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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第1章 明晰夢編
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scene:17 夜空を飛ぶ鳥

 後輩の山口と別れた雅也は、夜の街に出た。ネオンが輝く街は、異世界に比べて魅力的だ。人々を魅了するものが溢れている。


 但し、空を見上げると星が見えなかった。異世界の夜空には無数の星が煌めいていたが、現代社会の街は明るすぎて星が見えない。


 放火犯が何を狙っていたのか考えてみた。人を狙ったのなら、放火による火事に巻き込まれて怪我や火傷をした人たちの中に狙う人物がいたのかもしれない。


 それらの人々は近くの病院に運ばれ入院している。その病院へ雅也は向かった。そこで雅也の精神に潜む『嗅覚』を解放した。


 最近になって、真名本来の使い方が分かってきた。以前までは真名の意味を理解し、その概念に紐づく制御力を行使していた。


 しかし、真名を解放することで、その真名が意味する対象に同化し支配する方法が、強い力を発揮しやすいと分かったのだ。それは感覚的な違いでしかないのだが、雅也とデニスにとって有効だ。


 『嗅覚』を解放することで、雅也は犬並みの嗅覚を手に入れた。様々なニオイが風に乗って雅也の下に押し寄せる。それは情報となって、雅也の脳に流れ込んできた。


 ジッとしたまま一〇分ほど立ち尽くす。その間に押し寄せるニオイ情報を判断した。孝蔵のニオイは部屋に行った時に覚えていた。


 そのニオイと同じものを探したのだ。人間のニオイとその他は簡単に判別可能だった。人間のニオイは身体に住み着いている細菌の種類によって変わってくるのだが、綺麗好きな現代人は微妙な違いでしかない。


 『嗅覚』の真名を得て犬並みの嗅覚が使えるようになったとはいえ、ニオイに関する脳の情報処理能力が犬より劣っている。やはり犬の方が嗅覚については上のようだ。ちょっと情けない気がする。


 雅也はゆっくりと大通りを進み始めた。病院の周りを半周した頃、目的のニオイを捉えた。

「このニオイ、間違いない」


 雅也は捉えたニオイを追って進んだ。一〇時が過ぎているので人通りは少ない。七階建てのビルから奴のニオイが流れてくる。


 ビルを見上げていた雅也の目に、夜空を横切る火の鳥の姿が飛び込んだ。大きさは鳩ほどで、翼がある。道路を横切った炎鳩は、病院の壁に当たって跳ね返り、駐車場に停まっていた軽トラックの荷台に飛び込んだ。


 次の瞬間、ゴウッという音とともに軽トラックの荷台が燃え上がった。可燃物が積まれていたようだ。

「か、火事だ」

 通りを歩いていたビジネスマンが大声を上げた。さざ波のように騒ぎが広がる。火事が起きた病院の周囲に人が集まり始めた。


 雅也は炎鳩が飛んだビルの非常階段に向かって走った。非常階段に人影を見たからだ。上の方から下りてくる足音が聞こえてくる。


 待ち構えていると、雅也と同年代の男が非常階段から現れた。

「松田孝蔵さんですね」

 雅也が声を掛けた。男は怯えた顔で雅也を見る。


「誰だ?」

「ご両親から、あなたの捜索を依頼された探偵です」

「探偵だと……余計な真似を」


 雅也は鋭い目で孝蔵を睨んだ。

「あなたが放火するところを見ました。警察に自首してください」

「見ただって……何を見たんだ?」

「火の塊を向こうの病院に投げつけたのを見たんだ」


 真名術を使ったのではないかと疑っていたが、それを言えば、雅也自身も異世界の明晰夢を見る者だと分かってしまう。


 孝蔵が顔を歪め、言い返す。

「投げつけただって、馬鹿を言うな。風はどっちから吹いている」

「……向かい風だ。プロ野球選手でも、届きそうにないな」


 七階建てのビルと病院は、少し距離がある。しかも逆風の中だと何か道具がなければ届かない距離だった。


「俺は何も持っていないぞ。身体検査でもするか」

 孝蔵はふてぶてしい態度で言い放った。真名術を使ったのなら証拠品が出てくるはずもない。


 最初は警察を呼ぶことも考えた。だが、はっきりと炎を放つ瞬間を目撃したわけでもない。正直なところ、この件には深入りしない方がいいと雅也は思った。


「俺は刑事じゃない。あんたの所在が分かればいいんだ。とにかく、今からご両親の家に行こう」

 雅也はスマホで冬彦を呼び出し、車で迎えに来るように頼んだ。


「おい、勝手に決めるな。俺は一言も帰るとは言ってないぞ」

「だったら、どこで寝泊まりしているか住所を教えてくれ」

「決まった場所なんかあるか」


 孝蔵は自分のアパートに帰らず、ネットカフェで寝泊まりしていたようだ。

「なぜだ。自分のアパートがあるのに?」

「気持ち悪い奴らが、見張っているからだ」


 その言葉を雅也は信じなかった。後に、それを悔やむことになる。


 冬彦が迎えに来た。チラリと孝蔵を見た冬彦は、二人を車に乗せ孝蔵の自宅へと走らせる。

「依頼は無事完了か。さすが先輩ですね」

「冬彦に褒められてもな。ところで、百田とは会えたのか?」


 冬彦が運転をしながら孝蔵に話しかけた。

「話を聞いたよ。婚約者が仮想通貨詐欺に遭ったんだって?」

 孝蔵は仏頂面のまま返事をしなかった。


「もしかして、放火されたビルにいた連中が詐欺犯なのか?」

 冬彦が推理を口にした。

「それ以外に、俺が連中を狙う理由があると思うか」

 孝蔵は憎しみを堪えるように声を上げた。


 雅也は嫌な話になったと感じた。

「でも、病院の襲撃はやりすぎだ。他にも入院患者がいたんだぞ」

「俺が狙ったのは、連中が入院した特別室だ」


「俺が言いたいのは、殺すことはないだろということだ」

「赤の他人に何が分かる。里美は……」

 また押し黙ってしまった孝蔵を見て、雅也は婚約者に何かあったのだろうと推測した。


 運転する冬彦の顔が青褪めていた。正真正銘の人殺しと一緒にいると分かり、恐怖を感じているのだ。


 目的地に到着した雅也たちは、孝蔵を両親に引き渡した。何度も礼を言われ、帰途に就いた。

「そうだ。警察はどうします?」

 冬彦に言われて思い出した。孝蔵の行方が分かったら、連絡してくれと言われていたのを。


「仕方ない。警察に睨まれたら、仕事がやり難くなる。連絡だけはしておくか」

 雅也は昼間に聞いた刑事の連絡先に電話し、孝蔵が自宅に帰ったことを伝えた。


 翌日、思ってもみなかったニュースを聞いた。

「先輩、見ましたか!」

 冬彦が事務所に飛び込んできた。


「ああ、ニュースだろ。たった今見た」

 放火犯が逮捕されたというニュースだった。だが、予想した人物とは違っていた。孝蔵の名前ではなく、別人の名前だったからだ。


 その前夜、孝蔵は防衛省の特殊戦略部隊という組織に捕らえられていた。どこか分からない部屋の一室に閉じ込められ、取り調べを受けていた。


 孝蔵は意外にあっさりと白状した。様々なことがあり、精神的に弱っていたからだ。取調官は役人のような男だった。

「貴様には二つの道がある」

「どんな?」


「一つは、犯罪者として刑に服する道、二つ目は我々に協力する道だ」

「どっちも嫌だ。俺にはやらなければならないこともあるんだ」

「君の婚約者を騙した詐欺集団かね。あの連中は逮捕され、正当な裁判を受けることになるだろう」


「……なぜ俺なんだ?」

「君が特殊な人間だからだよ。分かっているだろ」

「俺は普通の男だ」


「君は夢占いのサイトに異世界の明晰夢について、書き込んでいた。存在を知られたくなければ、愚かな行為だったね」


 サイトに書き込みを始めた頃の孝蔵は、明晰夢が重要なものだと思っていなかったのだ。

「さあ、選択してもらおうか」

 孝蔵は協力することを選んだ。


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【書籍化報告】

カクヨム連載中の『生活魔法使いの下剋上』が書籍販売中です

イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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[良い点] 良いね♪
[良い点] ミステリー小説のようで面白い。プロの方ですか?
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