scene:210 隕石群
航空自衛隊から試作機の開発を頼まれているステルス型攻撃翔空機の開発チームを率いる中村主任は、既存の技術と動真力エンジンを組み合わせて、面白い試作機の開発を行っていた。
アメリカの艦上戦闘機であるトムキャットに似た試作機である。トムキャットは可変後退翼を持つが、その試作機は動真力エンジンがあるので固定翼である。
ジェットエンジンも一基だけで、機体内に大きめのウェポンベイと呼ばれる兵装格納庫を組み込んだので、少しずんぐりした機体形状となった。
ずんぐりしたトムキャットという感じになってしまったが、中村主任は気にすることもなく開発を進めた。
小型高性能レーダーだけは最新型だが、射撃指揮システム、操縦システムは、あえて最新型ではなく旧式のものを選んで組み込んだ。そのおかげで製造コストがかなり削減された。
航空自衛隊からは、スクランブル発進に対応できる機体ならば性能が劣っていても構わないという要求なので、雅也も同意している。
ジェットエンジンは、トンダ自動車が開発したジェットエンジンを高出力化したものを搭載することになった。このジェットエンジンと動真力エンジンの両方の推進力でマッハを超えると試算している。
試作機は、製造コストと運用コストが安いことを目標にした。次期主力戦闘機が完成するまでの繋として運用されるものだと理解していたからだ。
試作機が完成して防衛装備庁に知らせると、何でこんなに早いんだと言われるほど早く試作機が出来上がった。戦闘機などは開発に一〇年以上の歳月を必要とするのが、普通なのだ。
永野装備官にもそう言われた。
「高い性能を必要としないところは、すべて既存の技術と製品を組み込みましたから」
「それにしても早い。ちゃんと飛ぶんでしょうね」
「飛びますよ。うちは動真力エンジンを組み込んで、何でも飛ばしますからね」
永野が、それを聞いて笑った。
「しかし、空自の者が納得するかは別ですよ」
雅也は頷いた。
「分かっています。ですが、空自から出された要求には応えたつもりです」
「お疲れさまでした。これで宇宙事業の方に専念できるのではないですか?」
「いえ、評価テスト・運用テストが控えています。まあ、後は技術者に任せることが多くなるので、その分は宇宙事業の方に集中できると思いますけど」
雅也は資料を永野に渡して、防衛装備庁を出た。それを見送った永野はもらった資料を読み始める。そして、製造コストの部分を読むと、椅子を蹴って立ち上がった。
「そんな馬鹿な。この数字は異常だ」
永野は資料を持って木崎長官の部屋に向かった。ドアをノックして入ると、身を乗り出して話し始めた。
「長官はマナテクノで開発していた『サイレントキャット』について、詳細を聞いておられますか?」
「報告は受けている。だが、本命の武装翔空艇が完成したので、失敗しても構わないと思っている。君たちはマナテクノに期待しすぎているのだ。それがどうしたのか?」
木崎長官にしてみれば、武装翔空艇を開発するついでに、ステルス型攻撃翔空機の研究もするという認識だったようだ。
「マナテクノの聖谷常務が来られて、試作機が飛べるようになったと告げられました」
「それはいい。だが、早すぎるな。何かからくりがあるのではないか?」
「私も早すぎると思い、聖谷常務に確認しました。『高い性能を必要としないところは、すべて既存の技術と製品を組み込みましたから』と言っておられました」
「そうだろうな。それでも構わないのだろ」
木崎長官は、サイレントキャットの制式化を考えていない。研究だけで終わるプロジェクトだと思っているらしい。
「これを読んでください」
木崎長官は渡された資料に目を通した。
「な、何だ、この馬鹿安い製造費は、計算間違いでもしておるんじゃないか?」
永野は首を振って否定した。
「動真力エンジンと格安のジェットエンジンを使うことで、エンジン関係の費用が非常に安くなっているのです。それに洗練されているが、古い型の操縦システムや射撃指揮システムを使うことも影響しています」
「なるほど。だが、実際には使えない性能だったら、安くても使えんだろう」
そして、資料を読み進み性能を確かめた。
木崎長官は考え込んでしまった。
「使えない機体でもないな」
「そうでしょ。十分スクランブル発進して、領空侵犯機を追い払える性能があります」
「空自のテストパイロットは用意してあるんだな?」
「ええ、人選は済んでいます」
「なら、評価テストを進めてくれ。もしかすると制式化するかもしれんぞ」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
防衛装備庁を出た雅也は会社には帰らず、東京に向かった。以前、世話になった会社時代の先輩が結婚するというので、その結婚式に出席するためである。
徳大寺という女性の先輩で、仕事のイロハを教えてくれた親切な女性だった。徳大寺とは、転職した時から疎遠になったが、近くに行った時などは会って酒を飲むことがあった。
「スピーチとか頼まれなくて良かった」
雅也はマナテクノの常務になってから、そういう祝いの席でスピーチを頼まれることが多くなった。そういうことが得意ではない雅也は、困ってしまうことが多い。
駐車場に車を停めて、結婚式場の会場へ向かう。独立したチャペルを持つホテルだ。
「披露宴の会場は四階か」
久しぶりに見た徳大寺先輩は幸せそうだった。雅也は祝いの言葉を告げて祝福する。披露宴が終わると、少し飲みたい気分になった雅也は、繁華街を歩き始めた。
すでに日は暮れており、夜空には月が出ていた。
「おっ、流れ星だ」
雅也は流れ星に気づいた。夜空を横切る光は次第に大きくなる。おかしいと思った時には、光がビルすれすれを通り過ぎ背後の駐車場を直撃した。
雅也は慌てて装甲膜を展開し、『頑強』の真名を起動する。強烈な光が溢れ爆発音と衝撃波が、雅也の身体を痛めつける。そして、地面が揺れた。
その直後、爆風が襲いかかった。あちこちから悲鳴が聞こえ、雅也自身も爆風でビルの壁に叩き付けられた。
「痛っ」
道路に倒れた雅也は怪我がないことを確かめてから立ち上がり、周りを見回した。大惨事だ。
「今のは隕石なのか?」
隕石が落ちた場所は、雅也が車を停めた駐車場だった。徳大寺先輩がいるはずのホテルは、隣のビルが壁になって爆風が防がれたようだ。先輩は無事だ。
雅也はホッとしてから、それどころではないことに気づいた。周りには大勢の怪我人が倒れており、助けを叫ぶ人々の姿がある。その時、子供の泣き声が聞こえた。
探すと車の陰に五歳ほどの幼女と母親が倒れていた。母親が子供を守ろうとしたのだろう。幼女は母親の腕の中にしっかりと抱かれている。母親は壁に頭をぶつけたようだ。頭から血を流している。
雅也は幼女を抱き上げてから、母親の傷の具合を見た。気絶しているだけのようだ。雅也は『治癒』の真名術を使い母親の傷を手当した。
泣いている幼女を連れて、母親を近くのビルに運んだ。その後も、駆けつけた救急隊員などと協力しながら、できるだけ怪我人を助ける活動を続けた。
長い夜が明け、始発の新幹線で本社へ向かった。スマホを取り出してニュースを読むと、隕石が落ちたのは東京だけではなかった。
様々な国に隕石が落ちたようだ。その中で都市に落ちたのは、東京と中国のシャンハイ、スペインのマドリード、それにアメリカのボストンだった。
中でもシャンハイとボストンは被害が大きかったらしい。東京に落ちた隕石は、小さかったのだという。それでも五〇人ほどの死者が出て大騒ぎをしていた。
「隕石が同時に、これほど落ちるなんて……宇宙で何か起きているのだろうか?」
雅也は不安になりネットで調べてみたが、はっきりしたことは分からなかった。
雅也はそのままマナテクノの本社に行って、自分の部屋で仮眠を取ることにした。
三時間ほど眠った頃、ドアが開いて小雪が入ってきた。
「雅也さん、ここで寝ていたんですか?」
アクビをしてから起き上がった雅也は時計を見た。
「昨日は東京に行っていたんだ。酷い目に遭ったよ」
「まさか、隕石ですか?」
「ああ、爆風で吹き飛ばされて、ビルに叩き付けられた」
小雪が青い顔になり、駆け寄って無事を確かめた。
「怪我はしていないようね」
「当たり前だろ。ちゃんと真名術で守ったよ。でも、その後救助活動をしたんで、クタクタだ」




