scene:182 残念なミサイル
発射直後、ミサイルは津軽海峡の上空を通過する軌道に沿って飛翔していた。ところが途中から軌道が変わる。向きが南へと変わり、太平洋を南下し始めたのだ。
日本のミサイル防衛システムは、ミサイルが津軽海峡を目指していると判明した時点で、迎撃を中止したらしい。但し、中止決定後にミサイルの軌道が変わったことで大騒ぎとなった。
今回発射されたミサイルは、特殊な軌道を飛べるように大幅な改造が行われた特別なミサイルだと分かったが、撃ち落とすことは不可能だと判断される。
雅也と神原社長は、送られてくるミサイルの情報を聞きながら苦い顔をした。
「自衛隊のミスになるのかな」
雅也が言うと、神原社長が首を振った。
「あの国にこんな技術があるとは、考えられなかったのだ。それに日本列島に着弾することはない」
軌道変更は終わったようで、ミサイルは列島を越えた後もそのまま南下している。
宇宙に向かって飛翔する実験機に搭載されているカメラの一つが、斜め後方の映像を撮影していた。この映像はネット配信されているもので、偶然にも実験機に向かって飛翔してくるミサイルの方角を向いている。
雅也は実験機から送られてくる映像を見てから、ちょっとがっかりした様子を見せた。
「カメラには写っていないようですね」
「実験機に命中すると考えているのか?」
神原社長はミサイルは単なる脅しであり、実際の脅威ではないと考えているようだ。
「我社の実験機に命中させるほどの性能があるミサイルを、あの国が開発できるとは考えていませんよ。でも、どんなミサイルか見てみたかったんです」
そんなことを言った時、地上と青い空を映していたカメラの映像に異変があった。何かが爆発したのだ。
「……例のミサイルか?」
「そう……みたいですね。どうやら向こうのミサイル実験は失敗したようです」
神原社長が心底迷惑そうに言った。
「あれだけ大々的に声明を出して、ミサイルまで本当に発射したのに、結果がこれか……世界の笑い者ではないか」
「でも、本当に発射されたと聞いた時は、ヒヤッとしましたよ」
雅也は安心したように笑顔を見せた。一方、神原社長は厳しい顔のままだ。
「考えたのだが、我々が計画しておる宇宙太陽光発電システムに、防御能力が必要なのだろうか?」
神原社長の言葉を聞いた雅也は、源勁結晶が衝撃波や強烈な磁場を発生させるという発見を思い出した。あれを防御兵器に利用できるのではないかと考えたのだ。
そんなことを考えている間に、実験機が目標高度の宇宙空間に到達した。宇宙空間で三時間ほど実験を行った後に、帰還することになっている。
宇宙空間でのテストを終えた実験機は、地上に帰還した。
今回の実験で、エンジンには大きな問題がないと分かった。但し、積み込んだ実験装置のいくつかで不具合があり、テストができなかった項目もある。
それらの中には、星菱電気の光学機器による実験も含まれている。実験を行った光学機器に不具合がいくつか発見されたのだ。不具合がないのが理想だが、見つかったのであれば修正改良すれば良いだけの話である。
このことで、マナテクノは星菱電気と防衛省から感謝された。
実験機によるテストで、動真力エンジンで宇宙まで飛べることが立証された。次は小型起重船の開発である。本格的な宇宙太陽光発電システムを建造する前に、実験ステーションを建造することになる。そのために小型起重船が必要なのだ。
地上波テレビや大手新聞は、実験機の打ち上げに関してあまり関心を示さなかった。マナテクノがエンジンテストにすぎないと発表していたからでもあるが、日本のマスコミには、自国が良いことや素晴らしいことをした時に謙虚になる習性があるようだ。
だが、北のミサイル発射実験が行われたことで大きな騒ぎとなった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
そんな状況の時、経済産業省の倉崎大臣と防衛装備庁の木崎長官が議員会館で話をしていた。
「長官、諸外国の中で宇宙太陽光発電計画に反対する者がいる。なぜだと思う?」
「計画が成功すれば、日本が次の時代の強国になる。それが気に入らない国があるということではないですか」
「どうなんだろう? 宇宙太陽光発電システムは比較的エコな発電システムだが、それほど安価なものじゃない。このシステムの開発に成功したとしても、エネルギー分野の覇権を握れるというものではないだろう」
宇宙太陽光発電システムの開発には、莫大な資金が必要である。それこそ原子力発電ユニット数基分を建設するのに必要なほどだ。
「最初の一基目はそうでしょうが、量産するようになれば、飛躍的に安くなると思います」
「量産できるほど、需要があるだろうか?」
「二酸化炭素の排出に厳しいヨーロッパは、確実に導入します」
「ふむ、そうなれば、メンテナンス用にマナテクノが開発している宇宙船が売れるだろう。日本は宇宙産業分野で覇権を握れる。総理に説明して、マナテクノを後押しするように進言するべきだな」
「そこで一つ提言があるのですが」
「何かね?」
「マナテクノや日本宇宙太陽光発電機構が開発した技術が、他国に漏れることは絶対に防がなければなりません」
倉崎大臣が頷いた。
「もっともなことだ。それで?」
「マナテクノが開発した『マナテクネット』というネットワークシステムがあるのですが、日本宇宙太陽光発電機構に関連する研究所などに導入したいのです。その予算をお願いできませんか」
「そのネットワークシステムは、安全なのかね?」
「特殊な通信システムを使用していますので、世界最高のセキュリティレベルだと考えています」
「分かった。それも総理に進言しよう……しかし、マナテクノという会社は凄いものだな」
木崎長官が同意した。
「優秀な人材を大勢抱えた素晴らしい会社です。中でも聖谷取締役がしっかりしている」
「聖谷というと、真名能力者だったね」
「そうです。彼は強面の自衛官と意見を戦わせても、自分を曲げない強さを持っています。将来、大物になりますよ」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
木崎長官に強いと言われた雅也は、現在困っていた。
「聖谷さん、お願いします」
雅也の目の前で、新星芸能事務所の瀬戸田社長が頭を下げていた。この社長は長年芸能界を渡り歩いた妖怪のようなおばさんである。
そのお願いというのが音楽祭みたいな舞台に出演してくれという話ならば、即座に断っているのだが、今回は雅也の芸名であるShizukuのファンだという少女が、怪我をして入院しているので見舞って欲しいというものだった。
「社長が頭を下げるということは、そのヒダルという少女に、何か特別な事情があるの?」
「いや、ヒダルじゃなくて、ヒカルよ。誰が妖怪を見舞ってくれと頼むもんですか」
一文字だけ違ったようだ。そのヒカルという少女は、瀬戸田社長の恩人に当たる人の孫だという。孫が怪我をしたので、Shizukuに来て励まして欲しいと、恩人から頼まれたらしい。
ヒカルは世界的に期待されているフィギュアスケートの選手だという。その方面に全然興味のない雅也は、名前すら知らなかった。
「病院に行って、励ましてくれるだけでいいのよ」
「しかし、社長の会社には、俺より有名な芸能人がいるじゃない」
「ヒカルが一番会いたいと思っているのは、あなたなのよ。他の人じゃ代わりはできないの」
「でもな。芸能人がファンから会いたいと言われて、いちいち会っていたら……」
「分かっています。今回一回限りです」
瀬戸田社長がヒカルの祖父から受けた恩は、かなり大きなものだったようだ。
「お願い。東海総合病院へ一度行って見舞うだけでいいから」
雅也は病院の名前を聞いて、行く気になった。そこは冬彦が入院した病院であり、雅也がボーンエッグを手に入れた場所でもあったからだ。
懐かしいから行きたいと思ったわけではない。そこにスケルトンを召喚する真名を持つ真名能力者が勤めていたからである。
雅也はその女性にもう一度会って、話を聞きたいと思っていたのだ。
次の日、雅也はカツラと付け髭、それにサングラスをかけて、東海総合病院へ向かった。
病院の待合室には、有名なアーティストが作製した大きな芸術作品が飾られているのが目に入る。それは金属で作られた木のオブジェであり、『命の木』というタイトルが付けられていた。
瀬戸田社長は、その芸術作品を眺めていた。
「お待たせしました?」
社長が振り向いて嬉しそうな顔をした。
「来てくれたのね。感謝するわ」
雅也は社長に案内されてヒカルの病室へ向かう。その途中、雅也は見られているのに気づいた。
「何か変な感じだな」
社長が笑った。
「これでも、私は有名なのよ。私とあなたを見て、Shizukuだと気づいた人がいるのよ」
音楽祭はかなり前のことなのに、覚えている人がいるらしい。音楽祭のブルーレイが驚異的な売上を記録したと聞いているので、そのブルーレイを見た人たちなのかもしれない。




