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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第1章 明晰夢編
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scene:19 アメリアと友達

「まずい。奴を仕留める武器がない」

 震粒刃が消えた棒では、鎧トカゲは倒せない。棒を捨て、素早く背中の金剛棒を引き抜く。ズシリとした手応えを感じながら、上段に構えた。


 連戦したせいで疲労が蓄積しており金剛棒が重く感じる。鎧トカゲが前足の爪で引っ掻こうとしたので、その腕に金剛棒を振り下ろした。


 前足を叩いた金剛棒に骨の折れる感触が伝わる。それだけでなく、鎧トカゲがひっくり返った。重さ三キロ以上もある金剛棒の一撃は、衝撃も苛烈だ。


 地面に倒れた鎧トカゲが、起き上がろうとする。デニスはさらに金剛棒を叩き付けた。頭、首、頭と何度も振り下ろす。その度に骨が砕ける感触があり、最後には息絶えた。


 鎧トカゲが消えた瞬間、デニスの頭に真名が飛び込んだ。『装甲』の真名である。この真名についても、屋敷の書斎に資料があった。


 『装甲』は皮膚を鎧トカゲのような強靭なものに変化させる真名だ。外見がダークグリーンの鎧皮になるわけではないので、この『装甲』の真名を使う者は多い。


 何かが音を立てた。その方向を見ると、緑色の皮が落ちていた。二つ目のドロップアイテムである。

「これを売れば、金貨二枚くらいにはなるかな」


 ドロップアイテムを拾い上げようとした時、ズキリと右胸に痛みが走る。鎧トカゲの体当たりで怪我を負ったようだ。


 すべての魔物を倒した小ドーム空間は、次に魔物がリポップするまでセーフティゾーンとなる。デニスは痛みに耐えながら鉄の採掘を始めた。二〇キロほど掘り出して中止する。


 地上に戻ってリヤカーに鉄を乗せ、一息つく。胸がズキズキと痛むので、上着を脱いで傷を調べた。胸の部分が青痣あおあざになっている。


「痛いわけだ。体力が続かなかったな。まだまだ鍛え方が足りない? いや、一番の原因は無駄な動きが多かったからかな」


 冷静に反省したデニスは休憩してから昼食を摂った。午後からは迷宮の一階層へ潜る。今回は通り抜けずに小ドーム空間まで行った。


 中には一四匹ほどのスライムが徘徊している。震粒ブレードをスライムに叩き込み、仕留めていく。震粒刃はスライムにも有効だった。


 魔物がいなくなった小ドーム空間で、デニスは『装甲』の真名を試してみた。意識を集中し真名を解放する。解放の前提条件として『魔源素』の真名がすでに解放されていることが必要だ。


 解放されている『魔源素』の真名が、大気中の魔源素を真力に変え『装甲』の真名に供給する。


 デニスの皮膚に変化があった。皮膚表面に薄い膜のようなものが張り付いたのだ。資料には皮膚が強靭なものに変化するとあったが、実際は薄い膜が装甲なのだろう。


 ちなみに、この薄い膜の正式名は【装甲膜】というらしい。後日、資料を調べて知った。


 その状態で左腕を右手で叩いてみた。パチッと大きな音が鳴ったが、全然痛くない。効果はあるようだが、どれほどの耐久性があるのか分からない。


「迷宮に潜っている時は、常時解放しているのが望ましいけど……精神的に疲れるからな」


 デニスは一階層で、真名術の訓練を行おうと決めた。地上だと魔源素の濃度が薄いので効率的な訓練ができないのだ。


 それから鉄鉱床の鉄を掘り尽くすまで二ヶ月、デニスは迷宮と町を往復した。採掘した鉄は一六〇〇キロほど。小さな町で一年間に消費する量は、五〇〇キロで十分だ。


 残りの鉄は、雑貨屋のカスパルに頼み、他の町で売ってもらった。デニスの取り分は、金貨三二枚となった。予想外の大金に、デニスは喜んだ。


 デニスは大金を得て、誰も迷宮に潜ろうとしなかったことが腑に落ちなくなった。

「こんな大金が得られるのに、どうして?」

 そのことをエグモントに尋ねた。


 エグモントは苦笑いして答えてくれた。


「それはな……」

 エグモントの説明によれば、デニスの場合は、迷宮を独占的に探索できたので大金を得られたようだ。


 普通は数人のパーティで迷宮に潜る。しかも、多くのパーティが一斉に潜るので、あっという間に鉱床の鉱物は採掘され尽くしてしまう。


 故に一人分にすれば、大きな儲けにはならないようだ。それに迷宮の魔物は油断ならない。鎧トカゲはもちろん、スライムでさえ迷宮探索者を殺すことがあるのだ。


「お前も一人で迷宮に潜るのは、考え直せ。危険すぎる。誰か他にいないのか?」

「探してみます」


「あたしも迷宮に行きたい」

 アメリアが言い出した。エグモントが顔をしかめる。


「ダメだ。迷宮は遊びではないのだぞ」

「一階層だけならいいでしょ。スライムだけなら大丈夫だって聞いたよ」

「スライムも危険なんだぞ」


 アメリアが頬を膨らました。

「デニス兄さんだけずるい。あたしも真名術を使いたい」


 アメリアはどうやら真名術を使いたいようだ。デニスとエグモントは相談し、アメリアに一階層だけ経験させることにした。


 デニスが一緒に付いていれば、スライムだけなら大丈夫だと話し合ったのだ。ただアメリアは迷宮探索に向いている服やリュックなどを持っていなかったので、雑貨屋のカスパルに頼んで取り寄せることになった。


 カスパルは数日で用意すると請け負ってくれた。


 数日後、迷宮に行きたいという者が増えていた。アメリアの友達であるフィーネとヤスミンである。二人はデニスの真名術を初めて見た時から、迷宮に興味を持っていたらしい。


 二人の両親が、アメリアに迷宮での戦い方を教えるのなら、二人にも教えてもらえないだろうかと頼みにきた。迷宮探索者の中に女性もいる。そういう女性探索者になれないかと相談されたのだ。


「いいでしょ、デニス兄さん。一生に一度のお願い」

「でもね。迷宮探索は危険なんだぞ」


 二人の親たちは九年前の大火事で何もかも失い、娘たちを養育することが難しいことをデニスに伝えた。そうなるとベネショフを出て、大きな町で職を探すことになる。


 何の教育も受けていない彼女たちが就ける職業は、水商売と呼ばれるものになるだろう。本人たちも親も、それは嫌だと言う。


 そこにアメリアが迷宮デビューするという話を聞いて、一緒に行けば迷宮探索者になれるのではないかと考えたらしい。


 デニスが迷宮で大金を得たという話が庶民の間で広まっており、できれば自分たちも迷宮に挑戦したいと思っている者が多かった。


 だが、戦い方を知らない庶民では、難しいと分かっている。迷宮に挑戦しようと思う者がいなかったわけではないが、怪我をして戻り諦めたようだ。


 そのこともあり、デニスに頼みにきたようだ。危険な仕事に子供を就職させようとせず、自分たちが迷宮探索者になればいいのに、とデニスは思った。


 だが、事情を聞くと簡単ではないようだ。他にも子供が何人もいて、親が怪我しただけで生活に困る事態になるらしい。デニスはそれ以上詮索しようとは思わなかった。それもこれも領地の状況が悪く、生活が苦しいからなのだろう。


 デニスはいろいろ考えて二人を連れて行くことにした。来年には、領地経営について学び始める。迷宮に潜る余裕がなくなるかもしれない。


 デニスの代わりに迷宮に潜り、様々な資源を持ち帰る者を育てるのは必要だと思ったのだ。


 ということで、まずは武器を用意するすることにした。木工職人のフランツに頼んで、ネイルロッドを二本作製してもらう。


 アメリアにはデニスが使っていたものを渡し、新しいものはフィーネとヤスミンに渡した。リュックと水筒も用意する。


 すべての準備が整った翌日、デニスたちは迷宮に向かった。デニスはリュックを載せたリヤカーを引き、アメリアたちは動きやすい服に、ネイルロッドを持って付いてくる。


「デニス様、迷宮の一階層はスライムだけなんでしょ?」

 ヤスミンが尋ねた。

「ああ、ヤスミンたちには、スライムを仕留めて『魔勁素』の真名を手に入れてもらう」


 ヤスミンたちは歓声を上げた。そして、アメリアが、

「『魔勁素』の真名が手に入れば、前に見せてもらったことができるの?」

「いや、あれは『魔源素』の真名を手に入れなければならないんだ。それは難しいから、アメリアたちは『魔勁素』にしておけ」


「えーっ」

 アメリアたちが不満そうな声を上げる。

「俺も『魔源素』の真名がいい」

 フィーネが少年のような口調で我儘を言った。


 そういう我儘を言っていられるのも、実際にスライムと戦う前までだとデニスは思っていた。スライムの電撃のような攻撃を一度でも受ければ、どちらでも良いと思うはずだ。



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