scene:20 少女たちの迷宮
迷宮に到着した。アメリアたちは少し疲れたようだ。岩陰で少し休ませることにする。
「この穴が迷宮なの?」
アメリアが確認した。デニスは頷き迷宮で注意することをもう一度説明する。
「いいか、怖くても絶対に慌てちゃいけない。怖くなったら、僕の後ろに隠れろ」
「はい」「分かりました」「うん」
三人は一斉に肯定の返事をした。
一緒に迷宮に入った。アメリアとヤスミンは恐る恐る。フィーネは目を輝かせて興奮している。それぞれの性格が出ているようだ。
「迷宮って暗いんだ」
フィーネは目を見開いて、キョロキョロしている。
「心配するな。明かりはある。少し暗いが慣れれば大丈夫だ」
五分ほど歩いたところで、一匹の緑スライムと遭遇した。
「これがスライム?」
アメリアが目を見開いて緑スライムを見詰めている。フィーネとヤスミンも同じだ。
「最初は、フィーネが戦うか」
「やる」
元気よくネイルロッドを持って、フィーネが前に出た。ネイルロッドを振り回し緑スライムを攻撃する。最初は核に命中しなかったが、三度目の攻撃で仕留めた。
さすがに一匹目では真名を得られなかったようだ。アメリアたちはスライムを探して動き回り、数回ずつ緑スライムを倒した。
その間にスライムの電撃攻撃も受け、魔物が油断できないものだということを学んだ。そして、鉱床のある小ドーム空間に辿り着いた。
「中は緑スライムが七匹。一気に行こうぜ」
フィーネが威勢の良い声を上げた。
「待て……天井を見てみろ」
デニスが飛び込もうとする三人を止める。
この小ドーム空間は、デニスが『魔源素』の真名を得た場所である。そして、天井に多数のスライムが張り付いている場所でもあった。
「天井……何かいるのですか?」
アメリアたちは天井を見上げ、息を呑んだ。天井が波打っているように見えるほど、多数の緑スライムがうごめいていたからだ。
「何だか、気持ち悪いです」
ヤスミンが感想を述べる。デニスも同感だと言いたい。
「デニス様、私たちだけで全部倒すんですか?」
「この数は、難しいか。三割だけ仕留めてやるから、合図したら中に入ってきて」
デニスは震粒ブレードを手に持ち、小ドーム空間に入った。先に地面を這っているスライムを仕留め始める。そうしていると、天井に張り付いていたスライムが一斉に落ちてきた。
「お兄さん!」「ああっ!」「きゃあ!」
アメリアたちが驚いて大声を上げる。
デニスは冷静だった。降ってくるスライムを飛び回って避けながら、震粒ブレードで仕留めていく。三割ほど仕留めた頃、デニスが合図した。
入口付近で待機していたアメリアたちが参戦する。真剣な顔でネイルロッドを懸命に振り下ろすアメリアたち。次第にスライムが減り始める。
「あっ」
フィーネが何かに驚いて声を上げた。デニスは『魔勁素』の真名を手に入れたのだと分かった。今回は黒スライムはいないようなので『魔源素』は手に入れられないだろう。
デニスは『魔源素』を手に入れてからも、何百匹というスライムを倒したが、黒スライムを目にしたことはなかった。それほど希少な存在なのだろう。
フィーネに続いてアメリア、ヤスミンが『魔勁素』の真名を手に入れた。
「動きを止めるな。スライムはまだ残っているんだぞ」
初めて真名を感じ動きを止めたアメリアたちが、気を取り直して戦いを再開する。すべてのスライムが消えた時、アメリアたちは精も根も尽き果てたかのようにぐったりして座り込んだ。
「デニス兄さんは、結構厳しい。あたしたち女の子なのに」
「十分優しいだろ。僕は一人で全部仕留めたんだぞ」
アメリアたちが、そうだったというように頷いた。
「さて、三人とも『魔勁素』の真名を手に入れたようだな」
三人は顔を見合わせ、嬉しそうに頷いた。
デニスは複雑な気持ちでアメリアたちを見ていた。妹のアメリアを始めとする少女たちが、無事に『魔勁素』の真名を手に入れたのは嬉しい。だが、デニス自身に比べ二割以下のスライムで真名を手に入れられたことに、腑に落ちないものを感じたのだ。
(僕の場合、死ぬかと思うほど苦労したのに、これが普通なんだろうか。それだと僕は恐ろしいほど運が悪いことになる)
少し休憩していると、フィーネのお腹が音を立てた。
「腹が減ったのか。昼飯にしよう」
「やったー」
余程腹が空いていたらしく、フィーネはリュックからライ麦パンと水筒を取り出すと、すぐに食べ始めた。アメリアとヤスミンは、しょうがないなと笑いながらリュックから昼食を取り出す。
昼食を済ませた後、『魔勁素』の使い方について教え始めた。とはいえ、デニスは『魔勁素』の真名を持っていないので、本や資料を読んで頭の中で整理した理論に従い訓練を進めた。
三時間ほど訓練すると、アメリアたちは『魔勁素』の使い方のコツを覚えた。この真名は体内に存在する魔勁素の存在を感じ取れるところから始まる。
魔勁素を感じられるようになると、それを制御できるように訓練する。今日の訓練で少しだけ制御できるようになった。
魔勁素を体内で循環させられるようになると、身体能力が上がる。通常の五割増しとなるようだ。この能力を王の御前で試合した時にエッカルトが使っていれば、デニスは負けただろう。
デニスの『魔源素』には、身体能力を増強させるような力はないからだ。
「よし、そこまで。後は亜鉛を採掘して帰るぞ」
デニスは亜鉛を掘り尽くしてはいなかった。亜鉛より鉄の方が金になると分かっていたので、四階層を中心に採掘していたからだ。
三人にロックハンマーを渡して採掘させる。ロックハンマーというのは、通常のハンマーの片方がツルハシのような形状をしているものだ。
デニスが鍛冶屋のディルクに頼んで作ってもらった特注品。さすがに戦鎚で採掘するのに限界を感じて作らせたのである。
三人の少女が鉱床を掘っている姿は、何かママゴトでもしているようで微笑ましい。だが、各人二キロほど掘ると疲れたようだ。
デニスは採掘を止めて帰ることにした。地上に戻って亜鉛をリヤカーに積むと、エネルギーが切れたようにアメリアたちが眠そうに目を擦り始めた。
「眠いのか。三人ともリヤカーに乗ればいい」
「でも……」
ヤスミンが何とか目を開けようと頑張るが、アメリアとフィーネはリヤカーに乗って、座り込んで寝てしまう。ヤスミンも我慢できなくなったようでリヤカーに乗り寝息を立て始めた。
重くなったリヤカーを引いて町まで戻った。
「町に着いたぞ。そろそろ起きろ」
フィーネが欠伸をして起き上がった。アメリアとヤスミンも起き上がって背伸びする。
「眠っちゃって、ごめんなさい」
アメリアが謝った。
「気にするな。それより雑貨屋で亜鉛を売るぞ」
雑貨屋で六キロの亜鉛を売り、一人四〇パル、銅貨四枚ずつを得た。
「デニス様、もらっていいの?」
フィーネが掌の上に銅貨を載せて確かめた。
「君らが採掘して持ってきたものだ。遠慮なくもらえばいい」
銅貨四枚は、食事一回分に相当する程度の金額である。それでもフィーネたちにとって初めて稼いだ金だ。嬉しかったのだろう。しっかりと握り締めていた。
フィーネたちと別れ、屋敷に戻ったデニスは、五階層に挑戦するかどうかを考えた。岩山迷宮の最終階層である五階層には下りていない。
五階層にいる魔物はカーバンクル。額に角のような魔源素の結晶を持つ狐に似た魔物である。屋敷の書斎にあった資料には、雷撃球を放つ魔物で珍しい種族らしい。
珍しいというのは、この魔物を倒すと『結晶化』または『雷撃』の真名を得られるのだ。二つの真名が得られる魔物はあまりいない。
デニスが五階層に下りなかったのは、準備が終わっていなかったからだ。カーバンクルとの戦いで厄介なのは、雷撃球攻撃である。
だが、資料によればカーバンクルは厄介な魔物とはなっていない。四階層の鎧トカゲで『装甲』の真名を得て、その真名術が使えるようになれば、容易く倒せるからだ。




