scene:201 バイサル王国の難破船
マナテクノの起重船が宇宙で救出活動をした頃、デニスたちは王都からベネショフ領へ戻った。
最初に行ったのは、今回の戦いで死んだ兵士たちの家族に詫びて、弔慰金を渡し死亡退職金も支払うことを約束することだった。
弔慰金は一回だけであるが、死亡退職金は数年間毎月支払われる。遺族はブリオネス家が経営する工場などに優先的に雇うことになっているので、遺族が生活に困ることはないだろう。
遺族たちに会うことは、デニスにとって辛い経験だった。しばらく眠れない夜が続き、それが落ち着いた頃、領地を見回る仕事を開始した。
ベネショフの町や大斜面の開発状況を視察した。紡績工場は早めに完成していたが、そこで働く工員たちの住まいも完成した光景が見られるようになっている。
「ねえねえ、新しいお家はどこに建てるの?」
七歳になったマーゴが尋ねた。マーゴとアメリアはデニスのライノサーヴァントに乗っている。二人のために二人乗り用の鞍を作って使っている。
「一番上に建てているんだ。もう少しだからね」
大斜面の一番上に貯水池があり、その近くに大きな屋敷の基礎が出来上がっていた。領主屋敷と領庁の建設場所で、大勢の職人が働いている。
「マーゴの部屋もあるの?」
「ああ、ちゃんとマーゴの部屋もあるぞ」
喜んでいる妹を見ているデニスは、笑顔になっていた。
「良かった。立ち直ったみたいね」
アメリアがデニスに声をかけた。
「そんなに落ち込んでいるように見えたか?」
「うん、心配したんだよ」
デニスはアメリアの頭に手を置いて、
「ありがとう。もう大丈夫だから、アメリアは勉強を頑張れよ」
アメリアは王立ゼルマン学院に入学することを目指して勉強している。来年の春には入学試験があるので、頑張っている。
アメリアは勉強に関しても優秀なので、合格は間違いないだろう。デニス自身は、学生生活を体験できなかったことを残念に思うが、その代わりに好きなことができたので後悔していない。
久しぶりに大斜面の天辺まで登って痛感したことがある。登りが大変なのだ。老人や子供には少しきついかもしれない。貴族なども嫌がるだろう。
「アメリア、この大斜面に住むなら、馬車か何かが必要だと思うか?」
「そうね、確かに坂が大変だと思う」
「マーゴは、ライちゃんがいるから要らない」
マーゴの答えを聞いて苦笑した。ライノサーヴァントを持っている者なら必要ないだろうが、所有している者は限られている。ライノサーヴァントほどではないが、馬車も同じだ。
誰でも手頃に使える移動手段が必要だ。デニスは雅也の世界にある電車のようなものを造れないか、と考えた。動力はボーンエンジンを使えばいいので、何とかなるだろう。
マーゴが池を見ながら、船に乗りたいと言い出した。
「船だって……メルティナ号に乗ったばかりだろ」
「違う。池に浮かべて走らせるの」
マーゴが乗りたいと言ったのは、小さなヨットのことらしい。王都にも小さな池があり、そこでヨットが水面をスイスイと進むのを見て乗ってみたいと思ったようだ。但し、大きな船はダメだと言う。水面を滑るように進む感覚を体感してみたいようだ。
船の動力については、考えていたものがある。動真力エンジンだ。ボーンエンジンに動真力エンジンの推進機構を組み合わせて動力にしようと考えた。
微小魔源素結晶は『結晶化』の真名術を使って作り出せばいい。使う油は最適なものを用意できないだろうが、それなりの推進力があるエンジンが完成するだろう。
デニスは雅也に頼んでマナテクノの技術者に設計図を作ってもらい、鍛冶屋のディルクに製作を頼んだ。もちろん、ボーンエンジンの部分はデニス自身が製作するが、動真力エンジンの推進機構は金属加工の技術を持つディルクに任すしかなかった。
まず、デニスがボーンサーヴァントを改造してボーンエンジンを製作し、そのボーンエンジンに合わせて、ディルクが推進機構を作り上げることになる。
「デニス様は、変なものばかり注文するな」
「変なものはないだろ。紡績機は凄い発明だって言っていたじゃないか」
「そうなんだけど、設計図を見ても何をする機械なのか、分からないんですよ」
「今までになかったものだからな」
「こいつは何なんです?」
「それは……回転させると、前に進む機械なんだ」
ディルクは納得できなかったようで、首を傾げる。
「完成したら、どういう風に動くか見せてやるよ」
「分かりました」
この国で最高クラスの技術を持つディルクでも、推進機構を完成させるのに一ヶ月ほどかかった。
ボーンエンジンと推進機構を結合し、ボルトで固定する。
出来上がったボーン動真力エンジンを馬車の御者台に固定した。そして、デニスとディルクが馬車に乗り、動くように起動命令を出す。
エンジンが回転を始め、馬車の御者台がギシッと音を立てた後、馬車が進み始めた。
「うわっ、本当に進みやがった」
「ディルク、僕を信用していなかったのか?」
「そういうわけじゃねえんですが……」
実験は成功し、造船所で造られた小型ボートに取り付けられることになった。四人ほどしか乗れない小さなものだが、マーゴの希望なのだ。
その小型ボートを試し乗りするために、大斜面の池へ運んだ。
季節はまだ冬である。ボートで遊ぶには不適切な時期だった。デニスは兵士たちに手伝わせて、荷車に乗せた小型ボートを池に下ろした。
「デニス様、小型ボートの試し乗りは、海ではダメなのですか?」
一緒に来た従士のゲレオンが尋ねた。
「ああ、こいつは湖や川で使う船なんだ」
川船と海船の違いは、船底にある。正面から見て逆三角形の形をした船は海船で、船底が平になっている船は川船だ。川船の船底が平になっているのは、川や湖では水深の浅いところがあり、船底が平になっている方が使いやすい。
デニスとゲレオン、それに二人の兵士が小型ボートに乗った。
デニスが起動命令を出すと、ボーン動真力エンジンが回転を始めた。低いエンジン音を響かせながら、小型ボートが進み始める。
速さは時速一〇キロほどだろうか。手漕ぎボートでも一生懸命漕げば、それくらいの速度は出せそうだ。
「デニス様、寒いです」
ゲレオンがポツリと言った。やはり春か夏になってから開発すれば良かったと後悔する。
デニスは試し乗りを早々に終わらせ、屋敷に戻った。
マーゴに小型ボートが完成したことは言わないでおこう。この季節に試し乗りしたいと言い出せば、風邪を引くかもしれない。
そんな時、ベネショフ領近くの沖合で外国の船が遭難した。
難破船はベネショフ領の海岸に打ち上げられ横倒しとなっている。それに気づいた漁師が領主屋敷に知らせに来た。デニスは難破船を見て、バイサル王国の王家の船だと分かった。掲げられている旗がバイサル王家のものだったからだ。
難破船を見るエグモントの顔は、厳しいものになる。
「誤って岩礁に乗り上げて、船底が破損したようだな。船に乗っている者や近くに流れ着いた者を探すぞ」
エグモントは兵士たちを総動員して救助に当たった。
デニスは難破船に乗り込み、要救助者がいないか探す。横倒しになった船内に入ると、死体を発見した。
「どういうことだ。こいつは刺殺されている」
一緒に船に入ったイザークが、死体の状態を調べて腑に落ちないという顔をしている。
デニスも口をへの字に曲げた。
「船の内部で争いが起きていたということか。生きている者がいないか探そう」
デニスたちは船室を探し回り、倒れている数人の人間を発見した。その中で生きていたのは四人だけ。そして、四人の中の一人は少年だった。
「似ている」
デニスは気を失っている少年の顔を見て呟いた。
「誰に似ていると言うのです?」
イザークの問いに、デニスは厳しい顔になって答えた。
「バイサル王国のエゴール王子だ」
聞いたイザークが迷惑そうな顔をする。
「もし、本当に王族なら一大事です。王都に知らせないと」
「そうだな。まずは船から降ろして、屋敷まで運ぼう」
生きている者を屋敷まで運んで手当した。身体中に打撲痕がある。船が横転した時に、船内を転げ回ったのだろう。
半日ほど気を失っていた少年が目を覚ました。
「ここは?」
「ゼルマン王国のベネショフ領です」
デニスの答えを聞いた少年はホッとした顔をする。そして、自分がバイサル王国の第二王子グルードだと名乗った。