scene:194 激怒
水で形成された蛇のようにくねる四つの槍が、空中に生まれた。その水蛇槍の一つがデニスに向かって飛翔する。デニスは横にステップして避けようとした。
だが、水蛇槍が空中で蛇のようにくねって、デニスを狙って軌道を変える。
「こいつ、誘導ミサイルか」
デニスは宝剣緋爪を抜いて、飛んできた水蛇槍を緋爪で斬り裂いた。その瞬間、水蛇槍が爆発。その破片がデニスの身体に命中する。衝撃を受けた身体は宙を舞い地面に投げ出された。
デニスは装甲膜を展開していたので、打撲傷だけで大きなダメージは受けていない。だが、その力と相殺されて装甲膜がかき消えてしまった。
「デニス様!」
イザークたちがデニスを心配して駆け寄った。その間にも、敵軍の水蛇槍が襲いかかろうとしている。それを見たイザークがデニスの前に躍り出て、長巻で斬りつける。
同じように爆発が起こり、イザークの身体が弾け飛んだ。次の水蛇槍がデニスに襲いかかり、ベテラン兵士のロルフが飛び出した。長巻の斬撃で爆発が起こり、ロルフの装甲膜も消し飛ばされた。
最後の一つである水蛇槍が、しつこくデニスに向かって襲ってきた。デニスは立ち上がり、もう一度装甲膜を展開しようとする。間に合うか?
その時、倒れたロルフが飛び起きた。チラリとデニスを見て笑みを浮かべ、飛翔する水蛇槍に顔を向け睨む。デニスはロルフが何をしようとしているのか分かった。
「やめろー!」
デニスが血を吐くような声で叫んだ時、ロルフが水蛇槍に向かって跳躍した。爆発が起こり、ロルフの身体から鮮血が飛び散る。デニスは頭の中が真っ白になった。
イザークが起き上がり、何かを叫んで血を流しているロルフに駆け寄ると、治癒の指輪を使った。
デニスは自分がやるべきことを思い出した。敵軍を睨み、水蛇槍を放った真名能力者たちに向かって、爆砕球を放った。それに続いてベネショフ領兵士たちも爆裂球を放つ。
デニスを狙った敵兵たちが、爆砕球と爆裂球の攻撃で倒れるのを確認した。
「ロルフは大丈夫なのか?」
イザークに確認する。すると、悲しげな顔で首を振るのが目に入った。
「そんな……」
ロルフはデニスが小さな頃からベネショフ領兵士として働いていた男だ。一緒に過ごした思い出も数多くある。デニスはよろよろとロルフに歩み寄り、その亡骸の傍で両膝を突いた。
「嘘だろ……」
イザークがデニスの肩に手を載せた。
「あなたは指揮官なんですよ。今はやるべきことをしてください」
「そんなことは、分かっている!」
デニスは鋭い口調で言い返した。イザークの顔を見ると両眼が赤くなっている。彼も悲しんでいることに気づいたデニスは、少しだけ冷静になった。
「すまん、僕は自分の役目を果たす」
デニスは立ち上がり、バリケードの近くから、指揮していた敵将軍を探した。そして、その将軍を発見する。普通の真名術が届かないほど離れた場所で命令を出していた。
「自分が命じた結果も確かめずに……僕は許さんぞ」
気を緩めると怒りが暴れだしそうになるのを堪えたデニスは、『爆砕』と『爆噴』の真名を解放した。敵将軍を見つめながら、『爆砕』と『爆噴』を使った重起動真名術を発動する。
デニスは深呼吸をしながら、魔源素を力に変換し真名術に注ぎ込む。制御しきれないほどの力を漲らせた爆砕球が生まれた。
その様子を見ていたイザークの顔が強張っている。
「デニス様、そのくらいで……」
イザークが声を上げた時、デニスが爆砕球を放った。それは普通では考えられないほどのスピードで飛翔を開始する。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ダリウス領の紅旗領兵団が戦っている場所では、互角の戦いが繰り広げられていた。
この場所に投入されたラング神聖国軍部隊は、数多くの真名能力者を含む精鋭部隊だった。紅旗領兵団と敵精鋭部隊は互角の戦いを繰り広げた。
ただ、ここには中小領地兵士も配置されていた。これらの兵士は敵精鋭部隊兵士に圧倒され、死傷者が増えていた。
クリャベス将軍は一見して、中小領地兵士が弱点だと気づいた。真名能力者の部隊を呼び寄せ、ボーンサーヴァントを使って切り崩すように命じる。
真名能力者たちは、ボーンエッグを手に持ちバリケードの近くまで進み出た。そして、中小領地兵士が守っている箇所に、ボーンエッグを投げ込んでボーンサーヴァントへ変化させた。
敵陣に降り立ったボーンサーヴァントは、中小領地兵士に襲いかかった。小さなボーンサーヴァントであるが、力は強く兵士に抱きつき首を絞めようとする。
襲われた兵士たちは悲鳴を上げた。必死で引き剥がそうとするが、ボーンサーヴァントは口をカタカタ鳴らして強い力で首を締めた。
それを見たダリウス領のハーゲンは、部下であるレオポルトに救援を命じた。
「ゲープハルト将軍に面倒を見ると言った以上、手を貸さぬわけにはいかんだろう」
「仕方ありませんね」
レオポルトは多数の部下を引き連れて、救援に向かった。
「ボーンサーヴァントには、こんな使い方もあったのか」
暴れているボーンサーヴァントを相手に戦い始めた。
レオポルトがハーゲンの側を離れた後、敵精鋭部隊がハーゲン直属の部隊を攻めた。それもボーンサーヴァントを使ってである。さすがに紅旗領兵団の兵士なので、悲鳴を上げるような弱兵はいない。
だが、少しだけ混乱し隊列が歪んだ。その様子をベルンハルト聖騎将が見ていた。
聖騎将とは元々宗教人である神父や司祭が、軍務に就いて将軍にまでなった時の呼称である。ラング神聖国軍に二人しかいない優秀な軍人だ。
「やっと、隙を見つけた」
ベルンハルト聖騎将がニヤリと笑った。この瞬間を待っていたのだ。聖騎将はクリャベス将軍から指揮権を奪い、残っている精鋭部隊を紅旗領兵団に突貫させた。
「ベルンハルト殿、いきなりどうしてですか?」
総大将は聖騎将であり、クリャベス将軍は従わなければならない立場にあった。
「私自身の手で、勝利を掴むべきだからだ」
「勝利ですと、我々は罠にかかった狼なのです。撤退すべきです」
「厳しいが、まだ勝機はある」
「一度撤退して、時期を待って再び侵攻する手もあります」
「何を言っている。フォルタン教皇の命令はゼルマン王国に侵攻し、その一部を切り取ること。目的を完遂するまでは、故国に帰ることはない」
クリャベス将軍は、聖騎将の目の中に狂信者の光を見た。その光にゾッとする。
聖騎将はクリャベス将軍に向かって、滔々と勝機についてしゃべり始めた。
この包囲網を突破し近くの町を占拠する。それがゼルマン王国軍によって仕掛けられた罠を食い破り、戦いを対等なものに戻す方法だという。
包囲網を突破されたゼルマン王国軍は、部隊の一部を分離して突破部隊を追撃するしかない。そうすると、包囲網が薄くなる。そこにつけ込み、次々に突破してゼルマン王国を荒らし回る作戦だと説明する。
その作戦案は不可能ではないが、かなり強引なものだった。近くの町には守備兵がいるだろうし、敵の追撃部隊に捕捉されることもあるだろう。
「見ろ、私の部下たちが押し始めた」
聖騎将が言う通り、ラング神聖国軍の兵士がバリケードを乗り越え、紅旗領兵団の兵士の中に飛び込む回数が増えている。このまま攻勢が続けば、包囲網を突破できるかもしれない。
一方、ダリウス領のハーゲンは顔を強張らせていた。
「何をしている。押し返せ、気合を入れろ!」
怒鳴るように命令を出しているが、大して意味のある命令ではなかった。
「まずい、まずいぞ。レオポルトは戻ってこれないのか?」
中小領地兵士も持ち場も危機的状況だった。ここでレオポルトの部隊を戻せば、そこが突破されてしまう。
「クッ、やはりベネショフ領の連中と組んだ方が良かったか? いや、弱気になってどうする」
ハーゲンが血が出るほど唇を噛み締めながら敵勢を見つめていた時、それは起こった。
どこからか放出系真名術が放たれたのだ。それは敵の大将目掛けて飛び、その足元に着弾した。次の瞬間、大爆発が起きた。
その爆風はハーゲンのところまで届き、紅旗領兵団の兵士たちも驚いた。彼ら自身も真名術を使うので分かるのだが、目の前で起きた大爆発は見たこともないほど大規模なものだった。
聖騎将がバラバラになって爆死。そればかりではなく、周囲の将兵に多数の死傷者が出た。その中にはクリャベス将軍も入っている。
クリャベス将軍は爆風で吹き飛ばされ、足の骨を折ったのだ。そのせいで指揮官が一時的にいなくなり、ラング神聖国軍は混乱した。
ハーゲンは何が起きたのか分からなかったが、敵が混乱しているのだけは理解した。部下たちに真名術で攻撃するように命じた。
聖騎将を殺した真名術は、デニスが放ったものである。その一発が戦いの趨勢を決めたのだ。
ラング神聖国軍は戦力を削り取られながら押し返され、国境門から自国へ退却した。
この戦いの総指揮を執っていたゲープハルト将軍は、大きく息を吐きだすと同時に緊張を解いた。
「やれやれ、無事に終わったな」




