scene:173 政府の協力
神原社長は雅也と一緒に、倉崎大臣と応接室で会った。
「忙しいところ、時間を作ってもらい感謝する」
大臣の言葉に、神原社長は「こちらこそ」と言いながら自己紹介と挨拶をした。
雅也も自己紹介すると、倉崎大臣は知っているようだった。
「失礼だとは思ったが、マナテクノのことは調べさせてもらった。御社は神原社長と聖谷取締役で作られた会社のようですな」
「ええ、調べられたのなら、ご存知だと思いますが、聖谷君は真名能力者です。我社の製品は彼の能力なしでは生まれなかったでしょう」
大臣が調べたというなら、ある程度は内情を知っているだろうと、同席させた雅也の存在を強調した。
「ほう、お若いのに素晴らしいですね」
若いと言われて、雅也は謙遜しながら苦笑いした。神原社長や倉崎大臣から見れば、自分も若造なんだと思ったのだ。
倉崎大臣が用件を切り出した。
「マナテクノでは、宇宙事業を始められるそうですな」
「ええ、まずは無人機を衛星軌道にまで上げることを計画しております」
神原社長と雅也で、事業の概要を大臣に説明した。
「なるほど、宇宙体験ツアーと宇宙太陽光発電システムですか。それに使う宇宙船は、どのようなものになるのです?」
「我社のオリジナルである動真力エンジンを利用した宇宙船となります。従来のロケットなどと比べると打ち上げコストが飛躍的に減少します」
「それはどれほど安くなるのかね?」
「まずは、一〇〇分の一になると考えております」
倉崎大臣は、難しい顔をする。
「そうなると、今まで開発していたロケットがゴミ箱へ捨てられることになるな」
神原社長は否定した。
「それはないかと」
「なぜかね?」
「我々は通信衛星や探査衛星の打ち上げ事業は考えていないからです」
「理解できんな」
「我社は、より利益となる事業に集中したいだけです」
「なるほど、通信衛星や探査衛星の打ち上げ事業はあまり利益にならないと考えているのだな」
大臣は宇宙太陽光発電の事業計画について質問した。
「衛星一基当たりの発電規模は、原発一基に相当する一〇〇万キロワットです。ソーラーパネルは、二キロ四方になります」
衛星軌道にあるソーラーパネルは、常時太陽光を浴びる角度で配置すれば、二四時間発電することができる。
「それを建設するために必要と思われる金額は?」
神原社長の答えを聞いて、大臣は感心した。経済産業省の役人が試算した金額に比べると一桁下回っていたからだ。
「なるほど、宇宙太陽光発電システムの建設費のほとんどは、宇宙に資材を運び上げる費用だということだな」
「それだけではないと思います。宇宙太陽光発電システムには、宇宙で生産したエネルギーを地上で受け取るシステムも必要ですから」
政府が計画する宇宙太陽光発電システムが高価なものになるのは、時間をかけてゆっくりと研究し、少しずつ造り上げようと計画しているからだ。一気に建造した場合の倍以上の金額になる。
神原社長の説明を受けた大臣は、マナテクノの宇宙事業に感銘を受けたようだ。
「素晴らしい。政府は全力でマナテクノを応援することを約束しよう」
予算などもあるので、大臣一人で決められるものではないだろうと雅也は思った。それが顔に出たらしい。
「不思議かね? 政府が応援すると約束したことが」
「正直に言えば、それほど積極的に応援してもらえることが、理解できないのです。日本の電力供給に問題があるとは、聞いたことがないので」
「問題はあるのだ」
大臣の話によると、毎年行われる気候変動枠組条約締約国会議において、日本は二酸化炭素を大量に排出する石炭火力発電を新設・稼働し、さらに新興国に輸出しようとしている、と非難されているらしい。
日本バッシングは年ごとに激しくなっているという。
「しかし、石炭火力発電を行っている国は、日本だけじゃない」
「そうなのだが、先進国なのに石炭火力発電の比率を下げようと努力していないと、非難されている」
雅也は、大臣の意図を理解した。日本が自然エネルギー発電を増やす計画を実行しているという実績が欲しかったようだ。
大臣が約束した通り、マナテクノの宇宙事業は日本政府の全面協力で行われることになるだろう。
倉崎大臣が帰った後、雅也は小雪と一緒に防衛装備庁へ向かった。武装翔空艇の契約のためである。防衛装備庁では、木崎長官が応対してくれた。
「木崎長官、これが契約書になります」
小雪が契約書を渡し説明した。
「確かに武装翔空艇AN-1試作型九機を三ヶ月後に納入するという契約書です。契約書に不備はないようだ」
木崎長官が確認して仕舞った。防衛大臣の決裁をもらってからサインすることになるのだろう。
雅也が気になったことを尋ねた。
「最初の試作機は、どうされたのですか?」
「あれはパイロットの訓練用として使われています。それが終わったら、ペルシャ湾のバーレーンに派遣される護衛艦に搭載されることになっている」
「海賊対策ですか。大丈夫なんですかね?」
「旧型だが、空対艦ミサイルを装備した。海賊船程度なら大丈夫だ」
元々の搭載兵器が二三ミリのリボルバーカノンと空対空ミサイルだったので、ミサイルを空対艦ミサイルに替えたということなのだろう。
長官と別れ外に出た雅也と小雪は、近くの店で食事をすることにした。
「長官相手に説明するって、緊張しますね」
「緊張しているようには、見えなかったけど」
小雪は相当緊張したらしい。終わってホッとしたら、お腹が空いたという。ネットで店を探し、美味しいステーキとワインを出す店に入った。
「雅也さんと一緒に、こんな洒落た店に入るのは、初めてじゃないかな?」
「まあ、こんな店より居酒屋の方が落ち着くからな」
金持ちになっても庶民的な金銭感覚が抜けない雅也は、高級店に入ると少し居心地が悪い。
接客係が席に案内する。席に座ってオーダーを決めてから、話を始めた。
「そういえば、黒部さんが来た日の様子がおかしかったけど、何かあったの?」
雅也は一瞬暗い表情を浮かべてから、小雪に視線を向けた。
「そうだな。小雪さんには言っておくかな」
雅也は黒部から聞いた異世界のバディが死んだ真名能力者がどうなったか、という話をした。
話を聞いている途中から、小雪は唇を噛み締め思いつめたような顔をする。
「そんな……真名能力者となった以降の記憶をすべて忘れてしまうんですか。酷すぎる」
「真名術という便利な能力を得た代償、ということかもしれない」
「何か対策がないんですか?」
「真名と記憶については、諦めるしかない。……いや、一つだけ手があるかな」
小雪が身を乗り出した。
「どんな手です?」
「真名と記憶の間に、何か関連があるような気がするんだ。そこで、こちらの世界でもう一度『魔源素』か『魔勁素』の真名を得られれば、記憶も戻るかもしれない」
小雪が首を傾げた。雅也の説には、何の根拠もないように思えたからだ。それを雅也に伝える。
「分かっている。俺がそう思うのは、一つ理由があるんだ」
ドリーマーギルドの調査によると、真名能力者になった者は記憶力が高まったという統計結果があるのだ。雅也自身、元々記憶力は良かったので、特に何も感じていなかった。
だが、真名能力者の中には記憶が苦手な者もいた。それらの者たちは、真名能力者となった以降、妙に記憶力が強化されたらしいのだ。
それに加え、真名能力者でないクールドリーマーがバディを失った場合は、バディの記憶がゆっくりと消えて行き、自分自身の記憶は残るらしい。
「そうだとしても、どうやって真名を手に入れるんです。日本でそんなことができるのは、雅也さんだけなんですよ」
雅也はスライムを召喚する能力があり、それを使えば他の者に真名を手に入れさせることができた。しかし、その雅也が真名を失えば、スライム召喚もできない。
「スライム召喚で、金スライムを呼び出す。そして、誰かにスライム召喚の能力を手に入れてもらう」
「金スライムを召喚するなんて、できるんですか?」
「分からない。今までは漠然とイメージして、召喚を行っていたけど、金スライムをイメージして召喚すれば、成功するんじゃないか、と思っている」
小雪が頷いた。
「でもその前に、真名を得ることで、本当に記憶が戻るか確かめなければ、ダメだと思うんです」
「そうだな。台湾の元真名能力者を日本に呼ぶか」




