scene:174 凱旋パレード
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雅也は台湾の元真名能力者ジンロンについて調査させた。ジンロンは小さな飲食店を経営する平凡な男だったようだ。真名術を使うこともなく生活していた。
昏睡状態になって以降、台北市の病院で治療と検査を受けていたという。
台湾の政府は一通り調査が終わると、ジンロンに興味を失い解放した。ただ彼が昏睡状態となった時に握っていた真珠のようなものは、台湾政府が買い取り研究を続けるようだ。
現在のジンロンは店を再開したが、経営は危機的状況らしい。休んでいる間に客が離れてしまったのだ。
雅也は彼の困窮に付け入った。弁護士を雇って台湾に派遣し、記憶障害に関する実験的治療に協力すれば、大金を出すと申し出たのである。ジンロンは喜んで契約した。
雅也は西帝大学の三河教授に頼んで彼を検査してもらった。特に真名能力者となった以降の記憶がどうなったかを調べた結果、どうやら記憶が消去されたわけではないようだ。
時々断片的な記憶を思い出すことがあるという。その記憶に上手くアクセスできないという状態であるらしい。
但し、異世界のバディが体験した記憶は、綺麗に消去されていると分かった。
彼にはリハビリ室で様々な運動とビタミン剤を飲んでもらいながら、脳波検査などを行った。運動と検査を繰り返す生活を数日続けた後、ジンロンを人払いしたリハビリ室に連れていき、目隠しをしてもらう。
目隠しが終わった後、マスクをした雅也がリハビリ室に入った。付き添っていた看護師に、部屋から出ていくように指示する。そして、ジンロンに英語で指示を始めた。ジンロンも英語は得意らしい。
ジンロンには日本製のネイルロッドを持ってもらい、目隠しをしたまま合図したら振り下ろすように指示した。雅也は緑スライムを召喚し、ジンロンの前に置く。
雅也はスライムが動かないように制御した。合図すると、ジンロンがネイルロッドを振り下ろす。雅也は夏の砂浜でよく行われるスイカ割りを思い出した。
「おい、これは何の治療なんだ?」
「これはスライムを倒した時の記憶を呼び起こす実験です。打撃した時の感触がスライムと似ているでしょ」
「……そうかもしれない」
本当にスライムを叩いているので、感触が似ているのは当然である。二四匹目のスライムを倒した時、ジンロンの表情が変化した。
「何か、真名を感じた」
「真名について、思い出しましたか?」
「ああ、思い出した」
雅也は『思い出したか?』と尋ねた。本当は思い出したのではなく、新たに真名を手に入れたのだ。
雅也は外で待っていた看護師と交代した。『魔勁素』の真名を手に入れたジンロンは、もう一度精密検査を受け、記憶の一部が戻ったことが確認された。
一気に全部の記憶が戻ることはなかったが、バディの記憶以外は戻りそうだと医師は判断した。
ジンロンは実験的治療について漏らさないという契約をして金をもらい、台湾に戻った。彼がしゃべったとしても、実験的治療が行われたこと以外は分からないだろう。
真名と記憶が関連しているということが証明されたので、もしもの時の安全措置として、誰かに『召喚(スライム)』の真名を取得してもらわなければならない。
雅也は小雪を選んだ。身近な人間で最適なのが小雪だったのだ。それに小雪は信用できると雅也は思っていた。
金スライムの召喚は、苦労した。一〇〇回以上トライして、ようやく金スライムを召喚できた時には、何だか感動した。
『召喚(スライム)』を手に入れた小雪は喜んでいた。雅也に信用できる者として選ばれたのが、一番嬉しかったようだ。
雅也は金スライムが召喚できたのなら、黒スライムも召喚できるのではないかと考えた。そうなると、任意の人物に『魔源素』の真名を授けることが可能になる。
「マナテクノを、将来的にも安定した会社にできるかもしれない」
雅也は自分が引退した後、マナテクノの経営が衰退するのではないかと心配していた。だが、次世代くらいまでは大丈夫なようだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
同じ頃、ゼルマン王国の王都モンタールでは、チグレグ川の戦いで活躍したベネショフ領とクリュフ領の次期領主が表彰されることになった。
ヌオラ共和国との戦いは、一勝一敗という結果だった。但し、賠償金の問題でゼルマン王国が譲ったという事実は残り、国内的には敗北したような雰囲気になっていた。
その雰囲気を払拭するために、王都で表彰式を行うことになったらしい。白鳥城に呼び出されたデニスとランドルフは、凱旋パレードをしてから登城することになった。
凱旋パレードには、デニスとランドルフの姿を見ようと大勢の人々が集まった。王政府が雇ったらしい者たちが、ベネショフ領兵士と侯爵騎士団がヌオラ共和国軍の精鋭数千人を倒したと喧伝した。
実際は二〇〇〇に届かない数だったが、凱旋パレードの目的が敗北したという噂を払拭することだったので、誰も訂正しようとはしない。
国民はヌオラ共和国との戦いが敗北ではなかったと分かり、興奮してデニスとランドルフの名前を連呼した。
王都の兵士に囲まれながら馬に乗って進むデニスは、にこやかに笑いながら手を振る。そうしろと言われているのだ。内心では疲れたと思いながら馬を進ませた。
正装した二人が登城すると、謁見の間には大勢の貴族が集まっていた。外務卿・軍務卿・内務卿のトップスリーの他に王都に滞在している将軍たち、それに高級官僚たちである。
国王が謁見の間に姿を現した。
「チグレグ川の戦いにおけるベネショフ領・クリュフ領の働き、見事であった。国を代表して礼を言おう」
デニスとランドルフは、『光栄でございます』と深々と頭を下げた。
クリュフ領はチグレグ川沿いの領地が与えられた。同じくベネショフ領も新たに大斜面の西側にある土地を与えられる。
この褒美はベネショフ領にとって、褒美と言えるか微妙なものだった。領地として与えられたということは、しっかりと管理する義務が発生するからだ。
ただ森林地帯なので、木材などの資源を活用することで、利益を上げられるだろう。
式典が終わり、ランドルフと二人になった。
「国王は、大盤振る舞いだったな」
「そうですが、川沿いにはヌオラ共和国の動きを見張る物見台を建設し、見張り兵士を配置する必要があります。その費用も馬鹿になりません」
「バイサル王国との貿易で、ベネショフ領は利益を上げているのだろう」
「そうですが、ベネショフ領は男爵から子爵に陞爵することが決まっておりますので、その準備に物入りなのです」
「ああ、そうだったな。大勢の貧民を雇って大斜面の開発をさせているのも、子爵としての体裁を整えるためなのか。そこに新しい屋敷を建てるのだろう?」
デニスは一応肯定した。新しい屋敷を建てることは計画していたからだ。
「ええ、大斜面に新しい領主屋敷と領庁を建設するつもりです」
ランドルフは聞き慣れない言葉を聞いて首を傾げた。
「領庁というのは?」
「ベネショフ領の役人が仕事をする建物です」
大概の領地の役人は、領主屋敷の中で仕事をする。そのために大きな領主屋敷を建設するのが普通だった。
それ故、ランドルフも新しい領主の屋敷を建設するのだろうと言ったのだ。
「何か考えがあって、分けたのだろうが、理由を教えてくれ」
「それほど深い理由はないのです。領主家族の生活の場である領主屋敷と、役人の仕事場では機能や役目が違います。ですから、それぞれに相応しい建物を建てようと思っただけです」
ランドルフは頷き、不意に笑った。
「思い出した。大斜面で働かせている牛みたいなものは、何なのだ?」
牛に偽装させたライノサーヴァントが、牛でないとバレたようだ。さすがに牛に似せた革を被せただけでは、長期間騙せなかった。
「ランドルフ殿のことは信頼しています。ですが、あれは陛下の命令に関係するものなので、秘密にしてもらえますか?」
ランドルフが厳粛な顔で考えてから返答を口にする。
「父にだけは話していいか?」
「ええ、侯爵様にだけならいいでしょう」
デニスはライノサーヴァントによる騎兵部隊を編成するように、国王から命じられたことを打ち明けた。ランドルフはデニスが自分を信頼して打ち明けてくれたと思い、嬉しそうな顔を見せた。
「そのライノサーヴァントというのは、馬より力があるのか?」
デニスは頷いた。
「ええ、馬よりは力があります。ただ全速力で走った場合は、馬の方が速いようです」
実験したことがあり、およそ四頭分の力があると分かっていた。
ランドルフはそれ以上尋ねなかった。どこで手に入れられるのか知りたかっただろうが、国王が一枚噛んでいるので、深く探るのはやめたらしい。
二人が話していると、王家の使用人らしい人物が、デニスたちに声をかけた。
「ランドルフ様、デニス様、ハイネス殿下が一緒にお茶を飲みながら、話を聞きたいとおっしゃられているのですが、よろしいでしょうか」
ハイネス王子は王家の第二王子である。第一王子であるルドルフ王子は身体が弱く、一年の大半をベッドで過ごしているので、次期国王はハイネス王子だと言われていた。




