scene:208 迷宮主の交代
デニスはカルロスを連れ、王家専属探索者と一緒に湖島迷宮へ潜ることにした。クワイ湖の湖畔で探索者のゴットホルトとマヌエラの二人と合流する。
「デニス様、よろしくお願いいたします」
女性探索者のマヌエラが挨拶する。ゴットホルトはぶっきらぼうに名前だけ告げて頭を下げた。
「すみません、ゴットホルトは口下手なんです、でも、腕は良いんですよ」
「構わない。敬語も使わなくていいぞ」
デニスはカルロスを紹介した。知っているようなので、自己紹介は省略である。マヌエラは槍使いで、ゴットホルトは剣士であるという。
王家の船で島に渡り、迷宮の入り口に向かう。その入口は大きな岩に開いた穴だった。ベネショフ領の岩山迷宮と似ているような気がする。
「一階層は、どんな魔物が出るんだ?」
デニスがマヌエラに尋ねた。
「スライムと大ネズミです。大したことはないので、最短距離で二階層へ下りる予定です」
一階層は地下迷宮型エリアだった。この迷宮も光苔のようなものが天井に生えており、明かりは必要ないらしい。ゴットホルトは先頭を歩き、大ネズミを排除している。
「二階層は、ゴブリンと麻痺蛇が出るので、気を付けてください」
「僕たちは大丈夫だ。身を守る真名術が使えるから、心配しなくていい」
デニスは宝剣緋爪を背負い、リュックを背負っている。腰にはポーチがあり、中にはボーンエッグが入っていた。カルロスも同様の装備で、武器だけは長巻を手にしていた。
五匹のゴブリンに遭遇し、デニスが二匹を殺し残りをそれぞれが仕留める。
「三階層へ行こう」
デニスは先を促した。三階層は大きな地下空間で、鎧ガエルに遭遇しデニスが緋爪で斬り捨てた。
これにはゴットホルトとマヌエラが驚いた。鉄のように硬い鎧ガエルを剣で斬るということは難しかったからだ。
「その剣は特別製ですか?」
「ああ、緋鋼製の宝剣だ」
「うわっ、国宝級じゃないですか。私たちの武器も特別製ですけど、緋鋼なんて使えないですよ」
デニスはマヌエラが持つ槍を観察した。少し青いような気がする。蒼鋼製なのかもしれない。効率を考え、鎧ガエルはデニスが排除して先に進んだ。
四階層は森林エリアでゴブリンやオークを倒し、五階層に下りる。そこは荒野エリアだった。
「朝早くに迷宮に入って、まだ昼にもなっていません。最短記録ですよ」
マヌエラが呆れたように言う。
カルロスが苦笑する。
「デニス様と迷宮に行くと、こんなものです」
「『さまよえる神の家』を一刻でも早く見たかったんだ。どこにあるんだ?」
ゴットホルトがエリアの中心にある岩山を指差す。
「あの山の向こうだ」
この男は本当に無口だった。マヌエラとは様々な話をしたが、ゴットホルトが発した言葉は数えるほどしかない。
デニスは周辺を見回した。赤茶けた土の荒野が広がっている。ゴツゴツした岩がそこら中に転がっており、寒々とした風景だ。その風景の中に動くものがいる。
ここのエリアは、アンデッドの棲家のようだ。最初にスケルトンに襲われた。錆びた剣を持つスケルトンが、デニスたちに斬りかかってくる。
デニスはスタスタと歩きながら、襲ってくるスケルトンを全て一撃で斬り伏せた。
「おっ、ボーンエッグを落とした」
デニスはボーンエッグを拾い上げ、リュックに入れる。それから岩山の裏に辿り着くまでに、三個のボーンエッグを手に入れた。
初めて『さまよえる神の家』を見た時、雅也の記憶からタージ・マハルを連想した。細長い塔に囲まれた特徴的な丸い屋根が載っている建物だ。
デニスはリュックの中から、記録モアダを取り出した。記録モアダは使用者の脳を経由して、目と耳から入った映像と音を迷宮石に刻み込み、それを再生することができる道具である。
その記録モアダを使って『さまよえる神の家』の記録を撮った。それが終わると、記録モアダをリュックに仕舞う。
入り口らしいものは、一箇所だけだ。そこには扉のようなものがあるのだが、ドアノブや引手らしきものがない。その代わりに五個の穴が開いている。
デニスは扉を押してみた。ビクともしない。
「この通り、扉が開かないのです」
マヌエラが説明するように言った。
デニスは扉に開いている穴に注目した。
「この穴が鍵なのかな?」
「穴に指を入れて引いても押しても開かなかったぞ」
珍しくゴットホルトが情報を喋った。
デニスは穴に指を入れて扉を動かそうとした。だが、動かない。上下左右前後に動かそうとしたが、どの方向にも動かなかった。
「ん、この感触は……」
デニスは扉の穴がボーンエッグを触った時の感触と似ていることに気づいた。もしかすると、ボーンエッグの素材に近いものがドアに使われているのかもしれない。
ボーンエッグで思い浮かぶ可能性に、真名の力がある。デニスは扉の穴に指を入れて『魔源素』の真名の力を穴に流し込んだ。手応えを感じたが、正解ではなかったようで扉は開かない。
「何か分かったのですか?」
マヌエラが尋ねた。
「ああ、真名に関係しているようだ」
マヌエラとゴットホルトは首を傾げている。
デニスは『魔源素』『装甲』『怪力』『言霊』『爆砕』の真名を解放し、それぞれを右手の指に流し込んだ。その力が扉の穴に注ぎ込まれる。
真名の力が注ぎ込まれた瞬間、デニスの身体が扉の中に吸い込まれた。
「デニス様!」
カルロスの叫びがデニスの耳に響いた。
扉を通り抜けたデニスは、白い壁で囲まれた部屋の中にいた。その部屋の中央には、机と椅子があった。
「ここはどういう場所なんだ?」
部屋には机と椅子、それに机の上に置かれた書籍以外は、何もなかった。
「この本を見ろということなのか?」
デニスは机に近づき、その上に広げられている書籍に視線を向けた。タイトルは『迷宮の??』となっている。
この書籍は古代文字で書かれており、デニスの知識では『迷宮の』という部分しか解読できなかった。デニスは記録モアダを取り出し、記録しながら書籍を調べ始める。
栞があり、そのページを開く。そこには迷宮について書かれているのは分かるのだが、ほとんど解読できない。
「記録して、後で調べてもらうしかないな」
デニスは最初に栞が挟まっていたページを記録した後に、一ページ目から記録した。その作業が半分ほど終わった頃、部屋が震え始めた。
「馬鹿な……迷宮の中で地震なのか」
デニスは不思議な力で建物の外に放り出された。放り出されたデニスは、荒野の地面を転がる。
「デニス様!」
またカルロスの叫びが聞こえた。デニスは記録モアダが壊れていないか確かめる。壊れてはいないようだ。
カルロスがデニスの倒れているところに駆け寄り助け起こす。
「大丈夫でございますか?」
デニスは起き上がり、身体を動かしてみる。
「心配ない。擦り傷はあるが、骨は折れていない」
デニスが答えた時、マヌエラの叫びが聞こえた。その方角を見ると、『さまよえる神の家』が地面に吸い込まれるように消えるところだった。
デニスたちは、急いで地上に戻った。そして、古代文字の専門家であるグリンデマン博士を連れて白鳥城に登城する。
白鳥城の役人に、国王に報告することがあると伝言を頼んだ。国王は軍務卿・内務卿を呼んで一緒に聞くことにしたらしく、三人で待ち構えていた。
デニスたちが国王の前に進み出ると、国王から先に声をかけられた。
「湖島迷宮から戻ったのだな」
「そうでございます、陛下」
「『さまよえる神の家』はどうだった?」
デニスは迷宮で起きたことを語り、記録モアダにセットされている迷宮石に刻まれた映像を再生する。空中に迷宮の様子が映し出され、国王たちとグリンデマン博士が食い入るように見た。
「ん、これは古代の本か。何が書いてある?」
国王の問いに、グリンデマン博士が答えた。
「この本の背表紙には、『迷宮の生態』と書かれております」
グリンデマン博士が再生した書籍の中身を読んで、国王たちに告げた。
「栞の部分のページに、重要なことが書かれております」
グリンデマン博士によると、迷宮の最奥には『迷宮主』と呼ばれる魔物が存在するという。そして、その迷宮主は、二八〇年周期で新しい魔物と交代するようだ。それも『さまよえる神の家』が現れた迷宮を中心として、近隣の迷宮も一斉に迷宮主が交代するらしい。
「ふむ、迷宮主の交代か。興味深いことではあるが、それが重要なことなのか?」
「はい。迷宮主から普通の魔物になった元迷宮主は、迷宮の外に出て来ようとするようです」
「何……元迷宮主が迷宮の外へだと!」
国王が驚きの声を上げ、軍務卿が鋭い視線を博士に向ける。
「元迷宮主というのは、強力な魔物なのだろうな?」
グリンデマン博士が頷いた。
「竜族や巨人が多いようです」
それを聞いた国王たちは顔を強張らせ、無言となる。
デニスは確かめたいことを博士に尋ねた。
「その迷宮主の交代が起きるのは、いつなのです?」
「二八〇年周期は、エリジェス彗星が近付く時期と一緒なのです。つまり、三年後です」
デニスはベネショフ領の発展に暗雲が立ち込め始めたのを感じた。




