scene:197 ポロック国務長官
雅也が建設しようと考えていた研究所は、マナテクノと関係のある企業が資金提供を申し出たことで、考えていたより早く実現することになった。
どうやら、研究所が将来重要な存在になると予想した企業が、協力しようと申し出たようだ。
雅也はまず聖谷研究財団を設立。財団は地方都市の郊外に研究所用の広大な土地を取得した。
その土地は元大学だった敷地である。入学生が減って定員割れした大学が潰れるのは、時代の流れ。敷地には大学時代の建物が残っており、電気・水道・ガスなどのライフラインの手続きをすれば、すぐにでも使える状態だった。
雅也は研究に必要な設備を購入し、研究施設としての体裁を整えた。もちろん、使用するネットワークには『マナテクネット』を導入する。後は人材である。マナテクノと関係がある研究所だと知った優秀な学生と研究者が、将来性のある研究所だと考え所属することを決めた。
雅也は優秀な学生を集めて、ボーンエッグの中にある設計図をどのように変えれば有益なものになるかを研究させた。目指しているのは、ピストンエンジンのような『ボーンエンジン』である。
これはボーンサーヴァントの手足をピストンのように動かし、それを回転運動に変える構造である。これは思った以上の出力が出ることが分かった。
出力を表すものに『馬力』という単位がある。一馬力は約七五キログラムの物体を一メートル動かす力であるので、人間でも短時間なら一馬力を出すことは可能だ。
ちなみに、体重七三キログラムの人間が一〇〇メートルを一〇秒で走る力が一馬力に相当する。これは優秀な陸上選手なら可能な数字なので、一馬力を出せる人間は存在するのだ。
但し、平均的な人間は瞬間的に出せるのは〇.五馬力、持続して発揮できるのが〇.一馬力である。
雅也は研究成果である設計図を見ながら、未使用のボーンエッグに秘められている設計図を変更した。そして、『魔源素』『怪力』『頑強』の真名の力を注ぎ込んだボーンエンジンを誕生させる。骨で出来たエンジンのようなものの表面に髑髏が浮かぶ、ボーンエンジンが完成した。
このボーンエンジンの出力を計測したところ、約二馬力の出力だと分かった。『怪力』の真名の力を注いだからだろう。しかも、『魔源素』の力を注ぎ込んだボーンサーヴァントは疲れを知らない。空気中の魔源素を力に変えて動くので、周囲の魔源素がなくなるまで動く。
この研究はデニスの世界で使う原動機を開発するためのものだ。大量生産ができないので一般的なものには使えないが、宇宙事業では何かに使えるのではないかと考えている。
研究が一段落した雅也は、会議に出席するために第二工場へ向かった。定期的に行われている自衛隊を交えた会議である。今回は武装翔空艇を海上で使いたいという話が出ている。
第二工場の会議室に入ると、先に海上保安庁の三田警備救難部長が席に座っていた。
「三田さん、早いですね」
五〇代だと思われる三田警備救難部長は、ニコッと笑った。
「海上保安庁は、今大変なんですよ。是非とも、武装翔空艇を海保に導入したいのです」
以前にもあったのだが、中国公船がS諸島の領海に侵入し、海上保安庁の巡視船と揉めることが頻発している。
「中国公船がS諸島の領海に侵入しているのは、知っています。ですが、武装翔空艇で何とかできるものなんですか? まさか、撃つわけにはいかんのでしょう」
今まで海保は、海賊船や違法漁業などでなければ、臨検や拿捕をできなかった。中国公船は、どちらでもないので取り締まることができなかったはずだ。
「威嚇するだけでも、効果があります。領海に侵入した中国公船を放置することだけは、ダメなのです。それに今年から、臨検や拿捕が可能になりました」
国はいくつかの法改正を行い、領海内に侵入した船ならば、種類に関係なく臨検や拿捕を行え、抵抗するなら攻撃することも可能にしたらしい。
「知りませんでした」
「聖谷さんは、忙しかったのでしょう。自衛隊から、いろいろ無理を言われたのではないですか」
三田警備救難部長は、武装翔空艇の件で忙しかったのを知っているのだ。
「しかし、抵抗した場合なら、反撃も可ですか。海保側が不利なのは変わりませんね」
「ええ、そこで武装翔空艇が欲しいのですよ。武装翔空艇は装甲を付けられますから」
海保では敵の第一撃を何とか防ぎ、海上保安官の生命を守ることを考えているのだろう。そして、できるなら反撃し不審船を拿捕する。
会議では海保が調達する武装翔空艇についてが主題となった。問題点は装甲である。装甲を厚くすると、重くなりスピードと航続距離が落ちてしまう。
「聖谷さんは、どう思う?」
「装甲は一三ミリ機関銃に耐えられる程度にして、基本は機動力で弾を避けることを、考えた方がいいと思います。ただ操縦席周りは防弾仕様にして、操縦者の命だけは守るというのが前提です」
三田警備救難部長が頷いた。だが、納得している顔ではない。
「だが、相手が携帯型対空ミサイルで攻撃した場合はどうする?」
「デコイ弾を使って、避けるしかないですね。ただ武装翔空艇なら、冷静に判断して操縦すれば、その機動力で十分に避けられるはずです」
議論は進み、武装翔空艇の海保バージョンの詳細が決まった。会議が終わり雅也が帰ろうとした時、防衛装備庁の永野が近付いてきた。
「そう言えば、アメリカのポロック国務長官が来日するそうです。宇宙太陽光発電システムに関連することで、政府と話し合うと言っていましたので、マナテクノにも声がかかるかもしれませんよ」
宇宙太陽光発電システムのプロジェクトは、マナテクノを中心に進んでいる。ポロック国務長官が宇宙太陽光発電システムのプロジェクトについて話があるのなら、当然マナテクノと直接話をした方が早いのだ。
数日後、予想通りというか、ポロック国務長官が来日して総理官邸で会うことになった。日本のプロジェクトである宇宙太陽光発電システムについて、詳しく聞きたいという。
雅也と神原社長は、総理官邸へ向かった。官邸に入り会議室に案内される。そこで待っていると、ポロック国務長官を案内した倉崎大臣が入ってきた。
二人だけではなく通訳なども会議室に入り席に着いた。倉崎大臣が雅也と神原社長を紹介する。
「マナテクノには、救難翔空艇の件で世話になったと聞いている。友人のコフリン大将が感謝していたよ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
流暢な英語で神原社長が話を始めた。一応雅也も英語は分かる。小雪に言われて錆びついていた英語を勉強し直したのだ。
「本当は、日本が開発した武装翔空艇を購入したかったのだが、話し合いが上手くいかなかったようだ」
ポロック国務長官が経済産業省の倉崎大臣へチラリと視線を向けた。
「防衛省では、武装翔空艇の評価が終わっていないのです。評価作業が終わった時点で、輸出を許可するかどうかを判断すると思います」
ポロック国務長官が渋い顔をして頷いた。
「早く評価が終わることを期待するとしよう。さて、今日の本題は、貴国で進めている宇宙太陽光発電についてだ」
倉崎大臣は頷いて、宇宙太陽光発電システムについて説明した。
「素晴らしい計画だ。特にマナテクノが開発しようとしている起重船は、我々も注目している。ところで、起重船は有人船ではないと聞いたが、人間が乗ることは無理なのかね?」
ポロック国務長官の質問に、神原社長が無理ではないと答えた。
「ふむ、有人船として計画していないのはなぜだね?」
「宇宙空間での経験が足りないからです」
マナテクノが宇宙にまで到達したのは一回だけだ。これから先、何回も何十回も打ち上げて経験を積み重ね。情報を蓄積していく必要があるだろう。
普通なら巨額の資金が必要だが、低価格で何度でも宇宙を往復できる起重船なら、二〇〇億円ほどの予算で有人飛行が可能な宇宙船を開発できると考えていた。
「現在は、小型起重船を開発中で、もうすぐテストを開始するようだね」
「テストと言っても、大気圏内を飛ぶだけです」
「それでも信じられないほど早い。素晴らしい開発能力だよ」
ポロック国務長官が本題を切り出し始めた。
「日本の宇宙太陽光発電システムに、アメリカを参加させて欲しい」
雅也は倉崎大臣に顔を向ける。
倉崎大臣は困惑したような顔になっていた。日本が初めて宇宙太陽光発電システムについて発表した時、アメリカ政府から何の反応もなく、アメリカのマスコミは税金をドブに捨てるようなものだと酷評していたからだ。
マナテクノとしては、アメリカが参加してくれることは好都合である。アメリカの先進技術が使えるようになるからだ。
アメリカ政府は二〇億ドルの予算を投入する用意があるとポロック国務長官が伝えた。それを聞いた倉崎大臣が唸りながら考え始めた。予算に関して苦労しているのだ。
すぐに返事はできないので、協議してから返事するということになった。
ポロック国務長官の用件は、それだけではなかった。アメリカでは民間企業が宇宙事業を行っている。だが、宇宙で何かあった時、救助する手段がアメリカにない。そこで緊急時にマナテクノの小型起重船を貸して欲しいということだった。
宇宙で事故が起きた時に、小型起重船に人が乗り込んで救助に行くという話ではなく、機材や空気、水、食料が必要になった時に、届ける手段として小型起重船を活用したいということだ。
アメリカでは、この先数ヶ月の間に、民間の事業者が何度も宇宙を目指す計画を立てている。各事業者は競い合うように宇宙体験ツアーという企画に乗り出しており、アメリカ政府は危惧しているらしい。
雅也と神原社長は、人命に関わることなので承知した。もちろん、費用はアメリカ政府が負担することになる。
アメリカ政府の危惧は、その一ヶ月後に現実になった。




