scene:206 クワイ湖の湖賊船
湖島に溢れた危険な魔物である妖精サイレンが倒された。湖島迷宮に入れるようになったのだが、王家専属の探索者による調査が終了するまでは、湖島迷宮に入ってはならないという王家からの要請が通達された。
命令ではなく要請なのは、命令しても見つからなければいいだろうと無視して湖島迷宮に入る者を阻止できないからだ。命令ならば、それを取り締まる必要がある。そうするには、湖島に常駐する兵士が必要だ。
王家は危険な湖島に兵士を常駐させたくない。それで要請として出して、無断で迷宮に入った者は自己責任とした。
本来、探索者の行動は自己責任なのだ。とは言え、危険だと分かっているのに何の警告も出さないのは無責任だと言い出す面倒な奴らがいるので、警告として要請を出したのである。
ブラックスケルトンを狩ろうと思っていたデニスだったが、調査が終了するまで待つことにした。その代わり、クワイ湖の調査を進めようと考えた。
航行の邪魔になる岩礁や障害物の位置などを調査し、深度を計測する。一〇日ほど調査を進め湖畔にあるニナト領とチダレス領への航路が判明した。
デニスたちがニナト領とチダレス領の中間辺りを航行していると、奇妙な船が現れた。船体が真っ黒で、船首に尖った鉄の塊である衝角が取り付けられている。
カルロスがデニスの横に立って、黒い船を睨んだ。
「デニス様、例の湖賊ではありませんか?」
怪しい船を観察したデニスは頷く。
「どうやら、そうみたいだな。戦闘準備だ」
デニスの命令を聞いた兵士たちは鎧を装備する。鎧は間違って湖に落ちた場合を考えて、船上では装備しないようにしていた。
「先制攻撃しますか?」
カルロスの問いに、デニスは首を振る。
「いや、今のところ怪しい船だというだけで、湖賊だと決まったわけではない。相手が攻撃してから応戦することにする」
「だが、装甲は展開しておけ!」
兵士たちの『おう!』という声が響いた。
黒い船に弓を持った者たちの姿が見えた。
「帆を畳め、奴らは火矢を放つつもりだぞ」
乗組員が手早く帆を畳んで、ロープで固定した。デニスはボーン動真力エンジン二基を起動させる。その推進力で、トライベル号が進み始めた。
デニスはいくつかの真名を解放。戦闘準備が終わった頃、相手の船から火矢が放たれた。
新しい船に火矢が突き刺さり船を焦がす。それを見たデニスのこめかみがピクリと反応する。すぐさま反撃の命令が出された。
「沈めてしまえ!」
デニスは爆砕球を放つ。黒い船に向かって放たれた爆砕球は舷側に命中して爆発した。湖賊船の甲板では、湖賊たちが大騒ぎしている。
ベネショフ領の兵士たちも容赦しなかった。次々に爆裂球を湖賊船に向かって放ち、船体を破壊していく。湖賊船は逃げようとして向きを変えた。
デニスは追撃し、背後から爆砕球を放つ。それに続いて多くの爆裂球が飛び湖賊船を破壊する。
湖賊の一人が船尾に立ち、何かしようとしていた。
「あいつ、真名術を使うつもりじゃないか?」
カルロスが目を凝らし、気をつけるように兵士に警告を出す。
湖賊船から爆炎球が撃ち出された。それがトライベル号に迫り、デニスと複数の兵士が迎撃のために真名術を発動する。
幸運にも爆裂球の一つが爆炎球に命中し、強烈な爆発が起きた。デニスが放った爆砕球は、湖賊船の船尾に命中して大きな穴を開ける。その穴から大量の水が湖賊船の内部に流れ込んだ。
「デニス様、船が沈むようです」
「いや、あいつらは諦めていないぞ」
湖賊船が向きを変えて、トライベル号に船首を向けようと旋回を始めていた。船首の衝角で体当りしようと考えたらしい。デニスはトライベル号の進路を変えるように命じる。
「馬鹿が……船がそんなに機敏な動きができるわけないだろ」
デニスは湖賊船を睨み、その船首を目掛けて爆砕球を放った。高速で飛翔する爆砕球は、鉄製の衝角に命中し船首からもぎ取った。
湖賊船は速度をガクンと落とし沈み始める。
デニスたちは沈む湖賊船から湖に飛び込んだ湖賊を助け上げ、縛り上げた。運良く湖賊船の船長らしい男も捕縛する。
船長を尋問して、誰に頼まれたのか聞き出す。意外なことに無駄な抵抗もせずに喋り始めた。捕縛された以上、抵抗しても無駄だと思っているようだ。
「俺たちは『大旦那』と呼ばれる人物に雇われて、湖賊をやっている」
「その大旦那というのは何者だ?」
「俺たちも大旦那の正体は知らねえ。ただクワイ湖運輸総連に関係する者だと思っちゃいる。まあ、推測しているだけで確証はねえがな」
湖賊は金で雇われただけの無法者らしい。
「困ったな。クワイ湖運輸総連が後ろにいるのは確かなんだが、証拠がないのか?」
「デニス様、あの連中を王家に引き渡して、調べてもらうしかないですな。もしかすると、湖賊船を手配した経路が見つかれば、クワイ湖運輸総連の尻尾を捕まえられるかもしれません」
デニスたちは王都に戻り、湖賊たちを王家に引き渡した。
その翌日、またクワイ湖運輸総連のロミルダがブリオネス家の屋敷に現れた。湖賊がトライベル号を襲った翌日に訪れるなど、湖賊に命令したのは自分たちだと告白したのも同然である。
デニスとカルロスが相手をした。
「デニス殿、湖賊に襲われたそうでございますね?」
「ええ、あなたが言った通りになりましたよ」
デニスがそう言うと、ロミルダが顔をしかめた。
「誤解のないように言っておきますが、湖賊をけしかけたのは、私たちではございませんよ」
デニスは絶対に嘘だと思った。ロミルダの呼吸が変化したのに気づいたからだ。人間は嘘を吐く時に心拍数が上がり、息苦しく感じるらしい。
その結果、呼吸が影響されて変化するという。その変化を感じたデニスは、怒りを覚えた。だが、そんな呼吸の変化が証拠になるはずもない。
「そうですか。それが本当だといいですね。王家には尋問の専門家が居るんですよ。その専門家は、尋問されている本人さえ気づいていない真実を引き出すそうなんです。怖いですよね」
ロミルダが顔を強張らせた。
「そ、そうなんですか?」
「ええ、物事を深く考えない湖賊なんかは、目で見ているのに真実まで考えが及ばないんです。だけど、見ているんです。その記憶を拾い出して、分析し真実に辿り着くのが尋問官なのだそうです」
ロミルダの顔が青くなっている。
「私、用を思い出しました。今日は、これで失礼します」
ロミルダが去ると、黙って聞いていたカルロスがニヤッと笑う。
「あの方は、何のために来たのでしょう?」
「たぶん、湖賊を撃退したからと言って、安心するのは早いぞ、と警告に来たんじゃないか。だけど、僕が脅したから、何も言わずに帰ったんだ」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ブリオネス家の屋敷を出たロミルダは、クワイ湖運輸総連の王都支部に向かった。本部はチダレスに在るので、王都の事務所は支部になる。
支部に入ったロミルダは、二階にある支部長室に入った。
「ロミルダ、ノックぐらいしろ」
「そんな悠長にしている場合じゃない。ブリオネス家の跡取りを脅しに行ったら、逆に脅されたのよ」
支部長室の主は、ヨゼフ・ボチェクという四〇代前半の男だった。小太りで口髭を生やしている。嫌な目付きでロミルダを見た。
「ふん、あんな若造にだらしない。それで何を脅されたと言うのだ?」
「捕まった湖賊どもよ。あいつらは王家に引き渡されて、尋問官が取り調べているのよ。大丈夫なの?」
「あいつらは何も知らんよ。大丈夫だ」
「でも、あいつらに命令していたのは、支部長でしょ。顔を知られているんじゃないの?」
「抜かりはない。あいつらに会う時は、いつも口元を隠していた」
「目元は見られているの?」
「それがどうした。目だけで誰か分かるはずがないだろ」
ロミルダが口に手を当てて目を見開いた。ヨゼフの右目の下に三角形に並んだ三つの泣きボクロがあったからだ。
「そ、そのホクロも隠したんでしょうね」
「ホクロ、何だそれ?」
ヨゼフは自分のホクロを意識していなかったようだ。
「支部長、偶には鏡を見なさい」
王家の尋問官は、湖賊に命令を出していた大旦那が、クワイ湖運輸総連の王都支部長だと突き止めた。そして、王家の兵士が支部に踏み込んだ。だが、ヨゼフは支部から逃げ出した後だった。
デニスの脅しが裏目に出た結果になったが、クワイ湖運輸総連に疑いを持った王家は、徹底的に調査することを決めた。




