scene:163 ベネショフ領の仕事
ヘリコプターから爆弾を落とされたら、迎撃してやると言った雅也だったが、本気でそう思っていたわけではなかった。平和な日本で戦争みたいなことが起きるとは思っていなかったのだ。
意外なことに、ヘリコプターから爆弾ではなくドローンが放たれた。
「ドローン? マスコミの撮影用か」
雅也はドローンの正体を見極めようとした。
「あのドローンの動きはおかしいです」
仁木が声を上げた。ドローンは撮影するという感じではなく一直線にこちらに向かってくる。よく見るとドローンの下部に何かが吊り下げられていた。
黒部も異変を感じたようで、配置していた狙撃手にドローンを撃つように命じた。狙撃手が放った弾丸は、ドローンを外した。
その間にヘリコプターから二機目のドローンを放った。その直後、再度射撃した弾丸が、最初のドローンに命中した。
「うわっ!」
ドローンが爆発した。二機目のドローンも誘爆する。
ヘリコプターに乗っていたアーヴィングが舌打ちした。
「チッ、罠だったか。引き上げだ」
操縦士が頷いて、引き返そうとした。
地上で空を見上げていた雅也は、逃げようとしているヘリコプターを憤怒の思いで睨んでいた。今回のことは間違いなくテロである。あのヘリコプターに乗っている奴は、人として許されないことを実行したのだ。
雅也は何とか攻撃する方法はないか考えた。
雷撃球や爆砕球は届きそうにない。放出系真名術の射程が短いからだ。ただ射程を伸ばすということに関しては、最近考えていたアイデアがある。
デニスがワイバーンから手に入れた『爆噴』という真名を利用する、というアイデアだ。
『雷撃』と『爆噴』の真名を解放し、同時に発動した。この同時に発動というのが難しかった。ボーンサーヴァントを誕生させる時に、複数の真名の力を扱うということをやっていなかったら、失敗したかもしれない。
雅也の手の先に雷撃球が生まれ、それが消えた。『爆噴』の力により、音速を超えた速さで飛翔したのである。それは周囲に巻き散らかせた轟音と衝撃波で分かった。
上空でヘリコプターに雷撃球が命中した。単独の雷撃球で攻撃した時よりも、大きな火花が散る。そのヘリコプターは制御ができなくなったようで、不規則に回転しながら高度を落とし地面に墜落した。
その瞬間、爆発が起きてヘリコプターが炎に包まれた。その炎の中から一人の男が飛び出す。アーヴィングである。顔の半分が焼けただれたアーヴィングは、凄まじい形相で雅也に向かってきた。
アーヴィングが雅也を目掛けて爆炎球を放つ。その攻撃を雅也は横に跳んで躱した。次の瞬間、雅也たちを警護していた警官たちが反応した。
そして、一番最初に狙撃手がアーヴィングに向かって引き金を引いた。その弾丸は肩を狙ったものだったが、アーヴィングが動いたことで心臓を貫いた。
雅也は顔をしかめた。悪人であっても、人が死ぬ場面をみると気分が悪くなる。
警察はアーヴィングの仲間ではないかとチェガル会長を調べたが、決定的な証拠は見つからなかった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
王都からベネショフ領に戻ったデニスたちは、二日ほど休んでから仕事に戻った。デニスは造船所の拡張工事を命じると同時に、若い船大工見習いを大勢雇った。
ほとんどが一五歳前後の少年で、将来の造船所で中核の人材になるように教育するつもりだった。
ベネショフ領で一五〇人規模の騎兵部隊を養成しなければならない。国王の要望なので、優先順位は高い。
「ベネショフ領でライノサーヴァントの騎兵部隊を編成することを、陛下が望まれたのは、なぜだと思う?」
エグモントの質問に、デニスは陛下の言葉を思い出した。
「陛下は、東の隣国であるラング神聖国の動向に不安を持たれているようなんだ。そこで西の端にあるベネショフ領で騎兵部隊を、と考えられたのだと思う」
「ふむ、つまりラング神聖国との戦いになった時に備え、騎兵部隊を準備しておけということか?」
デニスは頷いた。
「しかも、ラング神聖国に気づかれることを恐れて、あの国から遠いベネショフ領を指定されたんだと思う」
エグモントが難しい顔をした。
「ボーンエッグは揃えられそうなのか?」
現在五〇個ほどのライノサーヴァントを所有しているので、予備も含めるとさらに一五〇個ほどを集める必要があるだろう。
ちなみに、五〇体のライノサーヴァントは、古参の兵士に配布して大斜面の工事に利用している。
「工事現場で、ライノサーヴァントを使うのはやめた方がいいだろうか?」
エグモントが、ラング神聖国に知られることを恐れて確認した。
「他領の者がいる現場でなければ、使っても構わないと思う」
大斜面の開発は他領にも知られているが、基礎工事の段階なので見物するような物好きはいない。だが、本格的な建設が始まると、そういう人間も出てくるだろう。
「牛に似せたカバーを被せて誤魔化すか?」
エグモントが面白いアイデアを出した。
「近付けば分かると思うけど、遠目からだと牛と間違えるかな。職人に注文しておくよ」
エグモントは従士イザークとゲレオンに兵士を連れて、ベラトル領のサキリ迷宮でボーンエッグを集めるように命じた。
デニスは紡績工場へ行き、生産量がどうなっているか調べた。工場の責任者であるヘルベルトに帳簿を見せるように指示した。
「へえー、三〇番手の糸の出荷が増えているな。これは王都からの注文なのか?」
ヘルベルトが頷いた。
「王都とムウロン領です。特にムウロン領の機織り工房からの注文が増えています」
ムウロン領は王都の東にあるラオムウロン伯爵家が支配する領地だ。ここは機織りが主力産業となっており、比較的安い織物を大量に生産している。
「材料の綿はどうだ?」
「ヌオラ共和国産のものが大量に入荷しています。直接ベネショフ領の港に入港しているので、輸送が楽になりました」
ヌオラ共和国産の綿を運んでいるのは、ゼルマン王国の貨物船である。ヌオラ共和国はゼルマン王国以上に造船技術が未熟であり、大型の貨物船が少なく輸送はゼルマン王国の貨物船が担っているのだ。
そのおかげだろうか、港の周辺に船乗り用の宿泊施設や食事や酒を提供する店が増えたようだ。ベネショフ領は段々と賑やかになっている。
ベネショフ領の紡績工場が、ゼルマン王国内総需要の二割に匹敵する量を生産にするようになったと確認できた。国内に供給する量を増やすことも可能である。だが、それも三割くらいまでにしておこうとデニスは考えていた。
雅也の世界で産業革命の時代に、『ラッダイト運動』と呼ばれるものが起きている。産業革命に伴う機械使用による失業を恐れる手工業者・労働者が起こした機械破壊運動である。
この国で、そういうことが必ず起こるとは言えないが、自領で糸を生産している領地貴族からは苦情が来るかもしれない。
「デニス様、生産量の調整を始めますか?」
ヘルベルトが尋ねた。デニスから三割までと聞いて、慎重になったようだ。
「いや、まだまだ増産してくれ。余った糸はバイサル王国へ売ろうと思っている」
ヘルベルトは目を見開き驚く。
「そう驚くな。ベネショフ領の発展のためには莫大な資金が必要なんだ」
子爵となるブリオネス家は常備兵力五〇〇の代わりに、一五〇の騎兵部隊と二〇〇の常備兵を揃えなければならない。
騎兵部隊の件がなかったとしたら、毎年金貨七〇〇〇枚以上が必要だっただろう。とはいえ、騎兵部隊と常備兵を揃える費用は莫大で、金貨五〇〇〇枚ほどが必要であり、紡績事業は拡大する必要があった。
ヘルベルトが何か思い出したような顔をする。
「デニス様、バイサル王国といえば、リリオラ磁器が有名です。リリオラ磁器を購入して、帰り荷としてはどうでしょう」
「いい考えだ。検討しよう」
留守をしていた間に溜まった仕事を片付け、デニスは屋敷の庭の一部に建てた温室に向かった。そこにはミトバル迷宮で手に入れたゴムの木を植えている。
温室の屋根は硬化樹脂で作られたアクリル板で覆われており、十分な太陽光が降り注いでいる。
「順調に根付いたようだな」
庭師が入ってきて、デニスに気づいた。
「デニス様、どうかされたのですか?」
「このゴムの木がちゃんと根付いたか、確認するために来ただけだ」
「ああ、その木は大丈夫ですよ」
「これがもう少し大きくなったら、挿し木で増やして欲しいんだ」
庭師が首を傾げた。
「それは構いませんが、その木の実は食べられるんですか?」
庭師がアメリアと同じようなことを言っている。
「いや、こいつの樹液が欲しい。大量に集められるようにしてくれ」
「畏まりました」
屋敷に戻ったデニスは、メイド頭のエルマからお茶を淹れてもらう。
「ありがとう」
そのお茶を飲みながら、雅也がヘリコプターを落とした時に使った真名術について考え始めた。




