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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第6章 紛争編
205/313

scene:204 クワイ湖運輸総連

 デニスがテレーザ王女と王妃の相手をしている間に、トリザス派のクラリスは厳しい尋問を受けたようだ。

 そして、ある方法で白状させたらしい。王家には特別な真名を持つ尋問官がいると聞いていたので、何らかの真名術を使ったのだろう。


 結果、トリザス派の目的が分かった。グルード王子の命を奪った後、バイサル王国の国民にグルード王子の死の責任が、ゼルマン王国にあると喧伝する計画だったらしい。


 バイサル王国の王族は信じないかも知れないが、バイサル王国の国民の半分は信じるだろうと計算していたようだ。


 このことをデニスに教えてくれたのは、コンラート軍務卿だった。

「バイサル王国とゼルマン王国の仲を引き裂こうとしているというわけですか。そうなると、トリザス派の後ろにいるのは、ヌオラ共和国の連中かもしれませんね」


 軍務卿が頷いた。

「軍部でも、そう考えている。デニス殿も知っているパヴェル議員が、ヌオラ共和国の政治中枢で勢力を伸ばしているようだ。今回の件もパヴェル議員が関係しているのではないかと推測している」


 パヴェル議員は、チグレグ川の戦いにおいて真名術を撃ち合い戦った相手だ。デニスにとって敵であり、そのパヴェル議員がヌオラ共和国の中枢で勢力を伸ばしていると聞くと、嫌な気分になる。


「軍務卿は、国としてどう動こうと考えているのです?」

「ヌオラ共和国の議員の中には、強硬派と穏健派がある。パヴェル議員は強硬派の議員の中で、先頭に立とうとしているそうだ。我々は穏健派の議員と接触して協力しようと考えている」


 生温なまぬるいとデニスは思った。他国の王族を殺そうとするような奴らが、大人しく話し合いの結果に従うとは思えない。それにデニスには懸念することがある。


 最近、ヌオラ共和国の船がベネショフ領の港を訪れることが多くなった。多くは綿を積み込んだ輸送船なのだが、そうではない船もゼルマン王国へ来ているのだ。


 デニスはヌオラ共和国の人間が王都にも入り込んでいると考えていた。そのことを軍務卿に話すと、考え込んでしまった。


「王都にも入り込んでいる。……由々しきことではないか。グルード王子を王都に連れてきても、安全ではないということだな」


 軍務卿は王都に滞在するヌオラ共和国人の動きを調査すると約束した。白鳥城を辞去したデニスは、屋敷に帰って、ヌオラ共和国のことを考えた。


「デニス様、お客様がいらっしゃいました」

 使用人の一人がデニスに知らせた。

「こんな遅くに誰だ?」


「チダレス領の商人だそうです」

「何の用だろう。応接室に通してくれ」

 デニスは応接室に向かった。


 チダレス領の商人というのは、クワイ湖で運輸業をしているロミルダ・グラーツという女性だった。年齢は四〇代で多数の装飾品を身に着けていた。


「私がデニスです」

「クワイ湖運輸総連を代表して、デニス殿に挨拶をさせていただきます」


 クワイ湖運輸総連と聞いて、クワイ湖の自由航行権の件だと分かる。

「ブリオネス家は、クワイ湖で運輸業を行うつもりでございますか?」

「そう考えている」


「では、クワイ湖運輸総連に入るということでございますね」

「いや、そのつもりはない」

 クワイ湖運輸総連は、クワイ湖の運輸を仕切っている団体である。湖船貴族とも呼ばれている人々が運営する団体で、一二隻の船で膨大な利益を上げていた。


「なぜでございます。クワイ湖の危険をご存じないのですか?」

 危険というのは、クワイ湖には隠れた岩礁が多いと言われていることだろう。その岩礁の位置を知っているのが、クワイ湖運輸総連の者たちなのだ。


「岩礁の位置くらい調べればいいことだ。問題は迷宮だけ。それもブリオネス家が解決してやる」

 ロミルダが顔を歪めた。

「貴族であれば、何でもできるとは思わないことです。クワイ湖には湖賊もいるのですよ」


 デニスが首を傾げた。

「クワイ湖を航行している船は、クワイ湖運輸総連の船だけなのだろう。その湖賊が船を沈めたという話は聞かないが、湖賊は何を襲っているのだ?」


 ロミルダが黙ってしまった。湖賊は、クワイ湖運輸総連が関連している連中なのだろう。そうでなければ、収入無しで湖賊を行っていることになる。


「どうせ、無断でクワイ湖を航行する船を襲っているのだろう。ブリオネス家が湖賊を退治してやる」

「なんと傲慢な」

「なぜだ? 湖賊を退治してやる、と言っているのだぞ。喜ぶべきことではないか」


 ロミルダが立ち上がった。その身体は小刻みに震えている。握り締めた拳から、彼女の怒りが感じられた。だが、デニスにしてみれば、クワイ湖運輸総連こそ傲慢である。


 王家から信任されてクワイ湖で商売をすることを許されたのに、その信任に応えようとせず金儲けだけに目を向けている。クワイ湖運輸総連こそ要らない組織だ。


「デニス殿、後悔しますよ」

「後悔するのは、どちらになるか楽しみだ」

 ロミルダがデニスを睨んでから帰っていった。


「クワイ湖のことは、後回しにしようと思っていたけど、先に片付けた方がいいようだ。ベネショフ領から船を送ってもらおう」


 デニスが船と言ったのは、モールビット号と一緒に建造していたトライベル号である。モールビット号と同じ縦帆とボーン動真力エンジンを装備している湖船である。


 但し、モールビット号はボーン動真力エンジンを三基だが、トライベル号は二基を搭載している。海流のない湖なら、二基で十分だと計算したからだ。


 船の内部はかなり異なっており、船室の代わりに船倉になっている。積載重量は約一五トンである。湖で運用する輸送船なら十分な輸送能力だ。


 問題はトライベル号をどうやってクワイ湖まで運ぶかだったが、すでに問題は解決し対策を打ってある。デニスはヘルムス川を遡るしかないと考えた。トライベル号ほどの大きさだと航行できない浅い場所があるが、その点も解決している。


 ボーン動真力エンジン三基を上向きに追加設置して、トライベル号の喫水線を下げて通過するのだ。三基で船体を持ち上げ、元々の二基で進ませたのである。いっそ空を飛べる船舶を開発しようかと考えたが、馬力不足でダメだった。


 デニスはベネショフ領に連絡を取り、トライベル号を送ってもらった。ヘルムス川を遡るトライベル号は目撃されたようだが、大きな騒ぎにはならなかった。


 クワイ湖にトライベル号が到着した。操縦してきたのは、カルロスである。

「カルロス、ご苦労さん」

「デニス様、こんな苦労をしてベネショフ領から運ぶより、クワイ湖に造船所を造る方が効率的ですよ」


「僕もそう思った。次からはそうするよ」

 トライベル号から、喫水線を上げるために設置したボーン動真力エンジン三基を取り外し、損傷がないか確認した。大丈夫なようだ。


 デニスたちが王都に近い水域で、トライベル号の乗り心地を試していると、白鳥城から王都警備軍の兵士が来た。


「やっぱり、デニスか」

「やあ、ゲラルト兄さん。どうしたんだい?」

「白鳥城から、この船が見えたんで、私たちが派遣されたのだ」


「問題ないだろ。ブリオネス家はクワイ湖の自由航行権を持っているんだから」

「そうだが、王家には報告しろ。そうでないと私たちが確かめに来ることになる」

 デニスは納得して謝った。


「この船で何をするつもりなんだ?」

「運送業だよ。クワイ湖の運送業は儲かると聞いたからね」


 ゲラルトが眉をひそめた。ベネショフ領は綿糸の販売や造船業で大いに儲けている。それらに比べるとクワイ湖の運送業は、それほど利益は出ないはずだ。


「本当に運送業だけなのか?」

「迷宮の調査もしようと思っている」

「湖島迷宮を探索する気か。あそこには厄介な魔物が居るんだぞ」


「知っている。ベネショフ領の兵士たちなら、迷宮の外に溢れている魔物を一掃し、クワイ湖を安全な場所にできると思っているんだ」


 ゲラルトが頷いた。ベネショフ領の兵士がどれほど優秀か知っているので納得したのだ。



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【書籍化報告】

カクヨム連載中の『生活魔法使いの下剋上』が書籍販売中です

イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[気になる点] ロミルダが最初の挨拶で「デニス殿」と言ったのに、怒って帰るときに「デニス様」と敬称が上がるのは不自然かと思います。
[一言] 既に動真力エンジンによる重量軽減程度なら可能なのか… そして貴族の船を襲えば問答無用で沈めても問題無いだろ。
[一言] これで湖賊に襲撃されたら国敵として殲滅対象に格上げ クワイ湖運輸総連も黒幕として処分される可能性 あんな捨てセリフ吐くぐらいだから 考えてないんだろうなきっと
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