scene:205 湖島迷宮
ゲラルトが去った後、デニスはトライベル号に乗った。
「デニス様、どこに行かれるのですか?」
同乗しているカルロスが尋ねた。
デニスは迷宮のある島を指差した。
「あそこだ。どれほど危険なものか、見てみたい」
「大丈夫でしょうか? あの島に近付いた者は、いかなる剛の者でも帰って来なかったと聞いております」
「僕も調べてみた。迷宮から溢れて島をうろついている魔物の中に、サイレンがいるのではないかと思っている」
「あの妖精サイレンでございますか?」
カルロスも名前だけは知っている魔物だった。湖や海の近くにある迷宮に棲み着いている魔物で、その歌声で人を惑わせ、ふらふらと近づく者を殺すという化け物だ。
カルロスが不安そうな顔をする。その歌で操られてしまう者が大勢出るのではないか、と心配しているのだろう。
「心配するな。その手の攻撃には、僕は強いようだ。もちろん、油断は禁物で、対策は打つ」
デニスは自分がサイレンの歌声に捕らえられた時のために、船を自動運転にして島の横を通過させることにした。自動運転と言っても、帆を畳んで舵を固定しボーン動真力エンジンで進ませるようにしただけだ。
島が近付くと、歌声が聞こえてきた。デニスはドライアドの声も聞いているので、その歌が普通の歌でないことは分かった。
デニスはカルロスや部下たちの様子を見た。カルロスは顔をしかめて抵抗している。他の部下も抵抗しようとしている者が多い。ただ中には魂を抜かれたようにボーッとしている部下もいる。
「意識をしっかりしろ」
デニスは『言霊』の真名を使って、強制的に意識を取り戻させた。ボーッとしていた部下たちが、気がついてキョロキョロと周りを見回している。
デニスは歌声を発しているサイレンを探す。島の岩場に白い羽根を持つ女の姿があった。但し、その女の下半身は鳥だ。
「あれが、妖精サイレンか」
「デニス様、早く始末する方が良さそうです」
カルロスの声で部下たちの様子を確認する。意識を取り戻させた部下の目が、またとろーんとしてきている。
デニスは『爆砕』と『爆噴』の真名を解放し、重起動真名術を発動する。岩場で歌っている化け物目掛けて、爆噴爆砕球を放った。
普通の爆砕球ではなく爆噴爆砕球にしたのは、サイレンが岩場に居たからだ。その岩場は水面の下にも広がっており、船で近付ける場所ではなかった。遠くからサイレンを仕留めるためには、爆噴爆砕球が必要だったのである。
デニスの放った真名術は妖精サイレンに命中した。サイレンは油断していたのだと思われる。自分の歌に逆らえる者などいないと思っていたのだ。
サイレンからは『魅了』という真名を手に入れられることもあるのだが、今回は無しだったようだ。その代わり、サイレンが消える時に岩場に何かを落とした。
「デニス様、ドロップアイテムを落としたようです」
「岩場の近くで、船を付けられるところはないか?」
カルロスが岩場から二〇〇メートルほど離れた岸に接岸できる場所を見つけた。そこに船を寄せ上陸する。
ドロップアイテムを探しながら進んだデニスは、五分ほど探して発見した。
「これは『サイレンの涙』か」
ドロップアイテムは、『サイレンの涙』と呼ばれる宝石だった。ルビーのように紅く輝く宝石は、かなり高額なものである。
「デニス様、魔物です!」
船の上にいるカルロスの叫び声が聞こえた。急いで周囲を見回したデニスは、東の方からスケルトンが近付いているのに気づいた。
そのスケルトンは初めて見た種類のものだった。骨が真っ黒で、身長が二メートル半ほどもある。手には太い棍棒を持っており、力が強そうだ。
デニスは宝剣緋爪を抜いて構えた。ブラックスケルトンはデニスの頭上に棍棒を持ち上げ、振り下ろす。ステップして避けたデニスの横を太い棍棒が通りすぎ岩に叩き付けられた。
その岩が爆発したかのように粉々に砕け、その破片がデニスに当たる。
「痛っ」
反射的に跳び離れる。ブラックスケルトンが持つ棍棒も尋常なものではないようだ。
ブラックスケルトンはデニスを追って跳躍、デニスの胴体を目掛けて棍棒を薙ぎ払う。デニスは全力で避けて距離を取ろうとした。
だが、ブラックスケルトンは執拗にデニスを追い駆け攻撃を繰り返す。デニスは不用意に魔物を近付かせたことを後悔した。こいつは遠距離で真名術を放ち仕留めるべきだったのだ。
ブラックスケルトンが棍棒を振り下ろし、また岩を粉々にした。デニスはそこに隙を見つけ、懐に跳び込むと緋爪で足を薙ぎ払った。
右の大腿骨が切断され、バランスを崩したブラックスケルトンが倒れる。透かさずブラックスケルトンの頭蓋骨を叩き斬った。
ブラックスケルトンは粉々に砕け塵となって消える。そして、黒いボーンエッグが残された。
「あいつもボーンエッグを残すのか」
かなりの怪力だったブラックスケルトンのボーンエッグである。これからボーンサーヴァントを誕生させれば、相当な馬力を持つボーンサーヴァントが生まれるかもしれない。
そして、高馬力のボーン動真力エンジンも期待できる。ここの迷宮を探索する必要があるようだ。もう少し湖島迷宮を調べる必要があるだろう。
デニスはトライベル号に戻った。
「ヒヤヒヤさせんでください」
カルロスがデニスに言う。
「すまん、あいつを近付けさせたのは失敗だった」
「あのスケルトンは、長生きしていそうでしたが、真名を手に入れられましたか?」
「いや、その代わりに、これを残した」
デニスは黒いボーンエッグを見せた。カルロスはボーンエッグを手に取って確認した。
「黒いボーンエッグですか。これは普通のボーンエッグより少し大きい。これから生まれるボーンサーヴァントは、面白そうですな」
「一旦、王都に戻るぞ。湖島迷宮について調べたい」
「分かりました」
王都に戻ったデニスは白鳥城へ向かった。白鳥城に登城したデニスは、図書室に行く。湖島迷宮について調べるためだ。
「デニス殿、どうしてここに?」
図書室では、ハイネス王子が読書をしていた。
「調べたいことがあったので、この図書室を使う権利を使わせてもらいました」
「なるほど、デニス殿は使う権利を持っていたんだったね」
「ハイネス殿下は、読書でございますか?」
「ああ、ミモス迷宮について調べていた」
「もしかして、スケルトン狩りでございますか?」
ハイネス王子が頷いた。
「デニス殿は、何を調べるのだ?」
「湖島迷宮について、調べています」
「ん、あの島には厄介な魔物がいて、王家が近付くことを禁じたはず」
「ああ、厄介な魔物というのは、妖精サイレンですね。サイレンは先ほど倒しました」
「ええーっ、どんな剛の者でも帰って来なかった、と言われているのに」
「サイレンの歌声に逆らえる者なら、勝てる相手です」
「それが難しいから、王家が禁じたのに」
ハイネス王子は信じようとしなかったが、デニスが『サイレンの涙』を見せると、やっと信じた。
デニスは湖島迷宮の古い記録を調べ、迷宮の六階層にブラックスケルトンが居ることが分かった。六階層はアンデッドエリアらしい。ブラックスケルトンの他にも、普通のスケルトンや死神ワイト、スケルトン山猫が出没するようだ。
「スケルトン山猫とは、珍しい。そいつもボーンエッグを残すものなのか?」
ハイネス王子が質問した。ミモス迷宮の調査に飽きて、デニスの調査に参加している。ハイネス王子が特別飽きっぽいというより一六歳の少年なら、そんなものだろう。
「昔、スケルトンウルフを倒して、ボーンエッグを手に入れたことがあります」
「ならば、スケルトン山猫でもボーンエッグを残しそうだな」
デニスと王子は、湖島迷宮についての記録資料を片っ端から調べた。
「デニス殿は、湖島迷宮へ潜るつもりなのか?」
「はい、そのつもりです」
ハイネス王子が一緒に連れて行って欲しいと言い出した。王子が同行するということは、王子を護衛する者たちも一緒に行くということだ。
デニスは陛下の許可が下りるならと条件を付けたが、陛下はあっさりと許可を出した。但し、王家専属の探索者が調査して、王子が同行しても大丈夫なら、という条件が出された。
おかげですぐに湖島迷宮へ潜ることはできそうにない。なので、クワイ湖の調査を先に進めることにした。心配なのは、クワイ湖運輸総連の連中が調査を妨害しないかということだ。




