scene:168 ラング神聖国のボーンエッグ
マルコヴィチ国王が何かを思い出したような顔をする。そして、護衛兵に命じて白く小さな卵のようなものを持ってこさせた。
「これはラング神聖国の者から贈られたものだが、何か知っておるか?」
明らかにボーンエッグだった。外務卿がデニスの顔をチラリと見てから答える。
「ボーンエッグだと思いますが、調べてみないと確かなことは断言できません」
国王がボーンエッグを外務卿に渡すように命じた。護衛兵の一人がボーンエッグを外務卿に渡す。外務卿は困ったような顔をしてから、それをデニスへ手渡した。
「確認してくれ」
「分かりました」
デニスは卵を調べ、その大きさからスケルトンが残した未使用のボーンエッグだと見当をつけた。
「やはり、ボーンエッグだと思われます」
デニスが代表して答えると、マルコヴィチ国王がデニスへ視線を向けた。
「そのボーンエッグとは、どういうものなのだ?」
意外な言葉を聞いて、デニスは困惑した。
「ラング神聖国の者たちから、説明はなかったのでしょうか?」
質問に質問で返してしまったデニスを、外務卿がジロリと睨んだ。デニスは心の中で後悔しながら、国王の顔色を窺った。国王は気にしていないようだ。
「ない。贈り物の一つとして、宝石箱のような箱に入れられておった」
「ボーンエッグは、アンデッド系の魔物であるスケルトンを倒すと、残すことがあるドロップアイテムの一種でございます」
「ドロップアイテム? 武器を強化する効果でもあるのか?」
「そうではありません。ボーンエッグからはボーンサーヴァントが生まれるのです」
「ボーンサーヴァント?」
ラング神聖国は本当に何も説明しなかったようだ。なぜ説明もしなかったのだろう? バイサル王国がボーンサーヴァントに関する情報を持っているか、探ろうとしたのだろうか? デニスは頭の中で推理したが、答えは出なかった。
「陛下、私の荷物の中に自分が使用しているボーンエッグが入っておりますので、持ってきてもらってもよろしいでしょうか?」
城に入る時、謁見に不要な荷物は兵士に預けたのだ。
「いいだろう。持ってこい」
護衛兵の一人が謁見の間を出て、すぐに戻ってきた。どれがデニスの荷物か分からず、外務卿などの荷物も一緒に持ってきたようだ。
デニスは自分のウエストポーチからボーンエッグを取り出した。
「ボーンエッグには、いくつか種類がございます。私が持つものは一番数の多いものです」
デニスはボーンサーヴァントを披露するので、場所を空けてくれるように頼んだ。高位貴族たちが並んでいた場所を少し空けてもらい、ボーンエッグを投げ上げた。
「スケルボーン」
デニスのボーンワードを合図に、ボーンエッグがボーンサーヴァントへと変化する。
現れたボーンサーヴァントを見て、護衛兵たちが剣の柄に手を置いた。
「心配はございません。これは私が使役するボーンサーヴァントでございます」
バイサル王国の者たちが、突き刺すような視線をボーンサーヴァントに向けていた。
「挨拶をしなさい」
デニスの言葉で、ボーンサーヴァントが優雅にお辞儀をする。
「ほう、面白い。これがボーンサーヴァントというものなのか? しかし、なぜラング神聖国は説明をしなかったのだ?」
「私には分かりませんが、ラング神聖国の国内では一般的なものだったので、説明は不要だと思ったのかもしれません」
そんなことは絶対にないとデニス自身は思っていたが、国王の質問に答えた。それを聞いたエゴール王子が不機嫌な顔をする。
「ボーンサーヴァントは、貴国でも一般的なものなのか?」
「いえ、最近になって使い始めたものでございます。ラング神聖国は昔から召使い代わりに使っていたと、聞いております」
エゴール王子が身を乗り出した。
「召使い以外にも使えるものなのか?」
「他にも使えると思います。ただ、我が国では使い始めて半年ほどです。まだまだ研究が必要だと考えております」
デニスの答えを聞いて、エゴール王子が考える表情を見せた。国王は何度か頷きながら、質問をした。
「それで、ボーンエッグからボーンサーヴァントへ変化させるには、どうすれば良いのだ?」
「ラング神聖国から伝え聞いた話によりますと、『魔勁素』の真名の力をボーンエッグに注ぎ込み、合図となる言葉を決めれば良いということです」
当然ながら、『頑強』や『剛力』の真名の力を一緒に注ぎ込むめば、より使えるボーンサーヴァントになるという情報は教えなかった。そこは駆け引きである。
デニスはリターンワードを唱え、ボーンサーヴァントをボーンエッグに戻した。
「そのボーンサーヴァントは、誰にでも使えるものなのか?」
エゴール王子からの質問だった。デニスは否定し、『魔勁素』の真名の力を注いだ者しか命令者になれないと伝えた。
「陛下、試してみてもよろしいでしょうか?」
エゴール王子が国王の許可を得て、ボーンエッグに真名の力を注ぎボーンサーヴァントを誕生させた。
この件で、デニスたちはバイサル王国の王家、及び貴族たちの信用を得て、両国の貿易拡大は好意的に受け止められた。
ダメ押しとばかりに、外務卿が贈り物をすると言い出した。ラング神聖国が贈り物をしたと聞いて、ゼルマン王国から何もなしというのは、まずいと考えたようだ。
「デニス殿のベネショフ領では、発光迷石照明を製作しています。それを我が王家からの贈り物としたいと思っております。ただ照明は部屋に合ったものを贈らなければなりませんので、今回は設置したい三部屋を選んで頂き、その部屋に合った照明を次回の訪問の時にお渡しする予定です」
エゴール王子が眉間にシワを寄せた。
「発光迷石は、人が身に付けていなければ光らなかったはずだが」
「ベネショフ領の発光迷石照明は特別なものでして、命じるだけで良いのです」
ヨシフ侯爵が、その性能を証言してくれた。
国王が納得し、国王の執務室とエゴール王子の部屋、大会議室を選んだ。
謁見が終わり、デニスたちはヨシフ侯爵の屋敷に戻った。
「デニス殿、いきなり発光迷石照明の件を言い出したので、驚いただろう」
外務卿に声をかけられた。
「分かっています。ラング神聖国が王家に贈り物をしたと聞いて、何か贈らないわけにはいかなかったのでしょう」
「すまん、照明の代金は必ず支払うので、製作を頼む」
デニスは承諾した。
その後、デニスはバイサル王国の迷宮について調べた。結果、この国の迷宮は数が少ないことが判明した。全国で三つしかないのだ。
しかも、アンデッド系の魔物が出る迷宮は存在しないらしい。
「ラング神聖国の連中は、この国の迷宮を調査してから、贈り物にボーンエッグを選んだな」
スケルトンからボーンエッグを手に入れられなければ、ボーンサーヴァントを戦力化することはできない。単なる珍しい贈り物として扱うしかないのだ。
エゴール王子が火薬を開発したのも、迷宮が少ないことが関連しているのかもしれない。周辺諸国が真名能力者を大量に育て始めた場合を想定し、何らかの対抗手段が必要だと考えたのだろう。
バイサル王国の国力は確かなものだ。農地は肥沃で生産性は高い。おかげで貴族の収入は多く、豊かな生活を送っていた。ただバイサル王国の領土を狙う周辺諸国は多いようだ。
ヌオラ共和国も、その一つである。最近になって国境線付近の土地で、何度も小競り合いを起こしているらしい。
この国の辺境を治める貴族と中央地帯を治める貴族では、格差ができているようだ。辺境貴族は王家の支援を増やすように訴えていると聞いた。
「外から見れば、問題なさそうな国なんだが、内側には多くの問題を抱えているんだな」
クリュフバルド侯爵とデニスは、布製品と綿糸の市場を調査した。デニスたちが考えていた以上に、布や糸に対する需要が多いようだ。
特に布に対する需要は高く、綿織物の相場が高くなっている。
「この国では、綿糸より綿織物を輸出した方が良いかもしれませんね」
「ベネショフ領も綿織物の大量生産を始めるのかね」
そう言ったクリュフバルド侯爵の視線が鋭くなっている。
「クリュフ領は高級織物が多いようですから、ベネショフ領は安物の綿織物を産業の一つに加えるのは、どうかと考えたのです」
「ふむ、ムウロン領のような安い織物を産業に育てようというのか。ラオムウロン伯爵が良い顔をせんのではないかな」
「我が領の生産品は輸出専用とすれば、問題ないのでは?」
「面白いことを考える。それなら問題ないだろう。だが、ムウロン領と全く同じような製品を産物とするのは、伯爵が嫌がるだろう」
デニスが頷いた。
「そこは考えます」




