scene:191 マナテクノの知名度
雅也も参加した会議では、現場から上がってきた武装翔空艇の問題点などを中心に検討が始まった。
「聖谷さん、操縦者の一人から加速性能が今ひとつだという意見が出ました」
雅也は頷いてから答えた。
「増速の操作をしてから、実際に増速するまでにタイムラグがあることは、こちらでも承知しています。現在、タイムラグを小さくする研究は進めておりますので、それを待っていただくほかありません」
「そうですか。武装翔空艇用のフライトシミュレーターはどうなっていますか?」
「改良が進んで、バージョン2のソフトを、近々配布できると思います」
会議が進み、ステルス型攻撃翔空機の話題に移った。
航空自衛隊の幹部が要望を述べ始める。
「ステルス性能をもう少し上げることはできませんか?」
ステルス性能を上げるには、電波が来た方向へ反射しないような形状の機体にする方法、塗装などを電波を反射し難い吸収する物質に換える方法などがある。
ステルス型攻撃翔空機は機体形状についても工夫しているが、電波吸収材料を使った塗装がメインとなっている。空自の幹部は、機体形状をもっとステルス性を考慮したものに変更したいらしい。
「そうすると、航続距離が減りますが、よろしいのですか?」
機体形状において、ステルス性を上げると機動力が落ちる傾向がある。それをカバーするために、動真力エンジンの出力を振り向けることになり、そうなると航続距離に影響するという報告が出ている。
「そこを何とかできんのかね?」
「無理です。日本の領海を含む排他的経済水域の総面積は世界六位。その広大な海域を守るためには、それだけの航続距離が必要だと言われたのは、そちらですよ」
日本の海岸線は、中国やアメリカよりも長い。それを守るには、絶対に長い航続距離が必要だと言われて、苦労したのを、雅也は思い出した。
その苦労を全然理解していないことが分かり、雅也は言った相手を睨んだ。
「一〇年以上の開発期間と一兆円を超える開発費が必要になりますが、よろしいですか?」
会議室に沈黙が広がる。
木崎長官が咳払いをした。
「まあ、聖谷さんも落ち着いて、ステルス性は今まで通りでいいだろう。問題は組み込むジェットエンジンを、小型ビジネスジェット機に搭載されていたジェットエンジンの出力増加型にするという件を検討しよう」
日本で開発されたジェットエンジンの中には、戦闘機用に開発された試作エンジンもあるが、製造原価が高いので、雅也は反対する。
会議が終わった。会議の内容を黙って記録していた小雪は、肩が凝ったような仕草を見せた。雅也がスマホで時間を確かめると、五時半になっている。
「今日は会社には戻らずに、帰っていいよ」
「雅也さんは、予定があるんですか?」
「ないよ」
「だったら、少し付き合ってもらえませんか?」
小雪はこれから大学時代の友人たちと会うという。ただ友人たちは彼氏を連れてくるので、小雪も友人でもいいから連れてこいと言われているらしい。
久しぶりに飲みたい気分なので承諾した。場所は若者の間で人気のある全席個室という店だった。そこは肉料理が旨いらしい。
小雪の友人たちは、大学を卒業してから大企業に入っているらしい。
「大企業か。マナテクノを選んで良かったのか?」
小雪も大企業に内定が決まっていたのだが、それを蹴ってマナテクノに就職していた。
「もちろんよ。大企業の社員になっていたら、今頃雑用をしていたんじゃないかな」
小雪は秘書として働いているが、いきいきと働いている。
人気の店に入ると、小雪の友人たちは先に来ていた。雅也と小雪が現れると、自己紹介が始まる。友人は西野メグミ、石渡美香。メグミの彼氏は九条、美香の彼氏は近藤というらしい。
「俺は聖谷だ」
メグミは、雅也が一回り上の年代だったので驚いているようだ。
「へえー、小雪が年上好みだったとは」
「雅也さんは、会社の上司よ。あなたたちが誰でもいいから連れてきてって、言ったんじゃない」
「冗談だったのに。小雪はお父さんが創った会社に就職したのよね?」
「そうよ」
九条が興味を持った。
「凄いじゃないですか。創業社長の娘さんなんて」
「創業して数年の新しい会社よ。それより九条さんは、メグミと同じ四元不動産の営業で働いているんでしょ。凄いじゃないですか」
雅也はビールを飲みながら、小雪たちの話を聞いていた。近藤は医者だという。
「私は、企画部なんだけど、やっと企画を任せられるようになったばかりなの」
美香は有名な広告会社に勤めている。かなりハードな仕事らしい。
「小雪はどんな仕事をしているの?」
「私は秘書だから、特にこれといった活躍というのはないのよ」
「ふーん、今日は何をしていたの?」
メグミが小雪に尋ねた。
「今日は、雅也さんと一緒に会議に出席していたんだけど、私の役目は議事録を作ることよ」
議事録を作るだけと小雪は言ったが、会議の内容が専門的なことなので、しっかりと理解して議事録を書くには、それだけの知識が必要だった。
「えーっと、会社の名前を忘れちゃった。でもお父さんが創った会社なんだから、少しずつ大きくすればいいのよ」
「ありがとう。会社は順調に発展しているから、大丈夫よ」
雅也はちょっとがっかりした。マナテクノもある程度有名になったと思ったんだが、若い女性の間には浸透していなかったようだ。
「この油淋鶏、最高だな」
雅也が独り言を言っていると、医者の近藤が話しかけてきた。
「聖谷さんは、営業なんですか?」
「いや、どちらかと言うと工場の責任者という感じかな」
小雪が笑った。
「そんな謙虚にならなくても、雅也さんは常務になったばかりなんですよ」
「小さな会社だとしても、その歳で常務は凄いですよ。メグミさんは会社の名前を忘れてしまったようなので、教えてください」
「マナテクノだよ」
広告会社に勤めている美香と九条が飲んでいたアルコールを吹き出した。
「うわっ、美香。汚いじゃない」
「ゴホ、ゴホッ、ごめん。でも、びっくりしたのよ」
このメンバーの中でマナテクノの名前を知らなかったのは、メグミだけだったようだ。
「えっ、マナテクノって、有名な会社なの?」
「メグミ、あんたね。川菱重工のホバーバイクやトンダ自動車が販売するスカイカーのエンジンを製造しているのが、マナテクノなのよ。それに今度は宇宙太陽光発電システムの開発で中心的な役割を担っていると新聞に書いてあったわよ」
「ええーっ、小雪の会社は、そんな凄い会社なのぉ」
メグミはかなり驚いたようだ。
近藤が身を乗り出して尋ねた。
「マナテクノで開発している起重船は、どれほど開発が進んでいるんですか?」
「まだまだですが、来年には小型起重船を建造して、打ち上げ試験を行う予定ですよ」
「マナテクノは、宇宙体験ツアーを始めると聞きました。僕らが宇宙へ行けるのは、何年後になるんでしょう?」
「計画では、三年後に人間を宇宙に送り込むつもりでいる」
楽しい酒を飲んだ翌日。
本社に出社した雅也は、自分の部屋で新しいボーンサーヴァントを誕生させた。『魔源素』『頑強』『結晶化』『抽象化』『共振』の真名の力を注ぎ込んだボーンサーヴァントを誕生させたのだ。
そのボーンサーヴァントに、魔源素結晶の作製と共振迷石を作るための転写作業をやらせてみた。最初は上手くいかなかったが、根気よく教えると二つともできるようになる。
「これで、マナテクネットの販売を増やせる」
次に『骨細工』という真名について調べた。牛骨を買ってきて、その骨を真名の力で何かできないか試してみたのだ。結果、骨を材料にして思い通りのものが製作できると分かった。
しかも、魔源素を骨の成分と融合させることで強度を上げられるようだ。
試しに牛骨で短剣を作り、それに魔源素を融合させてみた。微妙な色合いをした短剣が出来上がる。その短剣は鋼鉄ほどの強度を持ち、切れ味も鋭かった。
「面白い、こんなこともできるのか。もしかして、ボーンサーヴァントやライノサーヴァントも『骨細工』の対象になるんだろうか」
雅也はボーンエッグに『骨細工』の真名の力を注ぎ込むことで、ボーンエッグの中に眠っている設計図のようなものを感じ取れるようになった。そして、その設計図に修正を加えられることも知る。
「もしかすると、ボーンサーヴァントやライノサーヴァントを改造して、全く別のものをボーンエッグから生み出せるかもしれない。ちょっと気合を入れて研究しよう」




