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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第5章 群雄編
156/313

scene:155 国王の視察

 屋敷にいたデニスに、白鳥城から使いが来た。その使いから、国王がメルティナ号を視察することを希望されていると聞いた。


 国王の希望をデニスたち貴族が断ることには、正当な理由が必要である。面倒臭いからダメだというのは、理由にならないのだ。


 すぐさま、デニスとイザーク、それに数人の兵士がロウダル領の港に戻った。

「はあっ、やっと屋敷で一休みできると思ったのに……」

 デニスが愚痴ると、イザークは笑った。


「きっとクルト殿が、蒸気船と競争したことをヨアヒム将軍に話したんでしょう」

「まあ、メルティナ号は秘密でも何でもない。クルトに話すなとは、言っていなかったからな。クルトが将軍に話すことは想定していたことだ」


 ただこれほど早く国王の耳に入り、自らが見に来ると言い出すとは思っていなかった。軍務卿か誰かに調べさせると思っていた。


 メルティナ号に戻ったデニスたちを見て、ヴァルター船長たちが首を傾げた。

「デニス様、三日ほど王都で休養するという話ではなかったのですか?」

「陛下がメルティナ号の話を耳にして、視察したいとおっしゃられているのだ」


 ヴァルター船長が驚き慌てだし、乗組員に甲板や操舵室の掃除を命じる。

 デニスはロウダル領のホルスト男爵に国王が来訪されることを念のために伝えた。


 国王が護衛の兵士たちを引き連れ、ロウダル領に到着した。軍務卿と王家の造船技術者であるヴァルデマール技師が同道している。ヴァルデマール技師は自分が設計した船よりも高性能な船を田舎貴族が建造したと聞いて、そんなはずはないと考えていた。


 港でホルスト男爵とデニスが出迎えた。ロウダル領の領主として出迎えたホルスト男爵は、わざわざ国王自身が自領を来訪されたことに恐縮しているようだ。


 馬から降りた国王は、メルティナ号を見上げた。

「陛下、お越しいただき光栄に存じます」

「デニスよ。蒸気船と競争したと聞いたが、本当か?」

「はい、ベネショフ領からベラトル領へ向かう途中、ラング神聖国の蒸気船と遭遇し、期せずして競争となりました」


「ふむ、それで結果は、どうであった?」

「風の向きや強さによっては、メルティナ号が速い場合もあるようでございます。今回は一度蒸気船を追い抜いたのですが、風が弱まったので逆転されました」


 デニスは蒸気船の最大速度とメルティナ号の最大速度を報告した。

「風に関係なく、それだけの速度が出せる蒸気船は、脅威となる。そちはメルティナ号を武装して、ラング神聖国の武装蒸気船に対抗できると思うか?」


「特殊な状況でなければ、無理でございます」

「それは、どんな状況なのだ?」

「海が荒れ、外輪での推進力が使えない状況でございます」


 国王が溜息を吐いて、肩を落とす。

「それだけ荒れた海を航海できる帆船は、我が国でも少ないであろう」

 ゼルマン王国の造船技術は、周辺諸国の中で進んでいるとは言えない。


「陛下、発言をお許しください」

「ヴァルデマールか。許す、申してみよ」

「この帆船が、それほどの速度を出せるとは信じられません。ラング神聖国の蒸気船ならば、それも可能かもしれませんが、辺境にあるベネショフ領で、それだけの帆船を建造できるとは思えないのでございます」


 ヴァルデマール技師は、王国で一番の造船技師である自分が設計した帆船より速い船を、ベネショフ領で建造できるはずがないと思っているようだ。


 デニスも普通ならそうだろうと思う。学校も何もない辺境に、そんな知識と技術を持つ者が隠れ住んでいることなどないからだ。


 国王がメルティナ号に乗って、周辺の海を一周して欲しい、と言うので船内に案内した。この船はマストとマストの間に、船艙がある。その中が操舵室になっており、その四方には大きな窓が付いていた。


「この窓は?」

 国王は窓が気になったようだ。

「それは硬化樹脂で作った透明な板でございます。迷宮産のものを使いました」

「御前総会の報告書にあった岩山迷宮の産物だな。なるほど、ガラスの代わりになるのか」


 デニスは国王の顔を見た。これは硬化樹脂を他に活用できないか、と考えている顔だ。

「陛下、硬化樹脂は利用価値の高いものですが、希少なものです。本来ならガラスを使いたかったのですが、ベネショフ領では、生産していないものなので、この船には硬化樹脂の板、『アクリル板』と呼んでいるものを使ったのでございます」


「そうであったか。城で使っているガラスは、ダリウス領で作られたものだ。手に入らなかったのか?」

 デニスは顔をしかめそうになった。

「ダリウス領で作られている板ガラスは、大きなものだと高価なので使えなかったのでございます」


 デニスなら板ガラスを作ることなど可能だったのだが、それでは公爵家の収入源に手を出すことになる。ただでさえ公爵家とは険悪な状況になっているのだ。これ以上状況を悪化させたくなかった。


「デニス殿、一つ質問して良いかな?」

 突然、ヴァルデマール技師が問いかけた。

「ええ、どうぞ」

「この船は、細長い船体をしているが、これでは多くの荷物を積めないのではないか?」


 メルティナ号は同じ全長の他の船より、積載量は劣っている。高速であることを重視した設計であるからだが、一回の航海で運べる荷物は少なくなっても、航海の回数を増やすことで年単位で運べる量は同じになると、デニスは考えていた。


 そのことをヴァルデマール技師と国王に説明する。

「しかし、短期間に大量の荷物を運びたいという時も、あるのではないか?」

 国王が疑問を告げた。


「もちろん、そういう場合もございます。そういう場合が多い領地なら、同じ船形で大型の船を建造すれば良いだけです。……現在のベネショフ領では、これくらいの大きさで十分なのでございます」

「なるほど、納得した」


 船長が出港の用意ができたというので、港を出て沖に向かう。沖合の風は、それほど強くはない。それでもメルティナ号の帆は膨らみ、かなりの速度を出し始めた。


 この時代の速度計測は、定間隔で結び目を作ったロープを海に流し一定時間で何個の結び目まで流れたかで速度を計測した。


 乗組員の一人が速度を計測し船長に報告する。それは王国の通常帆船が出す速度の二倍だった。

「……信じられん」

 ヴァルデマール技師は、自分で速度を測り事実だと確認した。


 国王が興奮した顔をしているヴァルデマール技師に確かめた。

「間違いなく、二倍ほど速い結果が出ております」

「素晴らしい船である。ベネショフ領は優秀な造船技師を見出したようだのー」


 軍務卿がデニスに顔を向ける。

「武装がないようだが、この船を武装しようとは思わなかったのかね?」

 近海には海賊がいる。小型商船を狙って襲う奴らなのだが、それに備えて武装する商船が多いのだ。


「この船には、放出系真名術を使う兵士が乗り込んでいます。武装は彼らに任せているのです。しかし、将来的には武装することも考えております」


 軍務卿が興味を持った。

「その放出系真名術というのは、『爆炎』などの真名術なのかね?」

 貴族が別領地の兵士の持つ真名を訊くのは、マナー違反になる。だが、例外がある。国王と国の軍事を統括する軍務卿である。


「『爆裂』です。ベネショフ領では、対魔物用の真名術を重要視していますので」

 軍事面では『爆裂』などより『爆炎』などの真名術を重視している。多数の敵兵に火傷を負わせ、海戦においては敵船を燃やす効果があるからだ。


 デニスは海賊対策なら真名術も有効だが、本格的な海戦には真名術は役に立たないのではないかと思っている。真名術の射程が短いせいだ。


 国王がデニスの答えを聞いて、気になった点を尋ねた。

「将来は、武装するというが、どのような武器で武装しようと考えておるのだ?」

「火矢も使えるバリスタを考えております」


 弩砲とも呼ばれるバリスタは、最大射程四〇〇メートルを超えるものがある。そのバリスタに焼夷弾のようなものを付け飛ばす武器をデニスは考えていた。


 国王と軍務卿が話し合い、ある決定をした。

 ベネショフ領に、武装することを前提にしたメルティナ号と同じ性能の帆船二隻を注文する決定だった。デニスは心の中で、『お客様は神様です』と感謝した。


 これでベネショフ領の造船事業を育てることができる。



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イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[一言] 現代日本からどの様な技術書だろうとも秘密裏に持ち込む手段をデニスは確立済みだから 少なくともデニスが引退する頃迄は王国内の技術水準に凌駕される可能性は低いんだよな。
[一言] 同じような船を作って国内で真似される事を危惧するよりも、自分の所以外での予算がついて船を作成する技師を育てる方が大事なんですよね。 ジャンプでやってる石博士では設計図を見ただけで完璧に仕上…
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 神様の中には厄病神や貧乏神もいます(爆笑)。 何より、この神様(笑)に対して粗相があると目に見える形で祟りがあります。最悪は物理的にクビとなったり。
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