scene:192 開戦
雅也がボーンエッグの中に設計図のようなものを発見したことを知ったデニスは、自分でも研究を始めた。王都の屋敷で、どんな利用方法があるか考えているとドアがノックされる。
ドアからイザークが顔を出した。
「デニス様、白鳥城から伝令が来ました。すぐに登城して欲しいということです」
「分かった」
デニスは着替えて白鳥城へ向かう。到着した城の馬車置き場には、貴族が乗ってきたと思われる馬車が並んでいた。かなりの貴族たちが呼び出されたようだ。
城に入り会議室へ向かう。中には伯爵以上の貴族たちが椅子に座らずに立っていた。デニスも立ったまま国王が現れるのを待つ。
国王が現れると、貴族たちが一斉に頭を下げる。デニスも同じように頭を下げた。
「面を上げ、座ってくれ」
その声でデニスは椅子に座った。
今回貴族たちを集めたのは、いよいよラング神聖国の侵攻が確実になったからだ。ゲラルトたちが荊棘草原で建設していた監視塔が完成し、そこで監視していた兵士が、ラング神聖国の兵士が道を作りながらゼルマン王国側へ進んでくるのを発見した。
ゼルマン王国の監視塔を発見したラング神聖国の兵士たちは混乱したようだ。これが別の場所だったら、監視塔に襲いかかり、監視兵を殺していただろう。だが、周囲の荊棘が邪魔をして、監視塔に襲い掛かることはできない。
監視兵たちが見ていると、その日のうちにラング神聖国の兵士たちは引き返した。荊棘草原からゼルマン王国へ侵攻することは諦めたようだ。
コンラート軍務卿が地図を出して説明を始めた。
「ラング神聖国は、侵攻ルートをクラベス森林へ変更したようです」
伯爵の一人が声を上げた。
「それが分かっているのなら、クラベス森林へ派兵すべきではないのですか?」
荊棘草原と同じように、クラベス森林の侵攻ルートを潰せと言いたいらしい。だが、見晴らしの悪い森林だと侵攻ルートはいくつもあり、かなりの兵力を出さない限り難しいという。
「いえ、我が軍部では、クラベス森林を侵攻してきた敵兵を一箇所に誘い込み、これを殲滅する計画を立てております」
軍部では、作戦案を貴族たちに説明した。
「ラング神聖国は、ラグマ街道沿いにある倉庫に、食糧を蓄積しておりました。ですが、この作業も終わり、最近では兵士を国境門近くに集めているようです」
国王が軍務卿に視線を向ける。
「それは神聖国の侵攻作戦が迫っているということか?」
「仰る通りでございます。早ければ数日以内、遅くとも一〇日以内に侵攻を始めるものと思われます」
蓄積した食糧の量と国境門の向こう側に集められた兵力から計算すると、それほど時間があるとは思えないのだ。
「敵の侵攻に対する備えはどうなっておる?」
「ここに集まっておられる貴族の方々が、精鋭を率いてクラベス森林へ向かう予定になっております」
軍務卿は、貴族軍に対してクラベス森林の出口に潜み、ラング神聖国軍が現れた時に攻撃する役割を与え、ベネショフ骨騎兵団には、先陣を切るように言い渡された。
デニスはベネショフ骨騎兵団を率いて貴族軍と一緒にクラベス森林へ移動した。といっても、騎兵たちは徒歩での移動である。貴族たちが乗っている馬を驚かせるというのが理由だ。
戦う前から落馬して怪我をする貴族が出たら、ベネショフ領の責任になると考慮したのである。本当は、貴族軍の馬がライノサーヴァントに慣れる時間をもらいたかったのだが、与えられなかった。
デニスたちはクラベス森林に到着し、森林の縁に沿って伸びている道路から少し離れた場所に、野営することになった。
その間も偵察部隊がラング神聖国軍の動きを偵察しており、確実に敵軍が迫っている情報を貴族軍に伝える。思っていた以上にクラベス森林を抜けてくる敵兵が多いと分かり、貴族たちが深刻な顔となった。
ベネショフ領の野営地にクリュフ領のランドルフが訪ねてきた。
「デニス殿、ラング神聖国軍のことをどう思う?」
「強いかどうかということですか?」
「そうだ」
「兵の質に関しては分かりません。ですが、さすがに一万の兵士をクラベス森林を抜けさせるとは思ってもみませんでした」
デニスや軍部は多くとも五〇〇〇ほどが森林を抜けるルートを侵攻してくると考えていた。ところが、実際に森林を抜けてくるのが一万と分かり、苦慮している。
「兵力は互角、兵士の質でも互角だと仮定すると援軍を頼むべきではないか?」
貴族軍の兵力も合計で一万ほどなのだ。確実に敵軍を罠に追い込むには、援軍を頼むべきだとランドルフは考えたようだ。
「援軍は不要でしょう。こちらには地の利があります」
「それはそうだが、兵の質を互角だと仮定した場合、指揮官の能力がものを言う。貴族軍はゲープハルト将軍が指揮を執るが、その下に各貴族軍の代表がいる。必ずしも統一された指揮系統だとは言えない」
ランドルフが危惧することも、デニスには理解できた。だが、ラング神聖国軍への第一撃は、ベネショフ骨騎兵団に任されている。その第一撃で大きな被害を与える自信があった。
それにダリウス領の紅旗領兵団とクリュフ領の侯爵騎士団の存在がある。この二つの兵団はベネショフ領の兵士たちの活躍を知り、迷宮で兵士を鍛えることを実行していた。
「そうでしょうか。ラング神聖国軍の指揮官が優秀だとは思えません」
「理由は?」
「荊棘草原が監視されていると分かった途端、すぐにクラベス森林へ兵を進めました。当然、我が国が警戒していることは予想がつくはず。フォルタン教皇に急かされて、無理に作戦を進めているとしか思えません」
「だが、ジゼリア王国との戦いには勝利しているぞ」
「兵力が違いすぎたのです」
デニスはラング神聖国軍とジゼリア王国軍との戦いについて、ヨアヒム将軍から詳細を聞いていた。ラング神聖国軍の侵攻作戦は、単なる力押しだった。
大軍で国境線を破り、途中の町や村を略奪しながら首都まで迫り、立ち塞がった敵兵を薙ぎ倒してジゼリア王の居城を占拠したようだ。
その作戦行動には何の工夫もないように感じられた。デニスは、ラング神聖国軍の指揮官がジゼリア王国を攻めた者と同じだと聞いて、今回の作戦は成功すると直感したのだ。
貴族軍は野営地で二日を過ごした後に、待っていた報せが届いた。ラング神聖国軍がクラベス森林から出てきたというものだ。
デニスは戦いの準備をするように部下たちへ命じた。デニス自身もライノサーヴァントを出し鞍を装着する。早めに準備を終えた部下の中で一番のベテランであるロルフが、デニスに話しかけた。
「今回の戦いが終わったら、隠居ですよ」
デニスが笑った。
「馬鹿を言うな。何のために『抽象化』と『転換』の真名を取らせたと思っている。まだまだ働いてもらうためだぞ」
「ええーっ、おれはもう五〇ですぜ。まだ働かせる気ですか」
「ふん、死ぬまでこき使ってやるから、そう思え」
「はあっ、就職先を間違えたかな」
デニスとロルフが軽口を叩いていると他の者も準備を終わらせた。
その間に、クラベス森林から一万のラング神聖国軍が出てきて隊列を整えようとしている。それを目にしたゲープハルト将軍は、デニスに合図を送った。
デニスはライノサーヴァントに騎乗する。それを見たイザークを始めとする部下たちも騎乗。そして、一斉にいくつかの真名を解放し装甲膜を展開した。
デニスは手に宝剣緋爪を持ち雄叫びを上げた。それが号令となって、ベネショフ骨騎兵団がラング神聖国軍が隊列を組もうとしている場所を目掛けて駆け始めた。
戦場に地面が揺れるような轟音が響き渡った。一五〇ほどのライノサーヴァントが地面を蹴る足音である。ラング神聖国軍の兵士たちはすぐさまベネショフ骨騎兵団に気づいた。
ライノサーヴァントに騎乗するデニスは、ラング神聖国軍に近付くと『爆砕』『分散』の真名を使った爆砕散弾を放ち始めた。本来は一つであるはずの爆裂球が数個に分裂し敵兵たちに襲いかかる。
同時にイザークたちも爆裂散弾を放つ。爆砕散弾や爆裂散弾が命中した敵兵は身体の一部が爆発し命を刈り取られた。
混乱し右往左往するラング神聖国軍兵士たちの間を、ベネショフ骨騎兵団が駆け抜けた。デニスの持つ緋爪が敵兵の首を刈り、イザークたちの長巻が敵兵の身体を斬り裂く。さらにはライノサーヴァントに踏み潰される敵兵もおり、阿鼻叫喚の騒ぎとなった。
その様子を見守っていた貴族軍の将兵は、鬼神集団のような活躍に顔を強張らせた。
その中の一人であるランドルフが、
「凄まじい。聞きしに勝る強さだ」
という声を上げた。
ラング神聖国軍の混乱を確認したゲープハルト将軍が、貴族軍に攻撃命令を出した。




