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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第1章 明晰夢編
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scene:18 デニスの帰還

 デニスは王都からベネショフに戻った。エグモントは領主の代理を頼んだ従士カルロスのところに寄ってくるというので、途中で別れている。


 見慣れた屋敷が見えるようになった頃、屋敷から小さな人影が走り出したのに気付いた。


「デニス兄さん、お帰りなさい」

 アメリアが駆け寄って、デニスに抱きついた。寂しかったのだろうか、しばらくデニスを放そうとしない。デニスは優しく頭を撫でる。


 アメリアを抱きかかえるようにして一緒に屋敷に入った。

「ちゃんとお土産を買ってきたぞ」

「本当に……見せて見せて」


 デニスは背負っていた荷物の中から、王都で買った古着を取り出してアメリアに渡した。

「うわーっ、綺麗」

「それを仕立て直して、アメリアの服を作ればいい」


「ありがとう。エルマに見せてくる」

 アメリアは古着を抱えて、メイド頭であるエルマのところへ行った。デニスはダイニングルームの椅子に座って全身の力を抜く。


「後継ぎか、面倒なことになったな」

 デニスはベネショフ領の状況を知らない。どれほど借金があるのか。税収はどれほどなのか。これから調べなければならないだろう。


 とはいえ、すぐに領主になるわけではない。現領主のエグモントは健康で長生きしそうなので、十数年は先の話になるだろう。


 帰る途中の旅路で、デニスとエグモントは話し合った。エグモントはすぐにでも領地経営を学び始めることを勧めた。


 だが、デニスは一年間ほどの猶予を希望した。迷宮や領地について調べようと思ったのだ。負い目のあるエグモントは了解した。


 エルマとアメリアが戻ってきた。

「デニス様、素晴らしい生地ですね。どういう服に仕立てましょうか?」


「兄上が結婚することになった。アメリアも結婚式には出席することになるだろう。その時に着るドレスに仕立ててくれ」


「分かりました。ですが、この二着の古着からなら、もう一着仕立てられます」

「そうだな。普段着を仕立ててもらえるか」

「絹織物で普段着でございますか」

「普段着と言っても、ちょっとしたお出かけの時に着る服だね」

「承知しました」


 アメリアが目をキラキラさせ、古着とデニスの顔を交互に見る。

「どんなドレスになるのかな。楽しみ」


 喜ぶアメリアの顔を見て、デニスは王都まで行った甲斐があったと感じた。この世界、新しい服を仕立てるということは、それほど特別なことなのだ。


 世間の人々は貴族なのに、と思うかもしれない。だが、準男爵のような下位の貴族では、ドレスなどを仕立てることなど数年に一度だ。


「しかし、古着なのに高かったな。衣服が高いのは、すべてを手作業で行っているからか。糸を作る紡績、布を織る織物、仕立てまで多くの人々が関わっているからか」


 布や衣服について興味のなかったデニスが持つ知識は、雅也の世界のものだ。日本における衣服は、溢れるほど大量に存在し、安価なものも数多くある。


 しばらくすると、エグモントが帰ってきた。デニスたちは味気ない夕食を食べ、アメリアから、どんな服を作るかという話を聞いた。


 はしゃいでいたアメリアが、古着を抱きかかえたまま寝てしまった。エルマが抱えて去っていくと、エグモントと二人になった。


 完全に日が沈み、辺りが暗くなる。エグモントがランプに火を灯した。

「ランプの油も節約せねばならん。あの火事さえなければ、こんな苦労をせずにすんだものを」


「愚痴を言っても仕方ないでしょう」

「そう言うが、この九年間の苦労は並大抵のものではなかったのだぞ。それに、将来苦労するのはお前だ」

「借金は、どれほどあるんです?」

「クリュフバルド侯爵に金貨二〇〇〇枚、ヴィクトール準男爵に金貨二〇〇枚だ。利子を返すだけで精一杯な状況だ」


 デニスが予想していたより少なかった。だが、考えてみると、返済するのは大変だ。領地収入の大部分は税金である。その税収が激減しているのだ。


 原因は九年前の大火事の時に、種籾倉庫が焼け落ち大事な小麦の種籾が焼失したことにある。長い年月をかけて風土に合わせて作り上げた種籾だった。


 種籾は他の町から買えたが、以前のような収穫は上げられなかった。当然税収にも影響する。三割以上も税収が減ったのだ。


 エグモントが状況と対策を話してくれた。対策として、農地を増やすことで税収を回復させようとエグモントは決断したらしい。


「上手くいかなかったんだ」

「ああ、少し畑が増えたが、税収はそれほど上がらなかった」


 エグモントは少しと言ったが、一割近く畑は増えていた。

「だったら、畑を増やすのはやめればいい」

「だが、どうやって借金を返す?」


 デニスは雅也の世界には存在するが、この世界にはない様々な産物を思い出した。新しい産物を創り出すことは難しくないだろうと思った。だが、それは考えが浅いと後に思い知る。


「海から穫れる産物を内陸部で売るとかできるんじゃない」

「魚介類のことを言っているのか。内陸部で売るには塩漬けにするしかない。塩が大量に必要になるぞ」


 国王から塩田の認可をもらっている海岸沿いの領地では、塩を安く手に入れ魚介類を塩漬けにして内陸部で売っている。それらの領地と競争して商売をするのは無理だ、とエグモントは考えていた。


 デニスも魚介類の塩漬けに関しては同意見である。ただ異世界の海にも豊富な魚がいる。特にイワシやニシンに似た魚が、ベネショフ領の近海に大量に生息している。


 網さえあれば、大漁間違いなしなのにと思った記憶がある。ちなみにイワシに似た魚は、ベネショフでは下魚と言われ、あまり食べない。


「塩がなくても加工できるものがあるかもしれないよ」

 デニスはそれだけ言うと、話を打ち切って部屋に戻った。デニスに具体的なアイデアがあったわけではない。雅也に調べてもらえば、何かありそうだと直感したのでエグモントに口を滑らせただけだった。


 翌朝、休んでいた体術と剣術の練習を再開した。やはり筋肉が鈍っているようで辛い。その練習後、朝食を摂りに屋敷に戻る。


 アメリアがウキウキした様子で椅子に座り、食事を待っていた。

「おはよう」

「デニス兄さん、おはようございます」


 朝食のライ麦パンは、相変わらずぼそぼそしていて口当たりが悪い。何か作り方が間違っているんじゃないかと、デニスは思う。


 朝食の後、リヤカーを引いて迷宮に向かった。岩山迷宮は少しも変わらない姿で、そこにあった。リヤカーを入り口のところに停めて中に入る。

「さて、久しぶりの迷宮探索だ」


 デニスの武器はいつもの棒である。王都で手に入れた金剛棒は予備として、背中に背負っている。いつもの棒を使っているのは、金剛棒の重さに慣れていないからだ。


 一階層のスライムは無視して二階層へ。毒コウモリは襲ってくる奴だけを返り討ちにした。三階層も同様に通り抜け、四階層に到着。


「よし、ここからが本番だ」

 デニスは魔源素を集めることに集中した。王都へ行く前とは比較にならない速さで魔源素が集まってくる。旅の間は体術や剣術の練習はできず、魔源素の制御に関する訓練を集中的に続けていたからだろう。


 今までの半分くらいの早さで震粒ブレードが完成。デニスは進み始めた。五分ほどで鎧トカゲと遭遇。酷く甲高い声で鎧トカゲが咆哮を上げ襲いかかる。待ち構えるデニスが、上段に構えた震粒ブレードを鎧トカゲの肩から胸に袈裟斬りを放つ。


 確かな手応えを感じて、一歩下がった。その足元に鎧トカゲが倒れる。次の瞬間、塵のように細かく分解し消えた。


「腕は鈍っていないみたいだ」

 デニスは迷宮の奥へと進み、遭遇した鎧トカゲを次々と倒す。鉄鉱床のある小ドーム空間に着いた時には、五匹の鎧トカゲを倒していた。


 小ドーム空間には、一〇匹ほどの鎧トカゲがたむろしていた。

「やばいな。多すぎるだろ」

 デニスは引き返すか戦うかで迷った。それがまずかった。鎧トカゲが気づいて襲ってきたのだ。


 そうなれば戦うしかなかった。鎧トカゲの足は赤目狼ほどではないが速い。いつものように入り口に陣取り、鎧トカゲを迎え討つ。


 最初の一匹を袈裟斬りで倒し、次を横に撫で斬りにする。鋭い爪で引っ掻こうとする鎧トカゲの前足を斬り飛ばし、噛み付こうとする奴の喉に突きを入れる。


 息をつく暇もないとは、このことかと思いながら、敵の攻撃を捌きカウンターの攻撃を放つ。五匹目までは数えていたが、それ以降は反射的に応戦する。


 疲労が溜まり頭が真っ白になりそうになった時、最後の一匹が頭から飛びかかってきた。体当たりは初めての攻撃だ。カウンター攻撃は間に合わず、防御するしかない。


 棒を両手で握り前に突き出して防ぐ。体当りされて初めて鎧トカゲの力が分かった。筋力だけなら、デニスの倍以上はありそうだ。


 弾き飛ばされるデニス。通路の壁に激突し肺から空気が押し出された。ダメージを受けたデニスを、大口を開いた鎧トカゲが襲う。それを横に転がって避け、素早く立ち上がる。

 よろっと足がふらついた。


「はあっ!」

 気合を発して踏ん張り、棒を上段に構えた。さすがに震粒ブレードは解除されている。



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