scene:209 放水翔空艇
宇宙でアメリカの宇宙機モズセブンが遭難し、マナテクノの宇宙船が乗員を救出してから数ヶ月が経過した。
雅也は開発している起重船に人を乗せられるようにして欲しいと、政府との交渉を始めた。
経済産業省の倉崎大臣から紹介してもらい、各省庁官僚に根回しを行う。官僚は前例がないからというのだが、雅也が日本で進められないなら海外に出て事業を進めることになると脅かすと官僚も降参した。
マナテクノは日本を代表する企業となっており、その事業を官僚が反対するので海外へ移すことにしたと発表されれば、世論で官僚が叩かれることになる。それは嫌だったのだろう。
渋々という感じで、マナテクノが有人宇宙船を開発することが認められた。但し、船外活動は日本独自の船外活動用宇宙服が完成するまで禁止だと制限がつけられた。
官僚との交渉が終わり本社に戻った雅也と小雪は、雅也の部屋で話を始めた。
「宇宙太陽光発電事業は、上手く進められそうですね」
「ああ、小型起重船を本格的に有人化して、有人宇宙船の実験機として使おうと思っている。それでデータを蓄積して大型起重船の開発を行う」
「肝心の太陽光電池はどうなんですか?」
「日本の大学の研究室で有望な研究をしていることが分かり、それを聖谷研究所が援助することになった」
その研究室は、中国の大学から金を出すので共同研究しないかという話が来ていたそうだ。それを聞いた雅也は、即行で支援することを決めた。
中国が注目するからという理由で支援を決めたわけではないが、宇宙空間において使用可能でエネルギー変換効率が四〇パーセントを超す太陽光発電セルを開発できると思ったからだ。
「その研究所には、共振端末を導入したそうですね?」
「共振端末はデータを持ち出せない構造の端末だから、セキュリティを考えると最適なんだ。但し、不便な場合もあるんだけどね」
雅也は日本の研究機関が、資金不足で困っている現状を理解していた。大学の研究室もそうであるが、民間企業の研究部門も売れる商品開発に繋がる研究にだけ予算がつき、基礎研究分野の予算が打ち切り、あるいは減らされているのだ。
雅也はそういう基礎研究分野の研究者を集め、数十年後のノーベル賞を取れるような研究に力を入れようと考えていた。但し、目的はノーベル賞ではなく歴史に残るような画期的な発見や発明にある。
「次の予定は、海上保安庁の三田警備救難部長と面談する予定です」
小雪の声で下駄のような顔を思い出した。
海上保安庁は、武装翔空艇か救難翔空艇を尖閣諸島や大和堆付近の海域に投入したらしい。
本社の応接室で会った三田が、身を乗り出して告げる。
「世論で、大和堆で違法操業している外国漁船をどうにかしろ、という声が高まっているのですよ」
大和堆近くの海域で違法の漁をしている外国漁船が急増しており、このままでは水産資源が枯渇してしまうという声が高まっている。
「当然の反応でしょう。インドネシアが違法操業の中国漁船を拿捕して爆破した、と聞きましたよ。日本でも同じようにしたら、違法操業は減ると思いますけど」
「それができるように、法律を変えて実行する政治家が、日本には居ないのです。できるのは、漁船に向かって放水するのが限度です」
「放水か。そう言えば、消火用翔空艇を特注で建造したことがあります。二〇トンの水を積み込み、放水できる翔空艇です」
「ええ、知っています。今回、海上保安庁では、放水機能付き救難翔空艇を購入しようと思っているのです」
放水だけで中国漁船が追い払えるのか疑問に思った。そのことを伝えると、三田が溜息を吐く。
「そうなのだ。そこで三〇ミリ航空機関砲も装備できるようにしたい」
「それなら、武装翔空艇で良いのでは?」
「武装翔空艇は、放水ができない」
放水機能がメイン兵器で、三〇ミリ航空機関砲がサブ兵器らしい。ついでに海上航行能力を強化して欲しいらしい。具体的に言うと、浮舟とも呼ばれる細長いフロート二つを機体下部の両脇に追加して欲しいという。
これは海上に着水して航行することで、航行・飛行時間を伸ばしたいようだ。海上で違法操業の漁船を待ち構えて、漁船を発見したら飛行して警告するということを考えているらしい。
ゴツイ三〇ミリ航空機関砲を装備した翔空艇が、漁船の周りを旋回しながら警告するという光景を想像する雅也。漁船に乗る漁師たちは、恐怖するだろう。
三田は放水機能付き救難翔空艇を『放水翔空艇』と名付け、開発して欲しいと言う。雅也は消火用翔空艇を少し改造し武装翔空艇の機能の一部を組み込めば完成しそうだったので引き受けた。
それから大和堆付近の状況を詳しく聞いた。中国漁船が底引き網で根こそぎ水産資源を奪い取ると聞いた雅也は、その網を切り裂く小型潜水艇のようなものを建造すれば、というアイデアが浮かんだ。
それを冗談として三田に言うと、興味を持たれてしまう。
「面白いですね。それはどれほどの大きさになるのです?」
「全長五メートルほどの大きさに収められると思います」
三田が考え込んでから声を上げた。
「ホオジロザメと同じくらいの大きさですか。海上から操縦できるのですか? それとも人が乗る必要が?」
「うちには共振データデバイスがあるので、海上からでも操縦可能です」
共振データデバイスは水や障害物に影響されないので、地球上ならどこでも交信が可能だった。その交信距離は不明だが、月くらいまでの距離なら交信できそうだと考えていた。
三田がマナテクノに開発して欲しいと言ってきたが、雅也は断った。救難翔空艇・武装翔空艇の生産と各動真力エンジンの生産、それに航空自衛隊から依頼されているステルス型攻撃翔空機の開発、宇宙事業も行っており、マンパワーが不足しているのだ。
それに、そういう特殊なものは少量だけ生産される傾向にあるので、商売という面から見ると美味しくないのである。
雅也は動真力エンジンと共振データデバイスを提供するので、開発は他の企業に頼んで欲しいと言った。
「残念だ。だが、放水翔空艇を開発してもらうのだ。無理は言えんな」
放水翔空艇と特殊小型潜水艇の開発は凄く短期間で終わり、試作機が完成した。放水翔空艇は機能を付け足しただけなので、短期間に試作機が出来たのは不思議ではないが、特殊小型潜水艇は有能な開発者を抜擢したおかげだそうだ。
試作機を試験した海上保安庁は放水翔空艇に満足した。ただ特殊小型潜水艇については、改良が必要だという評価を下した。とは言え、基本的な性能はクリアしていたようだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
大和堆付近の海域に漁船を進めたハンは、周囲に海上保安庁の巡視船がいないか確かめた。
「よし、今のうちだ。網を投げ入れろ」
漁船は底引き網を海に投下して、その網を漁船が曳き始めた。
「ふははは……、この手応えからすると、今回も大漁だぞ」
「ハン船長、日本の巡視船は大丈夫ですか?」
「船影は見えない。例え見つかったとしても、日本の奴らに何ができる。水をかけられるぐらいのものだろ」
「そうですね。これが我国の排他的経済水域で他国の漁船が入って漁などしたら、拿捕されて牢屋に入れられますよ」
「そうだろうな。日本の奴らは、甘いのだ」
その時、漁船がガクリと揺れた。
「どうした?」
「船長、底引き網がおかしい」
ハン船長は急いで網を引き上げさせた。そして、底引き網がズタズタに切り裂かれていることを知った。もちろん、魚やイカは逃げている。
「一体、何が起きたんだ?」
ハン船長がガックリと肩を落とし呟いた。
「船長!」
その声でハン船長は海を見た。そこに変な小型艇が近付いてくる。
それは日本の新しい巡視艇だった。日本の排他的経済水域から出て行けと警告されたハン船長は、ムカッとした。網がダメになり頭にきていたのだ。
船長は乱暴に舵を切り、漁船を日本の小型艇にぶつけようとする。すると、その小型艇が飛び上がった。
「そ、そんな馬鹿な!」
よく見ると、小型艇には機関砲のようなものが搭載してある。
「まずい……」
その後、ハン船長たちは大量の水をかけられ、漁船の窓ガラスが割られ逃げ帰ることになった。
中国に戻ったハン船長は、日本の小型艇が翔空艇の一種であり、最新鋭の兵器だと分かり顔を青褪めさせた。
「あんなのが警備しているのなら、日本の海域で漁をするのは難しくなるな」




