scene:181 源勁結晶の研究
デニスから源勁結晶の存在を知らされた雅也は、魔源素結晶から源勁結晶を作ってみた。
「おっ、できた」
デニスが王都で手に入れた特殊な迷宮石の四割ほどの大きさがある源勁結晶が作製できた。
「問題は、どういう条件の時に、源勁結晶のエネルギーが解放されるかだな」
その条件を調査する手助けをしてくれと、デニスより頼まれていた。雅也自身も興味があったので、研究チームを作って研究することにした。
共振迷石の時のように、外部の研究機関に頼まなかったのは、源勁結晶の研究は何か途轍もない発見に繋がるという予感があったからだ。
マナテクノの社員の中から五人の研究員を選び、そのチームリーダーとして三〇代前半の真島主任を指名した。真島主任は独特の勘を持つ研究員で、仕事にも熱心だった。
「聖谷取締役、異世界での事故を考えると、極小の源勁結晶が欲しいのですが」
エネルギー解放の実験に成功すれば、源勁結晶は爆発のような現象を起こすことになる。それが建物を完全に破壊するほどの威力だと、実験装置を大掛かりなものにしなければならない。
そこで極小の源勁結晶を実験に使い、小型の装置で実験ができるようにしたいらしい。
「極小というと、源勁結晶の大きさはどれほどにするんだ?」
「二ミリ程度が適当だと考えています」
極小というには大きすぎるが、実験の対象とするには最低これくらいの大きさがないと扱いづらい。
雅也は一〇個の極小源勁結晶を製作し、真島主任に渡す約束をした。
今から研究を始めて、結果を出すには時間がかかるだろう。雅也自身は仕事を抱えているので、付きっ切りで研究に付き合うことはできない。
スマホにメールが届いた。小雪からのメールである。
「防衛装備庁の木崎長官が、相談したいことがあるだって……何だろう?」
雅也は木崎長官と会うために航空装備研究所へ向かった。到着した雅也を職員が出迎え会議室に案内する。
会議室では、木崎長官と航空装備研究所の宮崎所長が待っていた。
「お忙しいのに、すみません」
「いえ、防衛装備庁にはお世話になっていますから、構いませんよ」
雅也と宮崎所長が自己紹介をして用件に入った。
「実は、航空装備研究所のサーバーが海外から攻撃されましてね。対策を考えているところなんです」
「ほう、どこの国か分かっているのですか?」
「サイバー攻撃能力が高く、我々の技術を欲しがっている国となると限られています」
雅也の脳裏に大国の名前が浮かんだ。
「マナテクノでは、特別な対策を取られていると聞いたのですが、それを我々も導入することはできますか?」
宮崎所長が尋ねた。
マナテクノで採用している共振迷石を利用した専用ネットワークを、雅也は思い浮かべた。マナテクノでは、この専用ネットワークを進化させ、独自に安全なネットワークを開発している。
「可能だとは思いますが、かなりの投資が必要です」
木崎長官が頷いた。
「構いません。実は同盟国であるアメリカから、自衛隊のセキュリティが脆弱だと指摘があったのです」
マナテクノは自衛隊に独自のネットワークシステム『マナテクネット』を販売することになった。これを導入することで、航空装備研究所のセキュリティレベルは格段に上がるだろう。
「ところで、マナテクノでは宇宙事業を始められたと聞きました」
木崎長官が切り出した。
「ええ、その通りです」
「自衛隊では、新型の偵察衛星の開発を行っているのですが、その一部の開発が遅れています。実際に宇宙でテストできれば、その遅れを取り戻せるのですが、御社で行う飛行試験に偵察衛星のテストを組み込むことはできませんか?」
偵察衛星を実際に開発しているのは星菱電気である。そこで開発している高解像度光学機器の開発が遅れているらしい。
「どの程度のテストを行うかによりますね」
雅也はテストの詳細を聞いて、可能だと判断した。費用については、エンジニアに見積もりを出してもらわねばならないだろう。
マナテクノで予定している飛行試験というのは、開発した大型動真力エンジンが宇宙空間でも正常に稼働するかをテストするためのものだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
雅也が源勁結晶の研究を指示してから四ヶ月が経過した。
「聖谷取締役、分かりました」
実験機の打ち上げが明日に迫った時、源勁結晶の研究を任せた真島主任が嬉しそうな顔で報告した。
「本当か、それで条件は何だったんだ?」
「特定の磁場に包まれた状態で衝撃を与えると、源勁結晶は崩壊しエネルギーを解放するようです」
異世界のヤルミル博士は、どんな状況で事故にあったのだろう。磁場が発生していたことを考えると、静電気でも発生していたかもしれない。
「そのエネルギーというのは、爆発するということなのか?」
「いえ、そんな単純なものではありません。与える衝撃がハンマーで叩くというようなものなら、衝撃波のようなものを発するのですが、高圧電流を流した場合は強烈な磁場を発生させます」
「衝撃波? 曖昧だな。それは何なのだ?」
「……まだ正体は不明です。空間が歪むのではないかと考えています」
「それは重力波みたいなものなのか?」
真島主任が腕を組んで首を傾げる。
「んん……重力波なのかな。いや、違う気もする」
まだまだ研究が必要なようだ。
「もう一つの強烈な磁場というのは、どれほど強烈なんだ?」
「近くの電子機器が壊れるほどです」
どうやら、研究に使っていた電子機器のいくつかが壊れたらしい。
「……どちらにしても、兵器にしかならないな」
「いえ、磁場なら電磁誘導の原理を使って、発電ができるのではないかと期待しているのです。もちろん、投入する電力量と回収される電力量を比べれば、大幅にプラスとなります」
「可能かもしれないが、実用的ではないな。源勁結晶を作るのに手間がかかりすぎる。源勁結晶を機械で量産できるようにならなければ、ダメだろう」
真島主任が肩を落とした。
「残念です」
「まあ、研究は続けてくれ。それと衝撃波はどれほど広がるんだ?」
「二ミリの源勁結晶で、五メートルほどまで衝撃波が広がりました」
「どこまで衝撃波が広がるか知りたい。三ミリと五ミリの源勁結晶を作るから、それで確かめてくれ」
「分かりました」
「くれぐれも注意して、実験をやってくれ」
真島主任の報告が終わり、話が雑談となった。
「軍事利用に繋がる宇宙開発は、やめろという声明を、あの国が発したというのは、本当ですか?」
あの国というのは、北の独裁国家である。
「本当だ。だが、偵察衛星などが飛び回っている現在において、今更じゃないか」
「だったら、なぜ?」
「裏に、日本が宇宙事業を進めるのを嫌う国があるんだ」
「なぜです? 我社が行っているのは、エコ事業ですよ」
「日本はここ数十年、低迷している。その低迷を打ち破る切っ掛けになるのが、日本宇宙太陽光発電機構が進める宇宙太陽光発電事業とスカイカーやホバーバイクの事業じゃないかと言い始めている政治家がいるらしいんだ」
「尚更、素晴らしいことじゃないですか」
「日本が、また成長を始めるのを、脅威だと思う国もあるんだよ」
「それは敵対国ということですか?」
「そういうことだ」
その日の夜、北の独裁国家が翌日にミサイル発射実験を行うと発表した。
日本政府は、宇宙事業に対する嫌がらせだと思ったようだ。
翌日、関東の南にある島や周囲の海を埋め立てて建設した新宇宙センターから、マナテクノが開発した実験機の打ち上げが行われた。
島と埋立地を利用した直径三キロほどの円形の敷地が造成される予定になっているが、現在は新宇宙センターの仮設施設と発射場が建設されているだけの場所だった。
発射場には少数のマスコミが集まっていた。
「ちょっと寂しいですね」
仮設施設の中で実験機を一緒に眺めていた小雪が言った。彼女の父親でもある神原社長が頷く。
「仕方ないさ。エンジンテストが目的だからな。それに打ち上げの様子は、ネット配信することになっておるから、ネットで十分だと思ったのじゃないか」
「でも、国際宇宙ステーションの軌道まで打ち上げるのよ」
国際宇宙ステーションの軌道というと、地上から約四〇〇キロ上空になる。雅也が苦笑して口を挟んだ。
「まあまあ、実験機じゃなくて、起重船を打ち上げる時は、大勢のマスコミが詰めかけるさ」
そんな話をしているうちにカウントダウンが始まり、お寺の鐘のような形をした実験機が上昇を開始した。その上昇は非常にゆっくりしたものだった。
遠目にはゆっくりしたものに見えるが、時速二〇〇キロほどである。高度三〇キロほどになってから加速し、時速九〇〇キロにまで増速することになっている。
実験機から送られてくるデータをチェックしていた職員が、全て正常だと報告した。その時、職員の一人が大声を上げる。
「大変です。あの国がミサイル発射実験を行いました。ミサイルが我々の実験機を目指して飛んでいます」
神原社長は呪いの言葉を吐き、ミサイルの軌道をチェックするように指示した。




