scene:200 グランプリ優勝者
日本の宇宙船がアメリカの宇宙遭難者を救出したニュースは、アメリカから全世界に広がった。マナテクノがケネディ宇宙センターへ提供した映像の一部もニュースで使われ、回転するモズセブンの映像などが繰り返し放送されたようだ。
世界はマナテクノが宇宙船を開発していることを知った。そして、動真力エンジンの宇宙での有用性に思い至り羨望する。
スペース-Zのクリフォード社長から報告を受けたポロック国務長官は、日本の倉崎大臣に連絡。クリフォード社長の報告の中に聞き捨てならない情報が入っていたからだ。
倉崎大臣と話して埒が明かないと感じたポロック国務長官は、予定を調整して日本へ行くことを決断した。目的はマナテクノの首脳陣と会うためである。
国務長官の予定変更を知った大統領が、ポロック国務長官の部屋を訪れた。
「急な予定変更があったと聞いたが、何事だ?」
「マナテクノの宇宙船について、重要な情報が入りましたので確認に行こうと思っています」
「君自身が行く必要があるのかね?」
「下の者を行かせた場合、マナテクノが本当のことを教えてくれない場合もあるかと、危惧しています」
「それほど重要な情報だということか。まさか、スケルトンを見たという情報じゃないだろうな」
大統領のところにも、日本の宇宙船内部でスケルトンを見たという情報が報告されたようだ。だが、大統領は本物のスケルトンだとは思っていないらしい。
「今回救助されたクルーの一人が、本物のスケルトンだと断言しております。それにマナテクノの聖谷常務が、使い魔だと言っていたそうです」
「スケルトンを召喚する能力を持っている者が、マナテクノにいると言うのだな。興味深いね。だが、魔物を召喚しても制御するのは難しいと聞いているが、どうなんだ?」
「私もそう聞いております。なので、その点についても確かめたいと思っています」
「了解した。ただ真名能力者が関係しているのなら、我が国の真名能力者を連れて行くがいい。幸いにも、サイラス・エドキンズが政府に協力してくれることになっている。彼を日本へ連れて行きたまえ」
サイラス・エドキンズは、真名能力者の格闘技大会で優勝した男である。現時点で世界最強だと言われている格闘家だった。
「サイラスをですか。分かりました」
ポロック国務長官は、サイラスと一緒に日本へ飛んだ。日本に降り立った国務長官とサイラスは、経済産業省へ行って倉崎大臣に挨拶した後、マナテクノへ向かう。
マナテクノでは雅也と神原社長が出迎えた。
「アメリカは、マナテクノに感謝しています。モズセブンの乗員乗客を救出していただき、ありがとうございました」
雅也は国務長官より同行している逞しい男が気になった。その男から只者ではないという気配が放たれていたからだ。
「こちらの方は?」
雅也が尋ねると、国務長官が紹介してくれた。世界頂天グランプリの優秀者だと聞いて納得する。
「何となく見覚えがあると思っていたのですが、そうか、あの大会のチャンピオンでしたか」
神原社長が嬉しそうに声を上げた。
「世界一の格闘家に、会えて光栄です」
雅也はサイラスと握手する。相手が強い力で握ってきたので、雅也も力を込める。すると、サイラスがニヤッと笑った。
「ミスター・聖谷は、真名能力者だと聞いている。なぜグランプリに出なかったのだ?」
「私の本業が、格闘家ではなかった、というだけです」
「へえー、相当な実力者だと感じたんだが」
ポロック国務長官が雅也に視線を向けた。
「聖谷常務も格闘技を習っているのかね?」
「護身用に少し習っている程度です」
国務長官たちを社長室に案内して、全員でソファーに座った。最初は雑談から始まったが、国務長官が本題を切り出す。
「ケネディ宇宙センターで働く者が、マナテクノの宇宙船で奇妙なものを見たという報告を上げている」
ボーンサーヴァントの件で、アメリカが何か言ってくると、雅也は思っていた。だが、ポロック国務長官が直接来るとは思ってもいなかった。
神原社長が無断で宇宙センターのスタッフが起重船の中に入ったことに対して苦情を言うと、国務長官が謝った。そして、今回の救出任務に対する報酬を、最初に決めた以上のものを払うと約束した。
サイラスがスケルトンについて、疑問を口にする。
「私も報告書と一緒に提出された画像を見た。だが、あれは普通のスケルトンではなかった。そうじゃないか?」
国務長官が興味深そうに雅也へ視線を向ける。
「ふうっ、本物のスケルトンを知っている者が、確認したのなら誤魔化せませんね。仰る通り、正確にはスケルトンではありません」
「やはり、あれはボーンサーヴァントだな」
雅也はサイラスが知っていたことに少し驚いた。だが、サイラスのバディが見た可能性を考えると、驚くようなことではなかったようだ。
国務長官が首を傾げる。
「ボーンサーヴァントとは何なのかね?」
雅也はボーンエッグを取り出した。
「これがボーンエッグと呼ばれているものです。スケルトンを倒すとドロップアイテムのような形で残ることがあるのです」
「ミスター・サイラス、君はボーンエッグを見たことがあるのか?」
「私のバディが見ています。何体もスケルトンを倒したことがありますから」
「なるほど、それでボーンエッグをどうするのです?」
雅也はボーンエッグを空中に投げ上げ、ボーンワードを唱えた。ボーンエッグが小さなスケルトンに変化して、カチャリと床に着地する。
その姿を見た国務長官が思わず立ち上がった。いきなりアンデッドが現れたので驚いたのだろう。
「こ、これは……」
「これがボーンサーヴァントです」
国務長官が言葉を忘れて、ボーンサーヴァントを見詰めている。
「これに命令することはできるのかね?」
「もちろんです」
サイラスも面白がっていたが、大したものではないという様子を見せた。
「国務長官、ボーンサーヴァントは大したものじゃありませんよ。異世界でも召使いにしか使えないんで、あまり使う者がいないくらいでしたから」
サイラスのバディがいる国では、戦闘用のボーンサーヴァントは知られていないようだ。
「だが、宇宙では活躍したようではないか。何でも使いようだ。呼吸もせず、宇宙空間で長時間過ごしても筋力が衰えることもない。理想的な宇宙の労働力だと思う」
サイラスが納得したというように頷いた。
「そういうことなら、スケルトンを召喚する真名を持つ魔物から真名を取得すれば、こちらでスケルトンを召喚し、ボーンエッグを得られるということか。なるほど、日本人は賢い」
簡単にボーンエッグの取得方法を見破ったサイラスを、雅也は見直した。単なる格闘馬鹿ではないようだ。
国務長官がサイラスに顔を向けた。
「アメリカもボーンサーヴァントを所有することができるのかね?」
「そういう真名を持つ魔物を探すことから始めなければなりません。ですが、可能性はあります」
国務長官が笑った。
「日本に来て良かった。大収穫だよ」
雅也たちは苦笑するしかなかった。ボーンサーヴァントについては、本格的に宇宙事業に投入する予定だったので、その正体を知られるのは時間の問題だと思っていた。
だが、本格的に投入する前に知られるとは思っていなかった。そこで国務長官に、ボーンサーヴァントのことは当分秘密にするように持ちかけた。
「当然だよ。親切に他国へ教えてやるつもりはない」
最近のアメリカは技術情報などの漏洩に厳しくなっている。その点が甘い日本とは全く違うのだ。
ポロック国務長官が日本を去った数日後、マナテクノの銀行口座に三〇〇億円ほどの金額が、アメリカ政府より振り込まれた。
ロケットを一回打ち上げるのに数十億~百数十億円が必要と言われている。だが、これは通常のロケットの場合だ。起重船の場合は一〇〇分の一以下になる。
今回の救出任務では小型起重船の改造や特殊な姿勢制御装置が必要になったが、それでも二〇億円ほどしか掛かっていない。それを黙ってかなり吹っ掛けていたのだ。しかも、神原社長が苦情を言ったので、国務長官が上乗せすると約束した。その結果が、この金額なのだ。
もしかしたら、ボーンサーヴァントに関する情報料も入っているのかもしれない。
この利益は起重船専用の製造開発工場を建設する資金として使われることと決まっているのだが、実際に振り込まれた金額を確認した神原社長と雅也は、何だかぼったくりバーの経営者になったような気分になった。
「聖谷君、サービスということで、モズセブンの機体を地上に下ろしてやるというのはどうだ?」
「俺は構いませんけど。アメリカが納得して払ったのですから、黙ってもらっても構わないと思いますよ」
雅也と神原社長は話し合った。このまま宇宙に浮かべておくのも危険だということになり、モズセブンを地上に下ろした。
その様子は世界に中継され、マナテクノの技術を世界に見せつけることになった。




