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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第6章 紛争編
197/313

scene:196 英霊追悼

 国王の勧めで剣舞を披露しようと思ったデニスは、兄のゲラルトに頼んで剣舞の師匠を紹介してもらった。

 ヴィクトアというシスカ男爵家の三男で、剣舞の名手だ。その厳しい指導を受けたが、デニスの剣舞はあまり上達しなかった。


「デニス殿、動きを省いてはいけません。これは戦いではなく、舞いなのです」

 無駄な動きを省くことで武術の腕を磨いてきたデニスは、剣舞には向いていないようだ。


 その稽古の様子を見ていたアメリアとマーゴが溜息を吐いた。

「デニス兄さんに、剣舞は無理なんじゃない」

「むりぃー」

 デニスがガックリと肩を落とした。


「ねえねえ、王様は何で剣舞って言ったの? 兄さんは歌が得意なのに」

 マーゴが質問した。

「陛下は、デニス兄さんが歌が上手いことを知らないのよ」


 ヴィクトアが、それを聞いて意外そうな顔をする。

「デニス殿は、歌が上手いのですか。それなら英霊追悼で、剣舞ではなく歌を披露するべきではないですか?」

「しかし、英霊追悼で披露するのは、剣舞とスピーチに決まっているのでは?」


「いえ、五、六年前に行われた英霊追悼で、歌が英霊に捧げられた例があります」

 英霊追悼で剣舞や歌を披露することを、英霊に捧げると言うらしい。ヴィクトアは、英霊に捧げるのなら、歌でも剣舞でも同じだ。但し、スピーチに関しては、偉い貴族が喋りたいだけなので感心しないと言った。


「そうなのか……なら、歌にしよう。ヴィクトア殿には悪いのですが、約束通りの教授料を支払いますので」

 デニスは剣舞に早めに見切りをつけて、歌を披露することにした。


 英霊追悼を取り仕切る軍務卿に届け出ると笑われた。

「多才を誇るデニス殿でも、剣舞は苦手か。歌は大丈夫なのかね?」

「はい。剣舞よりはマシです」

「その方が良かったのかもしれん」


 デニスが、なぜという顔をする。

「デニス殿が剣舞を披露する直前に、ウルダリウス公爵家のダフィト殿が剣舞を披露することになっていたのだ」


 ウルダリウス公爵家のダフィトといえば、国で三本の指に入る剣舞の名手と言われる人物だ。そのダフィトが剣舞を披露した後に、デニスが披露すれば赤っ恥を掻くところだった。


「ダフィト殿の剣舞は、最初から決まっていたのですか?」

「いや、デニス殿が剣舞を披露すると決まってから、突然ウルダリウス公爵家から申し入れがあった。公爵ともあろう者が、器が小さいと思わんか?」


 デニスに恥を掻かそうという意図があったのだろう。軍務卿の言う通り、人間の器が小さく底意地の悪い男だ。歌にしろと言ってくれたヴィクトアに感謝した。


「ただ、デニス殿が歌を披露すると知られれば、見物客が増えるかもしれんな」

「どういうことです?」


「英霊追悼で、英霊に歌が捧げられるのは、久しぶりのことだからだ。私は歌でもいいと思うのだが、中々勇気のある人物が出てこなかったのだ」


 どういう意味だろう? デニスは軍務卿に詳しい話を聞こうとした。だが、国王が呼んでいると使いが来て、去ってしまう。

「まあいい、歌で決まりだ」


 そうなると、何を歌うかである。デニスは天才音楽家のミシェルに相談するために、彼の屋敷に向かった。雅也が病院で歌ったミシェルの曲は『愛離』という。その曲を英霊追悼で歌えないかと思ったのだ。


 ミシェルは在宅していた。

「デニス殿、どうかしたのですか?」

 細身の三〇代後半で無精髭が目立つ男だ。音楽仲間が集まって練習をしていたらしい。


 デニスは英霊追悼で歌うことになったので、何を歌うか相談に乗って欲しいと伝えた。

「ほう、英霊に歌を捧げるのですか。それは度胸がありますね」


 デニスは首を傾げた。軍務卿が言っていたことに通じるものがある。

「五、六年前に歌った方がいると聞いていますが」

「ええ、それが問題なのです。歌ったのは、当時の歌聖と呼ばれたギルベルト・ロッカなのです」


 ギルベルトは三年前に亡くなった歌の神とまで言われた天才である。その歌声を聞いたものは、天にも昇る気持ちになったという。


「ギルベルト・ロッカだって、そんな大物が歌ったのか。でも、それ以降に英霊に歌を捧げた者がいないのは、なぜです?」

「ギルベルト氏が歌った時、陛下が『これほどの歌でなければ、英霊の耳には届かんだろうな』と仰られたからですよ」


 国王が歌うということへのハードルを上げたらしい。

 ミシェルは気持ちが込められていれば、歌の上手い下手は関係ないと言う。だが、ギルベルト・ロッカが歌って以来、英霊追悼で歌を捧げる者がいなくなったのも事実なのだそうだ。


「ところで、デニス殿は歌が上手いのかね?」

「剣舞よりは、マシです」

 デニスはこれまでの経緯を話した。


「剣舞でも歌でも苦労するようですね。どうでしょう、私の伴奏で少し歌ってみませんか?」

「ええ、いいですよ」

 デニスはミシェルの演奏室に案内された。そこには三人の演奏家が練習をしていた。


「皆さん、紹介しよう。ベネショフ領のデニス殿だ」

 それぞれが自己紹介した。ミシェルの演奏仲間らしい。

「この度の戦いで、活躍されたデニス殿が、英霊追悼で歌を捧げられるのですか。是非、聞きたいものです」


「まずは、デニス殿の歌声を聞きたい。何を歌われますか?」

 ミシェルが尋ねたので、デニスは『愛離』と答えた。


 演奏家たちは頷き、それぞれの楽器を奏で始めた。四人が演奏する弦楽器が悲しげなリズムを刻み始める。その時まで演奏家たちは気軽に演奏していた。


 だが、デニスが歌い始めると、顔色が変わった。貴族の遊びだと思っていたのに……。デニスの歌に心を鷲掴みにされたのだ。


 デニスの歌声は素人とは思えないほどの技術があり、訓練により洗練されていた。安定した歌声は、歌詞の中にある一つ一つの言葉に深い意味を持たせ、心に響かせる。


 愛する妻が目の前で倒れる様子を歌った場面で、ミシェルはあの時の驚きと恐怖を思い出した。鼓動が速くなり息が苦しくなる。


 ミシェルの演奏が止まったことで、他の三人の演奏も止まった。

「どうかしたのですか?」

 デニスが顔色が悪くなったミシェルに尋ねる。


「すまん、嫌なことを思い出してしまったんだ」

「あっ、そうでした。この曲はミシェルさんにとって、特別な曲だったのを忘れていました」

「いや、普通なら大丈夫なんです。ですが、あなたの歌は特別だ。私の心を掻き乱した」


 ミシェルが新しい曲を作ろうと言い出し、英霊追悼で英霊に捧げるのに相応しい曲作りが始まった。ミシェルは天才と言われるだけの才能を発揮して素晴らしい曲を創り上げた。


 当日、巨大なひな壇のようなものの上に、英霊たちの遺骨が入った壺が置かれ英霊追悼の儀式が始まった。式場の前列には王族や公爵などが座り、デニスたちは後ろの席である。


 デニスが前列を見るとテレーザ王女の姿が見えた。

 国王と軍務卿のスピーチが終わり、出席者全員の献花が行われた。その後、酒が振る舞われて高位貴族たちのスピーチが始まる。


 そのスピーチが終わってから、英霊に捧げる剣舞が始まった。今回もデニス以外は歌を捧げる者はいないようだ。

 デニスの順番は一番最後だ。終盤になって、ダフィトが舞台に上がり剣舞を披露し拍手喝采を得た。その舞いは評判通りに見事なものだった。


 デニスの番である。デニスとミシェルたちが舞台に上がる。

「デニスよ。剣舞ではなく歌にしたのだな」

 国王が尋ねた。


「はい、陛下。私には剣舞の才能はなかったようです」

 バルツァー公爵が鼻で笑う。


「ふん、どうせダフィトが剣舞を舞うのを知って、歌に替えたのであろう。だが、覚えておけ。そちの歌はギルベルト・ロッカと比べられるのだぞ」


 ミシェルたちが楽器の調節を行い、準備が整ったところで軽やかな調べを奏で始めた。

 デニスは、ラング神聖国軍と戦うためにクラベス森林へ向かって行く時の興奮を声に乗せ歌い始めた。酒を飲みながら聴いていた人々は、酒を忘れ歌に惹き込まれた。


 そして、激しい戦いが始まり、味方の兵士が死んだ時の悲しみと怒りをデニスが歌うと、聴衆の心の中にも悲しみと怒りが湧き起こる。


 テレーザ王女はハンカチで溢れ出る涙を押さえながら、デニスの歌に集中した。国王も何かと戦っているような厳しい顔をしている。


 デニスの歌を聞いている聴衆は、歌に込められた感情と言葉に心を揺すぶられた。最後に英霊たちの逞しかった身体が焼かれ、骨だけになって戻った悲しみを歌い上げるとデニスの歌が終わった。


 むせび泣く音だけが式場を支配する。

 突然、国王が立ち上がり拍手を始めた。それに気づいた貴族たちが立ち上がって一緒に拍手する。最後には全員が立ち上がって拍手していた。


「聴かせてくれて感謝するぞ。最高の歌である。忘れられない英霊追悼の儀式となった」

 国王の感謝の言葉を聞いて、デニスとミシェルたちは深々と頭を下げた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 新曲で歌ったところ [気になる点] 歌回は好きだけど、歌うまでの展開が、歌うまでに毎回クソみたいな奴いるのが嫌ですね(勝手に録音するとか、剣舞に剣舞当てるのに許可おりてるとか) ひょんな事…
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] スタンディングオベーションだ。 国家か何かになったりして。
[良い点] これを機会に国中にデニスの歌の凄さが伝わってしまうことは良い事でもあり悪いこと、面倒ごとでもあるんでしょうね。 王女さまのハートをがっつり掴めるといいんですけれど。
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