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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第5章 群雄編
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scene:149 世界頂天グランプリ

 世界各地で開催された格闘技大会で、真名能力者の優勝が多くなった。それまでは真名能力者が格闘技大会に出場することはほとんどなかったのだが、真名能力者を集めた格闘技大会である世界頂天グランプリが発表されたのを機に続々と出場するようになったようだ。


 このことで真名能力者を格闘技大会から排除する動きが出てきた。これは仕方のないことなのだろう。

 一方、注目を集めた世界頂天グランプリへの出場希望者が次々に名乗り出た。真名能力者の中で格闘技をしている者は多いらしい。


 日本では斎藤の他に、獅子王龍馬が出場すると名乗り出た。獅子王は、特殊人材対策本部の京極審議官が贔屓ひいきにしている真名能力者である。


 京極審議官は、アメリカで開発された治癒の指輪に関する極秘情報を手に入れ、日本で治癒の指輪を製作しようと画策している男である。それには『転換』という真名が必要だと雅也も聞いたのだが、デニスに調べてもらっても詳しいことは分からなかった。


 世界頂天グランプリの出場を決めた斎藤は、毎日宮坂道場で練習するようになった。雅也も夕方から参加する。最近仕事が忙しくて修業を怠けていたので、鍛え直すにはちょうど良かった。


 雅也の足が道場の床を蹴る。高速で宙を飛んだ雅也は、着地すると同時に中段突きを放った。斎藤が迫ってくる拳を受け流し、カウンターの膝蹴りを放つ。


 その膝蹴りを片手で払った雅也は、回し蹴りを繰り出す。

 それらの攻防が高速で繰り広げられた。どれほど速いかというと、普通の人間なら動きを目で追えないほどであり、地稽古の様子を見守っている宮坂師範でも繰り出される技を確認するのに苦労するほどだ。


「凄まじいな。真名術というのは」

 人間離れした動きで戦いを続けている二人を見ながら、宮坂師範は真名能力者同士の試合がどのようなものになるか興味を持った。


「すみません」

 玄関の方で声がした。宮坂師範は地稽古をやめさせ、玄関へ顔を出した。そこには右手を骨折でもしたのか、ギプス包帯で固めた三谷という青年の姿があった。

「君は、空手家の三谷君だったね」


「はい。その節は、お世話になりました」

「どうして、ここに?」

「ここに斎藤がいると聞いたのですが」

 三谷は斎藤に会うために来たらしい。


「彼女は稽古中だ。上がりなさい」

 三谷は道場に上がり、斎藤を見つけた。道場の端で正座している。

「斎藤、久しぶりだな」

「三谷さん、どうしたんですか?」


「試合で怪我をしたんだ。それより、君が世界頂天グランプリに出場すると聞いて、止めに来たんだ」

「止めに……なぜです?」

 三谷が通う道場に獅子王が腕試しだと言って現れ、セルゲイと戦った三谷を指名して試合をしたからだという。


「何もできないうちに、右腕を折られた。奴は化け物だ」

 斎藤が苦笑いをする。三谷の言い方からすると、彼女も化け物の一人であるからだ。


「心配は無用です。私も真名能力者なんですよ」

「でも、同じ道場で稽古したことがある。君は確かに強かったが、獅子王と比べたら……」


 宮坂師範が笑った。

「三谷君、君は何も分かっていないね」

 そう言われた三谷の顔が険しいものになった。

「どういうことでしょう?」

「君がそう思ったのは、彼女が真名術を稽古で使わなかったからだ」


 三谷が納得できないという顔をした。それを見た宮坂師範は、実際に見学させなければ納得しないと思った。

「納得しておらんようだね。実際に彼女が真名術を使っているところを見るかね」


 三谷が頷いた。

「中断した地稽古を再開する」

 雅也と斎藤が立ち上がり、道場の中央へと進み出る。


 三谷は宮坂師範の隣に立ち話しかけた。

「斎藤の相手をしているお弟子さんも、真名能力者なのですか?」

「そうだ。真名能力者としては聖谷君の方が上だ」


 三谷は雅也の方に視線を向けた。

 その瞬間、二人が動き始めた。斎藤のローキックを雅也が左足に力を込めて前に出て受け止める。道場の床がミシッと音を立てた。ローキックの威力が床に伝わり、床が悲鳴を上げたのだ。


 雅也の正拳突きが繰り出される。それを避けてカウンターを繰り出す斎藤。その動きが加速する。

「おおっ」

 三谷が呻くような声を上げた。攻防のスピードに驚いているらしい。だが、これは序の口だった。二人の攻防はもう一段スピードを上げた。


 空手家である三谷の目でも追うのが難しくなる。そして、雅也の回し蹴りが斎藤の頭に叩き込まれた。斎藤の身体が宙を舞う。四メートルほど飛んで、道場の壁に激突し床に落ちた。


「斎藤!」

 三谷が駆け寄ろうとした。それを宮坂師範が止める。

「なぜです?」

「見てみなさい」

 斎藤が平気な顔で立ち上がり、雅也に向かって行く。


「なぜ平気な顔で耐えられるのです?」

「真名術には、防御用の術もあるのだ。聖谷君などは、トラックと正面衝突しても、怪我一つなしで立ち上がってくるだろう。ゾンビみたいに丈夫だぞ」


 これには雅也も黙ってはいられなかった。

「師範、ゾンビはないですよ。それにトラックに撥ねられれば、ちょっと痛いです」

 痛いで済むだけという点で、三谷にとっては化け物だった。


 いくつかのフェイントを挟んで、斎藤の中段回し蹴りが雅也の脇腹目掛けて放たれた。雅也は腕でガードしたが、強力なパワーで身体が弾かれる。雅也の体勢が崩れた隙に、踏み込んだ斎藤がかぎ突きを繰り出した。

 その突きが雅也の身体に打ち込まれる。


「その調子だ。攻撃に変化をつけろ」

 宮坂師範の声が飛ぶ。その後も激しい攻防が続き、地稽古の最後になって宮坂師範の指示が飛んだ。

「聖谷君、ラストだ。本気を出せ」


 三谷はギョッとした。雅也はとっくに本気を出していると思っていたのだ。

 次の瞬間、雅也のスピードが上がった。斎藤が防戦一方となり、壁際に追い詰められた。

「そこまで!」


 宮坂師範の声で地稽古が終わった。見守っていた三谷の額に汗が浮かんでいる。

「最後に見せた彼の動きは?」

「聖谷君は、彼女より強力な真名を所有しているのだ」

「だったら、彼がグランプリに出るべきじゃないのか?」


 宮坂師範は雅也が普通に会社勤めをしており、グランプリに出て名前を売る必要はないからだと答えた。

「惜しいですね。聖谷さんなら優勝できるんじゃないですか?」

 獅子王の動きと比べても、雅也が上だと感じたようだ。だが、雅也に出場する意志はなかった。雅也自身は世界最強の称号にそれほど興味がない。


 三谷は斎藤への認識を改めた。グランプリに出るだけの実力を持っていると認めたのだ。

「そういえば、三谷さんは獅子王と試合をしたんですよね。彼の武術の技量はどうです?」

 雅也が尋ねた。斎藤の対戦相手になるかもしれないので気になったのだ。


「彼は日本拳法を習っているようです」

 日本拳法は投げや関節技もある実戦的な拳法だ。自衛隊が使う格闘技は、日本拳法が基になっていると聞いた覚えがある。


 翌日、雅也が仕事をしていると、特殊人材対策本部の黒部から連絡があった。近くの喫茶店で会うことになり、雅也は昼少し前に出かけた。


「最近、連絡がなかったのに、珍しいじゃないか」

「聖谷さんは大企業の取締役ですからね。忙しいだろうと遠慮していたんですよ」


 雅也は苦笑した。黒部が遠慮するような人間でないと知っているからだ。

「それで用件というのは?」

「以前に、『転換』の真名についての情報があれば教えて欲しい、と言っていたじゃないですか」


 雅也は黒部の顔を値踏みするように観察した。

「ただでは教えてくれないんでしょ。交換条件は何です?」

「魔源素結晶が欲しいのです。それも通常より大きいものが」


「大きい魔源素結晶? どうして、そんなものを?」

「京極審議官が、アメリカのものより大きな『治癒の指輪』を作ると言い出したんです」

「大きくしても効力は、変わりませんよ」


「いえ、効力ではなく。それをエネルギー源にして、使える回数を増やしたいという話です」

 アメリカ製の治癒の指輪は、治癒迷石とエネルギー源の魔源素結晶が対になっている。そのエネルギー源の方を大きくして使用回数を増やしセールスポイントにするそうだ。


 雅也にとって難しいことではないので引き受けた。どうやら日本の真名能力者の中で、雅也と斎藤、小雪の他に『結晶化』の真名を持つ者はいないらしい。


「それで『転換』の真名は?」

 雅也は『転換』についての情報を求めた。


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【書籍化報告】

カクヨム連載中の『生活魔法使いの下剋上』が書籍販売中です

イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく読ませていただいております。 [気になる点] 三谷は前話の最後の方でセルゲイ相手に腕を骨折して負けていますが、その状態で獅子王と試合した? もしくは前話の骨折が間違いでしょうか…
[気になる点] 三谷の怪我は治してあげないの? 身内じゃないとダメなのか
[一言] 地球で真名能力使って格闘技大会に出て、いい成績残す意味があるのかってことですよね。 本人の自己顕示欲以外には、バックにいる国家の威信を示す意味かな。 いずれにしろ、主人公や大多数の真名能力者…
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