scene:187 ボーンサーヴァントの秘密
キングスケルトンの頭蓋骨が割れた瞬間、デニスの頭に二つの真名が飛び込んだ。『召喚(スケルトン)』と『骨細工』の真名だ。
『召喚(スケルトン)』の真名は予期していたので驚かなかったが、『骨細工』は非常に驚いた。
そして、キングスケルトンが消えた後に、ボーンエッグが落ちるのを見て喜んだ。キングスケルトンのボーンサーヴァントは貴重だからだ。
「デニス様、お怪我はないですか?」
フォルカが心配顔でデニスに尋ねた。
「大丈夫だ」
「目的の真名は手に入りました?」
「ああ、手に入った。二人が手伝ってくれたおかげだ。さあ、戻ろうか」
デニスたちは、地上へ向かった。
迷宮を脱出した時、空には月が輝いていた。
「疲れましたね」
ミヒャエルの言葉に、デニスとフォルカが頷いた。
「今夜は、ここで野営して、明日帰ろう」
デニスは無理をしたくなかったので、そう提案した。フォルカとミヒャエルは野営の準備を始める。周りを見ると、デニスたちの他にも数組の探索者たちが野営していた。
デニスたちは焚き火を用意して、それを囲んで食事を済ませた。その後、雑談を始める。
「デニス様、ラング神聖国は攻めてくるでしょうか?」
「その恐れが高いと、陛下も言われておられた。我々は最大限の戦力を用意して、敵が侵攻した時に反撃するだけだ」
「最大限の戦力ですか。ベネショフ領を考えると、寂しいものですね」
デニスは苦笑した。来年には子爵となるブリオネス家は、本来なら五〇〇の常備兵を揃えなければならない。しかし、国王の命令により一五〇の騎兵と二〇〇の常備兵で良いとなった。
合計で三五〇の戦力である。国同士の戦いにおいては、取るに足りない戦力だ。国王は何かを期待しているようだが、今のところスピードを活かした奇襲くらいしか、デニスにはアイデアがなかった。
「そう言うなよ。確かに騎兵一五〇と歩兵二〇〇を揃えるのが精一杯だけど、それなりに精鋭部隊に鍛えたつもりなんだぞ」
フォルカが笑った。
「確かに厳しい訓練でしたからね。でも、他の領地の兵士も訓練しているでしょう」
「そうだろうけど、ベネショフ領ほど迷宮を利用した訓練をしているところはないと思うぞ」
実際にベネショフ領の兵士は精鋭と言っていいほど鍛えられていた。もちろん、新兵を除いての話だ。
翌朝、王都の屋敷に戻ったデニスは、白鳥城に居る軍務卿と連絡を取った。約束したライノサーヴァントを渡すためである。
午後に登城するように、という返事があったので、ボーンエッグを持って白鳥城に向かった。
入り口で王家の使用人が出迎えてくれて、応接室に案内してくれた。そこには国王とコンラート軍務卿、それにバルツァー公爵が待っていた。
デニスは国王たちに挨拶をした。
「デニスよ。我らのためにボーンエッグを手に入れてくれたそうだな」
国王の言葉に頭を下げて、肯定した。
バルツァー公爵が不機嫌な顔で口を挟んだ。
「儂は、ベネショフ領の秘密を解き明かしたぞ」
秘密と言われて、ドキッとするデニス。どの秘密だろうと考えるが、見当もつかない。
「秘密? 何のことでございますか?」
「頑丈で力の強いボーンサーヴァントを誕生させる秘密のことだ。答えは簡単であった。『魔勁素』以外の真名の力を注ぐことで、そのようなボーンサーヴァントを手に入れていたのであろう」
そのことか、とデニスはホッとした。その件については、いずれ誰かが気づくだろうと思っていたのだ。
「ご明察の通りです。さすがは公爵様」
「ふん、そんなことをもったいぶりおって」
デニスが悔しそうな顔を見せないので、公爵はムッとしたようだ。さらにデニスをなじろうとするのを、国王が制した。
国王はデニスに視線を向ける。
「ところで、ミモス迷宮へ潜っておったそうだが、何階層まで行ったのだ?」
「一二階層でございます」
「キングスケルトンが居る階層だな。目的は何だったのだ?」
デニスは嘘を吐いてもバレると判断したので、正直に打ち明けた。
「キングスケルトンから得られる『召喚(スケルトン)』の真名でございます」
国王が頷いた。
「ふむ。ボーンサーヴァントを使役するだけでは満足せず、スケルトンも使役しようと考えたか。若者はいつも貪欲なものだな。それで手に入れられたのか?」
「はい。部下たちの協力もあり、手に入れました」
バルツァー公爵が口をへの字に曲げて不機嫌になった。一方、国王は嬉しそうに笑う。
それまで黙って見守っていた軍務卿が、ボーンエッグを催促した。
「これでございます」
デニスはポーチから、骨鬼牛のボーンエッグを二つ取り出した。
軍務卿が国王に目を向けた。
「まずは、私が試してみよう」
デニスはやり方を説明し、ライノサーヴァントにどんな真名の力を注ぐか相談した。軍務卿が『魔勁素』、デニスが『頑強』『怪力』『発光』の真名の力を注ぐことになった。
訓練場に移動したデニスたちは、まず軍務卿のライノサーヴァントを誕生させた。重量感のあるライノサーヴァントが誕生すると、軍務卿が満面の笑みを浮かべる。
「なるほど、専用の鞍を用意する必要があるな」
「次は、余の番である」
国王用のライノサーヴァントを誕生させると、国王は何度かボーンエッグからライノサーヴァントへと変化させ、不思議な現象を確かめた。
国王の様子を見たデニスは、国王用のボーンエッグを用意して良かったと思う。あまり使う機会はないと思うのだが、かなり喜んでいる。
応接室に戻った国王たちとデニスは、いくつか情報交換を行った。一つは第七警備隊が荊棘草原で行っている監視塔建設の状況である。
「建設は順調に進んでおり、一〇日後には一つ目の監視塔が完成する予定でございます」
軍務卿が報告した。ゲラルトが上手くやっていると分かり、デニスは安心した。
「クラベス森林のこちら側は、準備が進んでおるのか?」
「計画通り、東部にあるフレンツェン領から、国境門とクラベス森林の外縁部を通って、クム領へ続く道を改修しております」
元々細い道があったのだが、道幅を広げ軍が移動しやすい道に改修しているのだ。最初、軍務卿は道幅を広げることを反対した。
ラング神聖国軍がクラベス森林を通過してゼルマン王国へ侵攻した場合、改修した道を使って国境門やフレンツェン領、クム領へ攻め込む恐れがあるからだ。
だが、デニスが提案した作戦を聞いて考えを変え、道の改修に賛成した。この道を通って攻め込んでくるなら、それを叩けばいいという作戦を練り始めたのである。
この道は東部地域を開拓することにも使えるので、無駄な投資になることはない。
「こんな大掛かりな作戦が実行できるのも、ベネショフ領のおかげだ」
軍務卿がデニスを褒めるようなことを言った。
道の改修という事業は、バイサル王国との貿易で得られた利益が使われている。およそ半年前から始まったバイサル王国との貿易は、順調に商品の取扱量が増え、莫大な利益をゼルマン王国へもたらすようになっていた。
バルツァー公爵が相変わらず不機嫌な顔を軍務卿に向けた。
「クラベス森林にも、監視塔などを建設して見張るべきではないのか?」
「それが、木々が邪魔になって見通しが悪く、監視も難しいらしいのです」
「偵察は出したが、ラング神聖国の偵察が少ないと言っておったな。何人ほど出している?」
「三〇人ほどです」
公爵が顔をしかめた。
「少なすぎる。クラベス森林の広さなら、倍は必要であろう」
「いえ、偵察員はベネショフ領で製作された通信モアダを持たせているので、少ない人数でも効率的に偵察が可能なのです」
「またベネショフ領か。そんなものが偵察員の代わりになると言うのか?」
「一度使い始めたら、手放せなくなりますぞ」
公爵が悔しそうな顔をする。
軍務卿がデニスに視線を向け頼んだ。
「デニス殿、騎兵の数が揃ったのなら、王都へ呼んでもらえんか」
「まだ、早いのではないですか」
「ライノサーヴァント騎兵部隊の実力を把握しておきたい」
「なるほど、分かりました。呼び寄せます」




