」
「アメリカは、他に何か?」
「ハト座流星群は小惑星が分裂して流星物質を飛び散らせた集団だ。それらは二つの集団に分かれているらしい」
スーパーコンピューターがその軌道を計算した。そして、地球へ多数の隕石が落下するだろうというシミュレーション結果をもたらした。
「一個だけでも大惨事なのに……どうするのです?」
流星物質とは、直径がおよそ三〇マイクロメートルから一メートルの固体かつ天然の物質である。小さな流星物質は大気圏で燃え尽きるだろうが、多数が隕石となって地上に落ちるとすると、地上での対策はシェルターでも造って、避難するしかない。
「そのハト座流星群の軌道を、もっと詳しく計算させましょう。担当の者に連絡して、手配させます」
「頼む。但し、国家機密だと念を押してくれ」
野田大臣の提案を、総理は即座に了承した。
「総理、何か対策はあるのですか?」
倉崎大臣が総理に尋ねた。
「アメリカも、苦慮しているようだ。もしかすると、核を使うことを考えているのではないか、と思っている」
「核を使えば、解決するのですか?」
「分からない。それもシミュレーションする必要があるだろう」
「野田さん、頼むよ。ところで、先ほど宇宙太陽光発電は直接には関係ないと言われましたが、どういう意味です?」
「アメリカは、マナテクノに協力を求めている。あの小型起重船を貸して欲しいらしい」
倉崎大臣が渋い顔になる。宇宙太陽光発電計画において、小型起重船を使った作業が予定されていたからだ。だが、今回は緊急事態である。拒否はできない。
「倉崎さん、マナテクノとアメリカとの間に入って、調整役をお願いしたいのだが……よろしいか?」
「分かりました。これからマナテクノの者を呼びます」
倉崎大臣は秘書にマナテクノへ連絡を取るように命じた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
雅也と神原社長は、呼び出されて総理官邸へ向かった。
到着して、応接室に案内される。そこでは倉崎大臣が待っていた。
「急に呼び出して、申し訳ない」
「いえ、構いませんが、隕石の件ですか?」
「そうなのだ。これは国家機密になっているので、秘密にして欲しいのだが」
倉崎大臣は総理の許可を得て、雅也たちにハト座流星群のことを説明してくれた。
「アメリカは、ハト座流星群の先行部分が、先日の隕石だと言っている。本番はこれからなんだということだ」
神原社長が厳しい顔になった。
「国民に知らせないのですか?」
「知らせる。但し、全世界一斉にだ」
大臣から、アメリカが小型起重船を借りたいと言っているのを聞いて、雅也と神原社長は渋い顔になった。
小型起重船は、宇宙空間に必要な機材を運び上げるために必要らしい。小型起重船は有人宇宙船化の改造が終わっており、内部が綺麗になっていた。
「打ち上げは、どこから行うのです?」
「ケネディ宇宙センターだ。可能かね?」
「コントロール装置が、竜之島宇宙センターのコントロール・センターに設置されているので、そこからしか制御できません」
起重船の発射場である新宇宙センターは、竜之島宇宙センターという名前になり拡張工事が行われていた。
「竜之島宇宙センターからでないと、打ち上げは無理なのかね?」
「いいえ、ケネディ宇宙センターからでも打ち上げられます」
「そう言えば、次の大型起重船が完成したのではないか?」
「いえ、まだ最終チェックが残っています。一〇日ほどかかるでしょう」
雅也の答えを聞いて、大臣が溜息を吐いた。
「仕方ない。マナテクノはアメリカに協力して、小型起重船の運用をお願いしたい」
神原社長が頷いた。
「分かりました。全力で協力します」
マナテクノは、アメリカに全面協力することになった。
雅也と神原社長は、総理官邸を出て車の中で話し合った。
「大変なことになった」
「会社として、どう対応しますか?」
「我々としては、会社の社員と家族を守らねばならない。何かできることはないか?」
「今は思いつきません。アメリカはどうやって流星群から地球を守るのでしょう?」
「こういう場合は、核爆弾を使うのがパターンだろう」
雅也が笑った。
「何のパターンです。それは映画の話じゃないですか?」
「そうだが、広範囲に散らばる流星物質の軌道を逸らすには、巨大なエネルギーが必要だ。やはり核爆弾しかないだろう」
「核爆弾が起こす衝撃波で、流星物質の軌道を逸らすのですね」
神原社長が鋭い視線を向けた。
「何を言っているんだ。地球上ではなく、宇宙空間で爆発させるのだぞ。空気のない場所で衝撃波など発生しない」
雅也は宇宙空間での核爆発を想像してみたが、知識不足でどうなるか分からなかった。アメリカはどうやって地球を救うのだろう。それが気になる。
その日から小型起重船の整備を始め、いつでも打ち上げられるような状態にした。
アメリカは五日後から物資の運搬を指示してきた。マナテクノは指示通りに、アメリカ軍が指定した荷物を毎日宇宙へ運んだ。
本来なら、一日毎に検査する必要があるのだが、今は非常事態だった。
「社長、アメリカが失敗した時に備えて、あれを作りたいのだけど、許可をお願いします」
雅也は神原社長に頼んだ。
「危険じゃないのか?」
「そうですけど、アメリカ任せというのも不安なんです」
「そうだな、許可しよう」
雅也があれと言ったのは、源勁結晶のことである。マナテクノでは大きな源勁結晶を製作する装置を開発したのだ。
源勁結晶のエネルギー解放は、衝撃波と強烈な磁場が発生する。その衝撃波は、通常の衝撃波ではなく空間を歪ませて伝播する衝撃波であり、空気の有無は関係なかった。
なので、核爆弾より効率的に流星物質を排除できる可能性を秘めていた。
だが、核爆弾に匹敵するほどの兵器となる恐れもあり、雅也と神原社長は秘匿していたのだ。
雅也が自分の部屋で仕事をしていると、神原社長と小雪が来た。
「日本政府から連絡がありました。隕石の成分を調べた結果、チタンの塊だったようよ」
「チタン? チタンの鉱石ということ?」
「よく分からないけど、非常にチタンの含有率が高い物質だったらしいの。他には鉄なども含んでいるそうなの」
「地上なら、資源として使えたのに」
神原社長が頷いた。
「そうだな。ところで源勁結晶はできたのか?」
「直径一〇センチの結晶が、二個完成しています」
「その源勁結晶で確実に流星群を排除できるなら、政府に報告するべきじゃないか、という気になったのだが、どうなんだ?」
「残念ながら、小規模な爆発実験はしたのですが、大規模なものはやったことないんです。成功するかどうかは半々だと思います」
「なら、アメリカに任せた方が、確実性が高いな」




