scene:199 宇宙の使い魔
モズセブンの内部では、船長のジェイクがバッテリー残量をチェックしていた。このままでは後四時間ほどで電気が切れ生命維持システムが止まる。厳しい顔をしているジェイクに気づいたダンカンが確認する。
「バッテリーが残り少ないのか?」
「ああ、後四時間だ」
「日本の宇宙船が、近くまで来ているとライリーが言っているんだ。日本人を信じるしかないだろう」
「それは分かっている。但し、機体の回転を止めて、ドッキングするまでの時間を考えるとギリギリだ」
ジェイクたちが深刻な顔で話していた時、マナテクノが打ち上げた小型起重船はモズセブンの近くまで来て、相対距離を保つように静止した。
その船内では二体の動くものがあった。簡易宇宙服を装着したボーンサーヴァントたちだ。雅也が所有するMサーヴァントと小雪が所有するKサーヴァントである。ボーンサーヴァントたちが装着している簡易宇宙服には、五つのカメラとマイクとスピーカー、背中には超小型全方向推進装置が組み込まれていた。
簡易宇宙服のカメラが捉えた映像は、共振データデバイスにより地上のマナテクノに送られ、雅也たちマナテクノ社員とスペース-Zの技術者が見ていた。
二体のボーンサーヴァントは、エアロックを通過して宇宙へと出た。エアロックというのは、気圧の異なる場所を人や物が移動する時、その圧力差を調節する機能を持った出入り口として使用する通路あるいは小部屋のことである。
エアロックがないと宇宙船内の空気がハッチを開けた瞬間に全部漏れ出すので、絶対に必要なものだ。
二体のボーンサーヴァントは、宇宙空間に外付けの姿勢制御装置を運び出した。これは長いベルトと動真力機関を組み込んだもので、ベルトで機体に固定した後にモズセブンの回転を止める。
その装置を持ったボーンサーヴァントたちが、モズセブンへ飛翔する。移動には簡易宇宙服の背中に組み込まれている全方向推進装置を使っていた。但し、この装置を動かしているのは、地上のマナテクノにいる技術者たちだ。
Mサーヴァントが長いベルトの端を持って、回転しているモズセブンの周囲を一周する。Kサーヴァントのところへ戻ってきたMサーヴァントは、外付けの姿勢制御装置にベルトの端を取り付け、スイッチを押した。
ベルトが装置の中に巻き込まれ輪が縮まって、モズセブンの機体に固定された。次の瞬間、装置の稼働ランプが点り、モズセブンの回転が遅くなる。数分で回転が止まった。
回転が止まったことは、モズセブン内部のジェイクたちも気づいた。
「日本人が何かしたのか?」
「分からんが、回転を止める装置を開発したと言っていたから、それを使ったんじゃないか」
ジェイクは直接日本の宇宙船と交信しようと、ケネディ宇宙センターにいるライリーに周波数を尋ねた。
『日本の宇宙船とは、交信できないと言われている。日本で開発された宇宙船に取り付けられたカメラの映像が、こちらにも届いているから、状況は把握している。質問があるなら訊いてくれ』
パイロットのカイルが窓を指差した。
「見てみろ。日本人たちが船外活動をしているぞ」
回転が止まったので、モズセブンの小さな窓から小型起重船とボーンサーヴァントたちの様子が見られるようになった。
「何か、おかしくないか?」
ダンカンが言い出した。宇宙空間にいる日本人が酷く小さく見えたのだ。宇宙服のヘルメットが邪魔になって、ボーンサーヴァントの顔が見えないので、ジェイクたちは人間だと思っていた。
「そうだな。日本人が小柄だと言っても、あれじゃ学校に通い始めたばかりの子供くらいじゃないか」
宇宙センターのライリーに質問しようということになった。
「ライリー、宇宙空間で日本人が活動しているようなんだが、あれはどう見ても子供だ。どうなっている?」
少しタイムラグがあって、ライリーの声が聞こえてきた。
『宇宙空間で活動しているのは、日本人じゃない』
「だったら、何者なんだ?」
『あれは、人間じゃないんだ。ボーンサーヴァントと呼ばれるロボットみたいなものだと日本人は言っている』
ジェイクたちはびっくりした顔をする。
「日本人、恐るべし。あの国の技術が、そこまで進んでいるとは知らなかった」
ダンカンが肩をすくめた。
「宇宙は、日本人に任せた方がいいんじゃないか」
ジェイクが嫌な顔をする。
「一時期、宇宙開発でソ連に追い抜かれた時も、すぐにアメリカは追い付き抜き返した。今回も同じだ」
ボーンサーヴァントたちは、モズセブンに取り付けた外付けの姿勢制御装置を外し、起重船に持ち帰った。そして、起重船がゆっくりとモズセブンへ近付く。
モズセブンの窓から見る起重船は、キノコのマシュルームに似ていた。積載量を多くしようと考えたマナテクノの技術陣が、この形を選んだのだ。キノコの柄に相当する部分の先端にドッキング装置があり、その部分を先頭に起重船は近付いてくる。
起重船のドッキング装置がモズセブンと接続され、地上のライリーから連絡が来た。
『日本のマナテクノから連絡が来た。ハッチを開けて起重船に乗り移っていいそうだ』
ジェイクたちの顔にホッとした表情が浮かんだ。
早速、モズセブンのハッチを開き、起重船のエアロック内に入った。そこには日本人がボーンサーヴァントと呼んでいる存在が浮かんでいた。
『ようこそ、起重船<紅鳶>へ』
「おっ、このロボットは喋れるのか」
ダンカンが声を上げた。そして、ボーンサーヴァントが被っているヘルメットの内部を覗き込む。
「うわーっ!」
ダンカンは悲鳴のような声を上げて、飛び退ろうとして天井に頭をぶつけた。
「どうした?」
何に驚いたのかと、不思議に思ったジェイクが尋ねた。
ダンカンが少しでもボーンサーヴァントから遠ざかろうとエアロックの隅まで後退する。
「こいつは人間じゃない」
「えっ、当たり前だろ。ロボットなんだから」
「そういう意味じゃない。こいつはロボットでもないんだ」
ジェイクはボーンサーヴァントのヘルメットを覗き込んだ。そのヘルメットの中には髑髏があり、ジェイクに向かって顎をカクカクと動かした。
「うっ」
ジェイクは驚いて身を引いた。だが、警戒しながら覗いたので、ダンカンよりは驚かない。
『申し訳ない。うちのボーンサーヴァントが驚かしてしまったようですね』
ボーンサーヴァントの簡易宇宙服に取り付けられたスピーカーから響いた雅也の声だった。
「あなたは誰だ?」
『私はマナテクノの聖谷という。このボーンサーヴァントの持ち主だ』
「趣味が悪すぎるぞ。ロボットの顔を髑髏にすることはないだろ」
「何だって、スケルトンロボットなのか?」
ダンカンが少し怒ったような顔で、再びヘルメットを覗き込んだ。
「いやいやいや、こいつは絶対ロボットじゃない」
『やっぱり、分かりましたか』
ジェイクがボーンサーヴァントを睨んだ。
「どういうことです?」
『このボーンサーヴァントは、異世界の産物で、魔物の一種なのです。但し、私の制御下にありますので、使い魔だと言えます』
「使い魔だって、やっぱり日本は恐ろしい」
ジェイクたちは厳しい訓練を受け、タフな精神を持つ宇宙飛行士だ。普通ならパニックを起こすようなことでも冷静に受け止めようと努力した。
Mサーヴァントはモズセブン側のハッチをきっちり閉じてから、起重船側のハッチを開け起重船に入った。
ジェイクたちも後に続く。起重船の内部は明らかに急いで生命維持装置を組み込んだ跡があった。窒素と酸素の圧縮タンクが剥き出しのまま固定されており、二酸化炭素除去装置や粉塵除去装置も新しく取り付けられた跡が残っている。
ジェイクたちの救出を終えたボーンサーヴァントは、簡易宇宙服を脱いだ。ボーンサーヴァントには眼球がないので、通常の視力は存在しない。しかし、何らかの見る能力があるのは確実である。
ところが宇宙服を着たままでは、見る範囲が狭くなるらしいのだ。
簡易宇宙服を脱いだボーンサーヴァントを見たダンカンたちがピクッと反応する。
「本当に……スケルトンなんだな」
ジェイクが青い顔で呟いた。
ボーンサーヴァントたちは、ヘッドギアのようなものを頭蓋骨に装着した。それは特別製のもので、マイクとスピーカー、それにカメラと共振データデバイスが組み込まれている。
そのヘッドギアのスピーカーから声が響いた。
『皆さん、座席に座ってください。地球に帰還します』
「すまん、水はないのか?」
軽い脱水症状になっていたレスターが尋ねた。Kサーヴァントが水を取り出して全員に配った。
『どうぞ』
「ん、その声からすると女性なのかね」
『マナテクノの神原と申します』
「スケルトンの代わりに君がいてくれたら、嬉しかったのに」
ボーンサーヴァントが操縦席に座ると、カイルが尋ねた。
「もしかして、ボーンサーヴァントが操縦するのか?」
『まさか、起重船は自動操縦です』
起重船はアメリカの要望で、ケネディ宇宙センターに着陸した。
ジェイクとカイルは自力で起重船から降りられたが、ダンカンとレスターは筋肉が衰えており手助けが必要だ。そこで宇宙センターのスタッフが起重船に乗り込んだ。
本当はマナテクノの了解を取ってから、入る手筈になっていたのだが、ダンカンたちを心配したスタッフが、手続き抜きで突入した。
スタッフたちが入る前にボーンサーヴァントをボーンエッグに戻す予定だったのだが、間に合わずスタッフはボーンサーヴァントを目撃。そこで凄まじい騒ぎが発生した。スタッフたちは必死でダンカンとレスターを抱えて逃げ出したのだ。
それを見ていたスペース-Zのクリフォード社長は、状況を確認する。支離滅裂なことを叫ぶスタッフを落ち着かせて話を聞いた。
「日本人の宇宙船の中に、小さなスケルトンがいたんです」
「馬鹿なことを言うな」
スタッフの一人がスマホで一枚だけ撮影していた。それを証拠として見せる。
「社長、マナテクノの聖谷常務から、連絡がありました。小型のスケルトンは、マナテクノが研究している使い魔だそうです」
ライリーが告げた。
「何だと?」
クリフォードはスマホを持って、起重船に駆け込んだ。しかし、その時にはボーンサーヴァントは、ボーンエッグに戻された後だった。
残されたヘッドギアのスピーカーから声が響いた。
『クリフォード社長、もうすぐ離陸します』
「あなたは聖谷さんか?」
『そうです。本当に離陸時間が迫っていますので、降りてください』
「最後に一つだけ教えてくれ。使い魔をどうやって手に入れたのだ?」
『それは秘密です』
簡単に教えてくれるとは思っていなかったが、クリフォード社長は残念に思った。ボーンサーヴァントの宇宙での利用価値は、凄いものになると確信したからだ。
クリフォード社長が船から降りると、起重船はケネディ宇宙センターから飛び去った。




