scene:188 ベネショフ骨騎兵団
デニスは通信モアダを使って、ベネショフ領のエグモントと連絡を取り騎兵部隊を王都へ送るように頼んだ。
その数日後、イザークを隊長とする騎兵部隊が王都へ到着した。騎兵部隊全員を王都の屋敷で寝泊まりさせることはできないので、ヨアヒム将軍に王都の兵舎を借りられるか相談した。
ヨアヒム将軍は軍務卿から騎兵部隊のことを聞いていたようで、兵舎の準備をしてくれていたらしい。
「お手間を掛け、申し訳ありません」
「息子が世話になったのだ。これくらいは当然のこと。それに軍務卿からも話を聞いておったからな」
デニスはもう一度礼を言ってから将軍と別れ、騎兵部隊を兵舎に連れて行った。一五〇名ほどの騎兵たちに、今夜はゆっくり休むように言う。
「イザーク、明日か明後日、軍務卿に鍛錬の成果をお見せすることになる。頼むぞ」
「任せてください。それより、フォルカもこっちに寄越してください。あいつも騎兵部隊の一員なんですから」
「そうだったな。でも、フォルカは嫌がるかもしれないぞ」
「なぜです?」
「屋敷の布団を買い替えたばかりで、新品の布団はいいとか言っていた」
イザークが片眉だけ器用に釣り上げた。
「あいつ、鍛え直してやろうかな」
「フォルカは頑張っているんだ。それくらい大目に見てやれ」
翌日、軍務卿とヨアヒム将軍が一緒に兵舎へ訪ねてきた。
「デニス殿も来ておったのか、話が早い。明日、陛下の前で騎兵部隊の実力を披露することになった。その前に我々に、ライノサーヴァントの騎兵部隊がどのようなものか見せてもらえんか」
「分かりました。訓練場でよろしいですか?」
「ああ、午前中は訓練場に入らないように命じてある。なので、邪魔されずに肩慣らし程度はできるはずだ」
「ご配慮ありがとうございます。では、行きましょう」
デニスはイザークたちに、武器とライノサーヴァントの鞍を持って訓練場へ行くように伝えた。
イザークが確認する。
「戦闘服に着替えずともよろしいのですか?」
「今日は肩慣らしだ。明日の本番だけでいいだろう」
デニスは軍務卿たちと一緒に訓練場に向かった。訓練場には誰一人居らず、ガランとしている。
軍務卿がデニスへ顔を向け、
「さあ、ベネショフ領の騎兵部隊を見せてくれ」
デニスは頷き、イザークに用意するように命じた。
まずイザークがボーンワードを唱えながら、ボーンエッグを空中に投げる。クルクルと回転していたボーンエッグが突然ライノサーヴァントへ変化し、ドガッと着地した。
それを見た軍務卿は、力強く頷いた。その後騎兵たちが次々にライノサーヴァントを出すと、凄い光景となった。
「これだけのライノサーヴァントが揃うと壮観だな」
ヨアヒム将軍が目を剥いて言った。
イザークたちがライノサーヴァントに鞍を装着し始めると、軍務卿が尋ねた。
「彼らの鞍は、二人乗り用になっているようだが、なぜかね?」
「あれは負傷者を運ぶために、二人乗りにしています」
「なるほど、負傷者用か。……まてよ、放出系の真名術を使える者を後ろに乗せれば、攻撃力が倍増する」
「はい、そういう使い方もあると思います。ただベネショフ領には、それだけの兵士がいません」
軍務卿は唸るような声を出しながら考え始めた。
鞍の装着が終わったイザークたちは、長巻の鞘を背中に括り付けて固定した。こうすることで両手が使えるようになる。
他の騎兵も鞍の装着が終わった者からライノサーヴァントに騎乗し、バラバラに足慣らしを始めた。騎兵たちは訓練場の土の硬さを確かめるように、ライノサーヴァントを歩かせる。
「整列!」
イザークが大声で命令した。その声で集まり始めるライノサーヴァント。
ライノサーヴァントを誕生させると、そのマスターとの間に何らかの繋がりができるようだ。マスターが強い意志で命じると、ライノサーヴァントがその通りに動くのだ。
そのおかげで手綱も要らずに、ライノサーヴァントを操れる。騎兵たちが四列に並んだ。その威容は十分に見る価値があった。
その隊列を正面から見ていたヨアヒム将軍は、顔を強張らせている。
「これは凄いですな」
軍務卿が頷いた。
「これに比べると、騎馬隊が貧相に見える」
イザークは隊列を組んだまま訓練場を駆け回らせ、騎兵部隊が鍛えられていることを軍務卿に見せる。
「いいだろう。陛下の御前でもよろしく頼むぞ」
国王の前に出しても大丈夫だと、軍務卿が満足したようだ。
デニスが軍務卿に声をかけた。
「明日は、騎兵が攻撃する姿を、陛下にお見せしたいのですが、標的を持ち込んでもよろしいでしょうか?」
「構わんよ」
軍務卿の承諾を得たので、麦藁で作った人形を一五〇体ほど用意した。
翌日、国王が訓練場に現れた。国王の前には騎兵たちが戦闘服を着て並んでいる。この戦闘服は夏用で、半袖の迷彩服に防刃ベストを組み合わせたものだ。
防刃ベストは鎧トカゲのドロップアイテムである皮を加工したもので、グレーの鱗のような模様が浮かんでいる。しかも、普通の剣なら弾くほどの頑強さを持っていた。
揃った戦闘服を着た騎兵が並んでいると、壮観としか言いようがない。国王の後ろには、軍務卿やバルツァー公爵の姿もあった。その傍にはハイネス王子やクルトもおり、目を輝かせている。
号令が訓練場に響き渡った。次の瞬間、ライノサーヴァントが一斉に出現する。これほどの数の化け物が一瞬で姿を現したのだ。国王の護衛をしている武官は身構え、側近の文官は悲鳴を上げそうになる。
「クルト、凄いな」
「はい、私もそう思います」
国王がクルトの方へ振り返った。
「クルトは、ライノサーヴァントを所有しておらんのか?」
「はい。ボーンサーヴァントは所有しているのでございますが、ライノサーヴァントはまだ早いと思われたようです」
「ほう、武闘祭の少年の部で優勝したそちであっても、早いか。あの騎兵たちはそち以上だということだな」
クルトは肯定した。ベネショフ領で訓練の相手をしてくれた兵士たちだ。その実力は卓越したものである、と知っていた。
騎兵たちが鞍を装着し騎乗した。そして、訓練場を円を描くように駆け回り始める。ライノサーヴァントたちが近くを通りすぎると、地面が揺れているのを国王たちは感じた。
「凄まじい……こんなものが襲いかかってくれば、逃げ出したくなるであろう」
見物人の中には、バルツァー公爵もいて不機嫌な顔をしている。
「ですが、まだ数が少のうございます」
その言葉が聞こえたわけではないが、イザークが次の命令を出した。標的として作った藁人形へ向かって突進し、体当たりを敢行したのだ。
結果、宙を舞う藁人形や太く重そうな足で踏み潰される藁人形を、見物人たちは目撃することになる。目撃した人々は、顔から血の気が引き沈黙する。
だが、それで終わりではなかった。一周してきたライノサーヴァントの上から、騎兵たちが爆裂球を地面に散乱している藁人形に向かって放った。
連続した轟音が響き渡り細切れとなった藁が宙を舞う。指揮官であるイザークの右手が挙がり、何かを叫んだ。次の瞬間、騎兵たちの口から一斉に勇ましい叫び声が上がる。
国王が溜めていた息を一気に吐き出した。
「軍務卿、どう思う?」
「公爵が仰る通り、まだ数は少のうございますが、侮れない戦力だと思われます」
国王がゆっくりと頷く。公爵もそれには異議を挟まなかった。
「この戦力を、どう運用するかが問題だ。軍務卿はデニスと検討を進めてくれ」
「畏まりました」
公爵が騎兵部隊を睨みながら呟いた。
「クッ……我が紅旗領兵団でも、早急にライノサーヴァントを手に入れなければ……」
そう考えたのは、公爵だけではなかった。軍務卿も敵がライノサーヴァントを手に入れた場合を考え、王国の軍もライノサーヴァントの騎兵部隊を編成しなければ、と検討を始めた。
国王はデニスに目を向けた。
「よく訓練された見事な騎兵部隊である。称賛の言葉とともに騎兵部隊に名前を贈ろう。この後『ベネショフ骨騎兵団』と名乗ることを許そう」
国王から名前をもらうことは、大変名誉なことだ。デニスは国王に礼を言い、騎兵部隊に『ベネショフ骨騎兵団』という名前をもらったと伝えた。
その瞬間、一斉に「英明なる国王陛下に栄光を」という声が上がった。




