scene:180 軍部の作戦
「余もそう考えておる」
国王の言葉に、バルツァー公爵とクリュフバルド侯爵が頭を垂れた。自分たちの考えが浅かったと反省の姿勢を示したのである。
「我が国に侵攻する場合、ラング神聖国の国力を考えれば、七万ほどの戦力を用意するであろう。それに対して、我が国の兵力は五万ほどである。どうすれば良いと思う?」
難しい問題だった。正面から戦えば、ゼルマン王国が不利になる。
「軍務卿は、どう考えておられるのですか?」
クリュフバルド侯爵がコンラート軍務卿に尋ねた。
「軍部では、東の領地を中心に徴兵を考えております」
ゼルマン王国は常備兵を中心に軍システムが出来上がっている。これは農繁期・農閑期に関係なく軍を展開できるようにと考えてのことだった。
クリュフバルド侯爵が、徴兵と聞いて顔をしかめた。ゼルマン王国が常備兵制度を始めたのは、ラング神聖国が先に常備兵制度を始めたからである。
当然、現在のラング神聖国軍は常備兵であり、どの時期に戦いが始まるのか予想できない。
「まさかと思うが、ラング神聖国への侵攻を考えておられるのか?」
農民を徴兵しても農繁期になれば、農地に戻さねばならない。その点を考え、ゼルマン王国から戦争を仕掛けるという作戦が浮かんできたのだ。
「農閑期に農民を徴兵し、ラング神聖国へ侵攻することを考えております」
敵国に戦いの主導権を渡さずに、ゼルマン王国の都合が良い時に戦を始めようということだ。ただ問題なのは、敵国に侵攻するということは、地の利を敵国に与えることになる。
バルツァー公爵は周りを見回し、口を開いた。
「この場には、東部に領地を持つ貴族が参加しておりません。これは徴兵を発表した時に、西部や中部の貴族に味方するように説得せよ、ということですかな?」
軍務卿が苦い顔をする。
「はっきりと言えば、その通りです。公爵は賛成してもらえますか。賛成できないと言われるのなら、代案を提示して頂きたい」
公爵はあまり良い考えだとは思っていないようだ。とはいえ、他に代案があるわけではなさそうである。
「急に言われても、代案など出せるものではない。そうではございませんか、陛下」
国王はゆっくりと頷いた。
「その点については、理解しておる。ただラング神聖国の狙いが判明したのが二日前であり、前もって相談する時間はなかったのだ」
公爵は代案を出せなかった。軍務卿は侯爵に顔を向けた。
「クリュフバルド侯爵は、どうでございますか?」
「軍務卿、なぜ急がれるのです? これからラング神聖国とジゼリア王国の戦いが始まり、我が国との戦いはずっと先になるのであろう?」
「それは考え違いですぞ。徴兵が決まったら、数万人分もの武具と防具を用意せねばなりません。時間はないのです」
デニスも武具と防具のことは失念していた。膨大な数の武具や防具を用意するとなると、時間がかかるのは自明の理である。
だが、本当に徴兵が正解なのだろうか? デニスは静かに考えていた。ラング神聖国との国境線は山と森、草原が連なった場所である。
国境を越えられる場所は、五箇所。二箇所は山道であり、大軍の侵攻ルートには適さないだろう。残る三箇所は、正式な国境門のあるラグマ街道、クラベス森林、荊棘草原だ。
クラベス森林は針葉樹が多い森で、人なら通り抜けられる。ただ荷馬車は無理であり、補給品の輸送が困難だった。そして、荊棘草原は荊棘草という棘のある蔓草が生い茂る草原で、荊棘草を処分しなければ進めない場所だった。
デニスは自分ならどうするか考えた。国境門のあるラグマ街道は国境壁と二〇〇〇もの兵士が常駐しているので、ここを突破するには時間がかかるだろう。いや、七万という兵力を考えると二〇〇〇は少ない。五〇〇〇ほど常駐させるべきだ。
クラベス森林はどうだろう。ここを大軍が通り抜けても、補給が続かないだろう。しかし、通り抜けた兵力で国境門を守る兵士の背後から襲いかかれば……。
荊棘草原は侵攻ルートになるだろうか? 荊棘草の棘には強い毒がある。荊棘草を刈り、排除することは大変な作業になるだろう。人間には難しい作業となる。だが……
様々なことに思考を巡らしていた時、名前が呼ばれた。
「デニス、どうした? 気分でも悪いのか?」
呼びかけたのが国王だというのに気づいたデニスは、頭を垂れた。
「いえ、ラング神聖国が我が国を攻める場合、どのような侵攻ルートを取るか、考えておりました」
軍務卿が突き刺さるような視線をデニスに送った。
「侵攻ルートですと……面白いですな。私に教えて欲しいものです」
軍務卿の口調からすると、多分に皮肉が含まれているようだ。侵攻ルートは、軍部で検討し尽くしているのだろう。
国王が興味を持ったようだ。
「参考にしたいので、余にも教えて欲しい」
「承知しました。私が考える侵攻ルートは、ラグマ街道・クラベス森林・荊棘草原の三つでございます」
それを聞いた軍務卿と公爵が薄ら笑いを浮かべた。
「間違っておるぞ。荊棘草原は侵攻ルートにはならん」
公爵が強い口調で指摘した。
「なぜでございます?」
「知らんようだから教えてやろう。荊棘草は厄介な植物なのだ。成長が早く、その棘には毒がある。荊棘草を取り除き道を作る作業に、どれほどの時間が必要で、どれほど多くの犠牲者が出ることか。そうであろう、軍務卿」
「バルツァー公爵の言われる通りでございます。以前に荊棘草原を開拓しようと試みた者がおりましたが、あまりの犠牲者に諦めました」
国王が慰めるような声でデニスに話しかけた。
「デニスは、荊棘草原を見たことがないのだろう。若いのだから仕方のないことだ」
デニスは少し困ったような顔をして告げた。
「荊棘草については、以前に調べたことがあります。ですが、取り除く方法はあります」
「それは真か?」
「嘘を申すな」
国王と公爵がほとんど同時に声を上げた。
エグモントが心配そうな顔でデニスに問いかけた。
「それはどういう方法なのだ?」
「ボーンサーヴァントを使って荊棘草を取り除くのです」
「あっ」
軍務卿が驚いて声を上げた。他の貴族たちも驚いた顔をしている。
「コンラート軍務卿、その可能性を考慮しなかったのか」
国王が厳しい声を上げた。
「申し訳ありません。失念しておりました」
国王が唇を噛んで軍務卿を睨んだ後、デニスに問う。
「デニスは、軍部が提案した徴兵案をどう思う?」
「賛成できません。訓練されていない兵士は、戦力として期待できません。それより、敵を領土内に引き込み、地の利を活かして戦った方が良いと思います」
デニスを中心に新たな作戦案の検討が始まった。
軍務卿は徴兵案を放棄し、どうやって敵軍を狙った場所に引き込むかを話し合った。その作戦会議は、三日間続けられ、基本案が出来上がった。
詳細部分を検討しなければ本当に完成したとは言えないが、それは軍務卿を中心に軍部が行うことになった。デニスたちが領地に戻ると言って白鳥城を去った後、国王と軍務卿が話を交わした。
「デニスのことをどう思う?」
「恐ろしいほどの才能を秘めた若者です。このまま軍に入って、私の片腕として働いてもらいたいほどでございます」
「それは余も同じだ。デニスを余の片腕として働かせることができれば、王国の繁栄は間違いないだろう」
「ですが、あまりデニスを贔屓されれば、他の貴族が彼を嫉妬するでしょう。慎重に行動されるのがよろしいかと思われます」
「分かっておる。だが、王家とブリオネス家の絆を強めるために、もう一手ほど欲しい。軍務卿も知恵を貸してくれ」
「承知いたしました」
白鳥城を去ったデニスたちは、アステリア号でベネショフ領に戻った。
翌日から、王都で手に入れた特殊な迷宮石について、研究を始めた。そして、魔源素結晶を『転換』の真名を使って魔勁素結晶に変換する途中で中断すると、同じようなものが製作できることを発見した。
特殊な迷宮石を作り出すことに成功したデニスは、それを『源勁結晶』と名付けた。
「よし、次はこいつが、どんな条件でエネルギーを解放するのか調べよう」




