scene:184 迎撃ミサイル
少し時間を遡る。
小児科から離れた雅也は、トイレで変装用のカツラと髭・サングラスを取り上着だけ着替えた。そして、スケルトンを召喚する真名を持つ樋口美紀へ電話した。
病院の食堂で会うことになり、雅也は最上階へ向かった。
美紀は病院の事務方で働いているらしい。メガネをかけた知的美人である。入院していた頃の美紀とは印象が変わっていた。
「お待たせしました」
「いえ、俺も来たばかりです」
少し雑談してから、雅也は用件を切り出した。知りたかったのは、スケルトンを召喚する真名をどんな魔物から手に入れたのかである。
「あれはミモス迷宮の一二階層で遭遇したキングスケルトンです。仲間と一緒に倒したのですが、最後にトドメを刺したのが、私だったのです」
「ミモス迷宮ですか。あそこは何階層まで探索が進んでいるんですか?」
「一八階層です」
「それほど進んでいるわけではないんだな」
「一八階層は広大な森林エリアなんですが、下への階段が見つかっていないそうなんです」
「何らかのヒントがある、と思うけどな」
雅也はキングスケルトンの情報を聞いて、美紀と別れた。
マナテクノに戻った雅也は、真島主任の研究室で事故があったことを知った。真島主任の研究チームは、源勁結晶について研究している。
その研究室で爆発が起きたらしい。幸いにも死傷者が出なかったので、警察が介入するような大きな問題にはならなかったようだ。雅也は研究室へ向かった。
研究室の中央には鋼鉄で作られた実験装置が置かれていたはずだが、残骸と化していた。
壁に張り紙があり、研究室が隣に移動したことが書かれている。雅也は隣の部屋に向かう。そこには真島主任を始めとする研究員が打ち合わせをしていた。
「どういうことなんだ?」
真島主任が申し訳なさそうな顔をする。
「すみません。源勁結晶の解放エネルギーについての試算が誤っていたようです」
説明によると、源勁結晶の体積が増えると解放されるエネルギーは指数関数的に増えるらしい。
「直径三ミリの源勁結晶で実験した時は、何とか実験装置を壊さずに制御できたのですが、直径五ミリの源勁結晶のエネルギーを解放したら、実験装置自体が壊れてしまいました」
「そうか。とにかく怪我人が出なかったことだけが、幸運だった」
真島主任が鼻を膨らませて興奮している。
「いえいえ、これは大発見ですよ。原子力の発見に匹敵するかもしれませんよ」
雅也は大げさだと思った。だが、詳しい話を聞くと大げさでないことが判明した。直径五センチの源勁結晶に含まれるエネルギーを衝撃波として解放した場合、直径二キロの範囲を破壊できるらしいと分かったのだ。
現在、雅也には直径五センチの魔源素結晶を作る能力はない。作るには時間がかかりすぎるので集中力が続かないのだ。本気で作ろうとするなら、何らかの装置が必要になるだろう。
ちなみに、直径八ミリの源勁結晶だと直径三〇メートルほどの範囲を破壊する衝撃波が発生するという。
「魔源素結晶の販売はやめた方がいいな」
「そうですね。源勁結晶のことを他国が発見したら、必ず兵器として開発されます」
魔源素結晶は製作できないが、魔勁素結晶を製作できるという国が増えている。魔源素結晶の需要も伸びていないので、販売中止にしても影響は大きくないだろう。
雅也は神原社長が宇宙太陽光発電システムの防御システムが必要だと言っていたことを思い出した。源勁結晶を使った迎撃ミサイルを開発できそうだな。
「はあ、迎撃ミサイルですか。でも、我々には固形燃料を扱う技術はありませんよ」
「うちには動真力エンジンがあるだろう。推進力として十分なはず」
「しかし、ミサイルのスピードはマッハを超えるのが普通です。動真力エンジンでは、そこまでスピードが出ませんよ」
「宇宙太陽光発電システムの迎撃用だから問題ないだろう。必ず標的が近付いてくるのだから」
「宇宙条約はどうするんです。政府の承諾は取れるんですか?」
宇宙条約というのは、日本も批准している国際条約の一つで、核兵器など大量破壊兵器を運ぶミサイル衛星等を地球を回る軌道に乗せたり、宇宙空間に配備してはならない、という条文がある。
「それがあったな。スペースデブリ駆除装置ということにするか」
「でも、形がミサイルだとすぐにバレますよ」
「ミサイルらしくない形にすればいい」
真島主任が顔をしかめた。
「聖谷取締役は、偶に適当なことを言いますね」
「宇宙空間だ。空気抵抗を考えなくてもいいのだから、形は関係ないのではないか」
「しかし、起重船にミサイルが向けられたら、どうします。起重船は大気中も飛びますよ」
「変形でもさせるかな」
「冗談はやめてください。合体も変形も無理です」
「心配ない。もう起重船を狙うような敵はいないと思う」
「なぜです?」
「途中で爆発しなくても、あのミサイルが起重船に命中するとは思えない。そして、あの国以外で、あんな攻撃を仕掛ける国は存在しないと思う」
真島主任のチームには、二つの課題を出した。衝撃波の正体を解明することとスペースデブリ駆除装置である。駆除装置と言っても、実際は迎撃ミサイルなのだが、本当にスペースデブリの駆除にも使えるように頼んだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その頃、デニスが暮らすゼルマン王国は、夏を迎えていた。
王都の白鳥城では、王家の次男であるハイネス王子とヨアヒム将軍の息子クルトが、模擬剣で地稽古を行っていた。
場所は城の訓練場である。大量の汗をかきながら、模擬剣を打ち合う王子とクルト。その二人を見つめているのは、ヨアヒム将軍だ。
将軍の目から見て、クルトが手加減しているのは明らかだった。ハイネス王子は息を切らし動きが鈍くなっている。
「そこまで! 殿下、段々と動きが良くなっておりますぞ」
「でも、クルトには一撃も入れられなかった」
「それは仕方ございません。クルトはベネショフ領で鍛え、魔物相手に実戦を積んでいるのですぞ」
「私もベネショフ領へ行ってみたいな」
クルトが嬉しそうな顔をする。
「殿下も一度行くことを、お勧めします。良いところですよ」
「ふーん。だけど、ベネショフ領は西の端っこなんでしょ」
「そうですが、ラジオ放送をしているのもベネショフ領ですよ」
「そうだった。あれは凄く面白い。妹たちも夢中なんだ」
ハイネス王子には二人の妹がいる。テレーザ王女と五歳のオフェリア王女である。
その二人は全国の各地方に残っている昔話を集めて、放送される番組が好きで夢中になっている。ハイネス王子は音楽の番組が好きだった。
「殿下に飲み物を」
ヨアヒム将軍が指示を出した。メイドの一人が果実を絞ったジュースを持ってきた。陶器カップに入ったジュースはよく冷えていた。
ハイネス王子がジュースを美味そうに飲み干した。
「冷たくて美味しいジュースを飲めるのも、ベネショフ領のおかげだな」
「はい、ラジオ放送で『冷蔵庫』というものがあると聞いた時は、嘘だろうと思いましたが、本当のことでございました」
ここで冷蔵庫と呼ばれているものは、雅也の世界の冷蔵庫とは別物だ。雅也の世界では、非電化冷蔵庫と言われているもので、文字通り電気を必要としない冷蔵庫である。
ベネショフ領では、『冷凍』の真名を使ってボーンサーヴァントを誕生させることが流行った。夏の暑い日には、『冷凍』の能力を持つボーンサーヴァントは重宝するからである。
ところが、ボーンサーヴァントを持てるのは領民の中でも一部だけなので、その他の領民から羨む声が上がった。そこでデニスが広めたのが、非電化冷蔵庫。
水を溜められるタンクの中に防水されたドア付きの貯蔵箱を埋め込んだもので、放射冷却の原理を使って水を冷却し、その冷却された水で貯蔵箱を冷やすというものだ。
晴れた日の夜に放射冷却が起きるので、一定割合で晴れの日があれば夏でも温度を七、八度に保てるようだ。ベネショフ領で広まった冷蔵庫は、ラジオ放送が切っ掛けで王都でも欲しいという声が上がり、試しに王都で販売すると大流行したのである。
「ところで、将軍。ラング神聖国とジゼリア王国の戦いは終わったらしいが、ジゼリア王国はどうなったのだ?」
「悲惨な状態のようです。すべての財貨と穀物をラング神聖国に奪われ、若い者たちは奴隷にされたと聞きました」
ハイネス王子が奴隷という言葉に衝撃を受けたようだ。
「ラング神聖国は、神に仕える聖職者が支配する国なのに」
「聖職者が腐敗しているということでしょう」
「ラング神聖国の兵士が、我が国との国境付近に集まり始めると聞いている。あの国は戦争を仕掛けるつもりでいるのだろうか?」
「そのようです。陛下は国境付近以外に領地がある貴族を王都に集め、話し合いを行うようです」
「へえー、ベネショフ領からデニスも来るのかな?」
「ええ、ベネショフ領の代表として、デニス殿が来られるそうです」




