scene:185 荊棘草原のボーンサーヴァント
ベネショフ領からメルティナ号に乗ってロウダル領へ来たデニスは、二〇人ほどの兵士と一緒に王都へ向かった。王都に到着し屋敷で休憩した後、兄がいるグラッツェル家に行く。
運良く兄のゲラルトと会えた。非番の日だったようだ。
「久しぶりです」
「ああ、デニスは活躍しているようだな。ベネショフ領の噂話を聞かない日はないぞ」
「忙しくなるばかりだよ。兄さんも忙しいんじゃない?」
「まあな。軍上層部がラング神聖国の動きを警戒しているようで、国境線に兵力を移動させるようだ」
「兄さんも国境線へ?」
「行くことになりそうだ。だが、行き先が荊棘草原というんで、部下たちは困惑している」
ゲラルトは王都警備軍の第七警備隊の指揮官を務めている。本人は近衛部隊に行きたかったのだが、軍務官僚は、ゲラルトに指揮官の才能があると評価したらしい。
ちなみに、なぜ王都警備軍が国境に派兵されるかというと、単純に兵力不足だからである。
デニスがニヤリと笑った。その顔を見たゲラルトが眉をひそめる。
「何か知っているのか?」
「少しだけベネショフ領に関係しているんですよ」
「詳しい話はできるのか?」
「極秘事項なので、無理です。たぶん近々詳しい話があると思う」
「仕方ないか」
その翌日、デニスは会議に出席するために白鳥城へ向かった。登城したデニスは大会議室に案内される。デニスが末席に座って待っていると、将軍や軍務官僚、高位貴族が入ってきて席に座った。
下位貴族で参加しているのはデニスだけのようだ。
最後に国王が席に着くと会議が始まる。会議はコンラート軍務卿が主導する形で進められた。
「御前総会の後に開かれた会議において、ラング神聖国とジゼリア王国の戦いが終わった後に、ラング神聖国が我が国に侵攻するのではないか、という意見が出されました」
出席者の大部分は頷いている。バルツァー公爵が軍務卿へ視線を向けた。
「ジゼリア王国との戦が終わった。ラング神聖国の動向はどうなっておるのかな?」
「敗戦国から奪った食糧などを国境沿いに集積していることが、判明しております」
「兵の移動はどうなのだ?」
「国境門の向こう側に二〇〇〇の兵士が増強されました。それに対応して、こちら側も三〇〇〇の兵力を増強することが決定しております」
元々駐留していた兵力と合わせると五〇〇〇である。国境門を正面突破するには、一万五〇〇〇以上の兵力を用意する必要があるだろう。
国境門には、頑丈な防壁がある。一旦門が閉められれば、突破するのに苦労するだろう。
「そうすると、正面突破するとは思えんな。クラベス森林はどうだ?」
軍務卿が渋い顔をする。
「我々の偵察員をクラベス森林へ放っています。ラング神聖国の偵察と遭遇しました」
「ラング神聖国は、クラベス森林を侵攻ルートに選んだということか」
「そうとも言い切れません。ラング神聖国の偵察が、思ったほど多くないのです」
「偵察員が敵を探し出せなかっただけなのではないか」
部下をけなされたと感じた軍務卿は、抗議しようとした。それを察知した国王が口を挟んだ。
「軍務卿は念入りに偵察を出しておる。この情報は信用して良いと思うぞ」
「分かりました」
ラング神聖国の国境に近いクム領のテオバルト侯爵が、荊棘草原について質問した。
「荊棘草原は、偵察が困難になっております。ラング神聖国軍が荊棘草原へ向かう道を閉鎖したのです」
高位貴族たちが暗い顔になった。テオバルト侯爵が、
「ラング神聖国軍が、荊棘草原を通って我が国に侵攻するかもしれないということでございますか?」
国王が首を振った。
「まだ分からぬ。これから確かめるところである」
「しかし、ラング神聖国側から荊棘草原へは行けないということでございましたが?」
国王が軍務卿へ視線を向けた。
「軍では、我が国の側から荊棘草原へ入り、調査することを考えております」
「その方法は?」
軍務卿がデニスの方へ顔を向けた。
「ブリオネス男爵家から提案のあった方法を、取ろうと考えております」
バルツァー公爵が、『でしゃばりおって』とばかりにデニスを睨んだ。
「具体的な方法を教えてもらいたい」
国王がデニスに視線を向けた。
「例のものを用意してきたのだろう。見せてくれるか」
デニスは頭を下げてから、持ってきたカバンから丸い物体を取り出して、テーブルの上に並べた。それを見たバルツァー公爵が顔を歪めた。
「それはボーンエッグか?」
デニスはボーンサーヴァントを使って荊棘草原に侵入する方法を説明し、その方法が会議で承認された。
会議が終わった翌日、城の訓練場にゲラルトが率いる第七警備隊が集められた。
「デニス、説明してくれ」
ゲラルトは軍務卿から説明を受けていないようだ。兄弟なので、デニスから説明させた方が良いとでも考えたのだろう。
「第七警備隊には、ボーンサーヴァントを使いこなしてもらうことになっています」
デニスたちが用意したボーンエッグは、第七警備隊の人数とほぼ同じ一〇四個である。まずは、ゲラルトにボーンサーヴァントを与えることにした。
これは国王に依頼されたことである。第七警備隊が選ばれたのは、隊長がゲラルトだからだろう。
「兄さんには、これを」
デニスはアーマードスケルトンから手に入れたボーンエッグを渡した。
「どうすればいいのだ?」
「『魔勁素』の真名を解放し、その力をボーンエッグに注ぎ込みます。まずは、僕の指をボーンエッグだと思って練習してみましょう」
ゲラルトが真名の力を扱えるようになると、デニスも手伝ってボーンサーヴァントを誕生させた。ゲラルトが使ったのは『魔勁素』の真名だけだが、デニスは『怪力』『頑強』『爆砕』『分散』の真名の力を注ぎ込んだ。
特別なボーンサーヴァントが誕生した。このボーンサーヴァントは『爆砕』『分散』の真名を使った爆砕散弾を使えるようになるはずだ。
ボーンサーヴァントが使う爆砕散弾には、一回使うと半日ほど使えないというクールタイムが存在するが、いざという時の強力な戦力になる。但し、特別なのはゲラルトのボーンサーヴァントだけで、他の隊員のものはデニスの部下が『剛力』『頑強』の真名の力を注ぎ込んだものだ。
一〇四体のボーンサーヴァントが誕生し、第七警備隊はその使い方を学んだ。ボーンサーヴァントたちの武器は短槍。これは軍務卿が用意させたものである。
十分にボーンサーヴァントを使いこなせるようになると、荊棘草原に出発した。多くの土木作業員と一緒だった。彼らは荊棘草原に木道と監視塔を建設するために行くのだ。
「我々の任務は、荊棘草原の中間地点まで移動できる木道を建設し、そこに監視塔を建設することだ。これにより荊棘草原を縦断しようとするラング神聖国軍を早期に発見し、その企てを潰す」
荊棘草原の入り口に到着したゲラルトは、部下たちに任務内容をもう一度伝えて重要性を教え込んだ。
第七警備隊が荊棘をボーンサーヴァントに処理させて、荊棘草原に一本の道を造り始めた。その道に沿って土木作業員たちが、人の背丈よりも少し高い木道を造る。
わざわざ木道を造っているのは、荊棘の成長が早いからだ。ただ荊棘を引き抜いて道を造っただけでは、また荊棘が伸びて元の状態に戻ってしまう。そこで木道を造って、いつでも荊棘草原の奥へと行けるようにしているのだ。
荊棘は地面を這い回るだけで、木に巻き付いて上へ伸びるような習性はない。これだけの高さがある木道があれば、長期間使えるのである。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ゲラルトが荊棘草原に到着した頃、デニスは従士のフォルカ、ゲレオンの息子ミヒャエルと一緒にミモス迷宮へ来ていた。
「デニス様、今回の迷宮探索の目的は何ですか?」
フォルカが尋ねた。
「一二階層のキングスケルトンだ」
「アンデッドなんですか。ちょっと苦手なんです」
「あんな化け物が得意だという者なんていない。それよりデニス様が潜るのだ。重要な任務のようだから、気を引き締めて行くぞ」
ミヒャエルが弱音を吐くと、フォルカが気合を入れた。
今回は国王に頼まれたなどという公式なものではない。
珍しく雅也から依頼されたものだった。雅也がキングスケルトンの真名『召喚(スケルトン)』を手に入れて欲しいと頼んだのだ。
「雅也は、スケルトンで何をしようとしているのかな?」
デニスが呟いた。その言葉が聞き取れなかった二人が顔を向けた。
「何と言われました?」
「何でもない。行こう」
デニスたちは迷宮に潜った。一階層から一〇階層まで駆け下り、一〇階層の荒野エリアで野営することになった。交代で眠りながら、身体を休める。
十分ではないが、身体の疲れは取れた。次の階層は廃墟エリアである。
「さて、この階層からミヒャエルが待ち望んでいたアンデッドが出る。黄煌剣をいつでも抜けるようにしておけ」
デニスが二人に注意した。顔をしかめたミヒャエルは、デニスの冗談が気に入らなかったようだ。
この階層はスケルトン・骨鬼牛・死神ワイトがうろついている。死神ワイトは黄煌剣でないと倒し難い相手である。普通の剣ではダメージを与えられないのだ。
ミヒャエルたちは手に蒼鋼製長巻を持ち、背中に黄煌剣を括り付けている。
最初に遭遇したのは、骨鬼牛だった。骨で作られた牛型のアンデッドである。突進してくる骨鬼牛を横ステップで躱しながら、宝剣緋爪を魔物の頭に振り下ろした。
緋鋼製の刃は、硬そうな頭蓋骨を鮮やかに斬り裂いた。心臓が二度ほど拍子を打つ間だけ突進を続けた骨鬼牛が倒れた。その巨体が消えると同時に、白い卵が地面に落ちる。
「幸先がいい。骨鬼牛のボーンエッグです」
ミヒャエルが拾い上げ、デニスに渡した。
「軍務卿が欲しいと言っておられた。これを差し上げようかな」
フォルカが同意するように頷いた。
「そう言えば、陛下にも差し上げていないのですよね。軍務卿だけに差し上げていいのですか?」
「陛下へだって……大勢の使用人が側にいて、素晴らしい馬をお持ちなんだぞ。必要ないだろう」
「でも、こういう贈り物は、必要がなくても喜ばれるんじゃないですか?」
「そういうものか……それじゃあ、陛下の分も用意するぞ」




