scene:14 王の御前で
武器を買って店を出たデニスは、古着屋に向かった。アメリアへのお土産を買うためである。新品の反物を買うには、資金が足りないので古着で勘弁してもらうつもりだ。
この国の衣料は高価である。麻織物・綿織物・毛織物・絹織物と同じような種類の布があり、この順番で高価になっていく。絹織物の反物になると金貨五枚は用意しないと買えないほどだ。
古着でも絹織物で作られた物は高く、金貨一、二枚もする。古着屋に入ったデニスは、絹織物の服と綿織物の中から良さそうなものを探した。
光沢のあるダークレッドのドレスと緑色のコートを買った。どちらも使っている生地は上等な絹織物だが、デザインが流行遅れとなっているものだ。
アメリアの服は仕立て直すつもりなので、デザインよりも使っている生地の質と面積で決めた。ただ全部で金貨二枚と大銀貨三枚を支払うことになり、デニスの巾着袋が風で揺れるほど軽くなる。
少しぶらぶらと見物して宿に戻ると、エグモントが戻っていた。
「どこに行っていたのだ?」
「アメリアへのお土産を買いに、ちょっと街へ」
「そうか……明日なのだが、お前と一緒に城へ行くことになった」
デニスはいきなり城と言われ戸惑った。
「どうして、僕が城へ?」
「ゲラルトが、婿養子となることが正式に決まった」
「そんな……我が準男爵家の後継者はどうするんです?」
エグモントがデニスに視線を向けた。
「お前しかおらんだろう」
「でも、貴族の当主になるための教育なんて受けてない」
貴族は一二歳まで故郷で暮らし、その後王都の学校で貴族としての教育を受けることになっている。四年間学んだ貴族の子弟は、卒業して故郷に帰るか、王都で官職に就くことになる。
「貴族の当主として、どうしても必要な学問は、礼法儀典と領地経営学、戦場規範だけだ。私が生きているうちに学べばいい」
デニスとしては、借金だらけの領地など欲しくなかった。拒否すれば、アメリアに婿をとって領地を継がせることになる。それも可哀想だ。
デニスは仕方ないという感じで承諾した。城の件は、それに関係している。貴族の後継者は、国王の前で後継者としての誓いを立てなければならないらしい。
ゲラルトも誓いを立てていたらしいが、正式に手続きを行うことでなかったことにした。こういうことは、珍しくないようだ。死亡率が高い世界では、後継者が亡くなることや何らかの理由で後を継げなくなることは多い。
デニスは国王の前でも恥ずかしくない服など持っていない。そこで、ゲラルトが借りてきた服で登城することになった。
城では、国王マンフレート三世が、バルナバス秘書官に午後からの予定を聞いていた。マンフレート王は、四五歳。精力的な人物でガッシリした体格と鋭い頭脳を持つ王である。
「『後継者の誓いの儀』が、二件ございます。その後、クラウス内務卿との会談が予定されております」
「ふむ。後継者はどこの者だ?」
「クム領のエッカルト様とベネショフ領のデニス様でございます」
国王はベネショフ領という場所が思い出せなかった。その顔から、察した秘書官が、
「ベネショフ領は西の外れ、辺境にある準男爵の領地でございます」
「なるほど。注目すべきは、クム領の次期当主か。どんな人物なのだ?」
「王立ゼルマン学院を次席で卒業し、クルツ細剣術の四天王の一人であると聞いております」
「ほう、四天王か。現当主のテオバルト侯爵はハルトマン剛剣術の使い手と聞いておったが、息子はクルツ細剣術を選んだか。細剣術が盛んであるようだな」
「力強い剣より、速い剣が持て囃されているようでございます」
「ならば、ベネショフの後継者は、どうだ?」
「デニス様に関しては、あまり情報がありません。ですが、王都へ参る途上、四人の野盗を返り討ちにしたと報告が上がっております」
「ほう、こちらは実戦派か。流派は何だ?」
バルナバス秘書官は淡々と事実を述べた。
「我流だそうでございます」
「ん。王都で学んだのではないのか?」
「デニス様はベネショフ領を今回初めて出たそうです。ちゃんとした教育を受けておられぬようでございます」
マンフレート王の顔が曇った。
「なぜ、そんな者が後継者に選ばれたのだ?」
「長男のゲラルト様が、グラッツェル家に婿入りされるからだと聞いております」
「可哀想に……準備もできておらぬうちに後継者に選ばれたか」
午後になり、『後継者の誓いの儀』が始まった。謁見の間には、エッカルトの親族とデニスの父親と兄が参列し、見守っている。
デニスは緊張した表情をして謁見の間で片膝を突いていた。王座に座っている王から、プレッシャーを感じて反射的に視線を上げようとした。
だが、ここが謁見の間だと思い出し、ジッと耐える。そうしていると、頭上から低い声が聞こえてきた。
「面を上げよ」
デニスが顔を上げると、国王の威厳ある姿が目の前にあった。これが数年前だったら、国王の威厳とか、神聖な雰囲気を感じて何も考えられなくなったかもしれない。
だが、今は雅也の知識がある。手の込んだ刺繍がふんだんに使われている衣装や丁寧に整えられた髭が、王の威厳を演出しているのが分かった。
誓いの儀が始まった。
「エッカルト・ディン・クムファリス、領地を受け継ぎ、その繁栄に全力を注ぐことを、誓うか」
「創世神の御名にかけて、祖先が守りし領地を受け継ぎ、繁栄に導くことを誓います」
神聖な雰囲気の中、誓いの儀が続けられ、デニスも誓いの言葉を述べた。誓の儀が終わった後、マンフレート王が二人に話しかけた。
「そちたちは、これから実際の領地経営を学ぶことになる。そして、自分の長所を生かし、領地を繁栄に導くのだ。そこで問う。そちたちの長所とは何だ?」
マンフレート王がエッカルトに視線を向け、答えを促した。
「……私が得意なものは剣です。その剣により兵士を精強な兵に鍛え、領地の治安維持に力を尽くしたいと思っております」
次はデニスの番である。
「私の長所は、特にありません。ただ我が領地には小さな迷宮があります。今は迷宮に潜り、何か役に立たないか調べているところでございます」
「長所は特にないか……謙遜を申すな。野盗四人を返り討ちにしたと聞いておる」
マンフレート王は少し雑談をした後、デニスに剣術について尋ねた。
「我流の剣だと聞いたが、どのような剣術なのだ?」
「我流ではありません。偶然にも剣の達人と出会い、習い覚えたものでございます」
我流と言い切るのは簡単だが、宮坂流は長い年月により洗練された剣術の真髄を含んでいる。それを自分で考え出したことになり、必然天才だと思われてしまう。
「ほう、何という流派なのだ?」
「ミヤサカ流でございます」
「奇妙な名前であるな。その達人は異国の者なのか?」
「そうだと思います」
「見たいな」
王の言葉に、エッカルトが反応した。
「ならば、私が相手を務めましょう」
デニスは余計なことを、と思ったが、周りの者たちが面白がり始めた。この世界は娯楽が少なく、こういう機会を逃さないのが貴族という存在だった。
貴族には、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・準男爵・士爵という爵位がある。最後の士爵だけが一代だけの爵位で、官職に就いた平民が叙爵される爵位だ。
マンフレート王を先頭に訓練場へ移動した。デニスとエッカルトが前に進み出る。エッカルトは同年代の少年だ。体格はエッカルトの方が上で、鍛えられた身体である。
二人は木剣を持って対峙した。こうして対峙して分かった。剣の腕はエッカルトが上だ。当然だろう。エッカルトは幼少の頃より剣の技術を磨いてきたのだ。
とはいえ、デニスに勝機がないわけではなかった。エッカルトは宮坂流の上段からの袈裟懸けが、どれほど速いかを知らない。
デニスの上段から打ち下ろす剣は、尋常でない速さを持っていた。宮坂流の練習を始めてから間もないというのに、異常なほどである。
その原因は、雅也の存在ではないかと思える。二人分の思考力・意識が技を理解し取得する時間を、早めたのではないだろうか。
見物人の中で、テオバルト侯爵とその弟が会話していた。
「兄上、絶好の機会ですな」
「何がだ?」
「エッカルトの腕前を、世間に知らしめる機会ですよ」
「馬鹿な。これはデニスという若者が使う剣を確かめるためのものだ」
そう言いながらも、侯爵は嬉しそうに息子を見詰めていた。それは息子が勝利することを確信している目だ。
「相手は、四天王の一人に選ばれたエッカルトですぞ。あの田舎者が、その剣術を披露する暇などありませんよ」
「そうかもしれんが、エッカルトの奴がやりすぎる恐れがある」
一方、エグモントとゲラルトは心配そうな顔でデニスを見守っていた。
「父上、デニスの剣はどれほどです?」
「あの歳を考えれば、素晴らしい。だが、相手はクルツ細剣術の四天王だ。無様な負け方をしないことを祈るだけだ」
審判は王自身が務めるようだ。
「これは剣術の技量を見るものだ。真名術を使ってはならんぞ」
王の合図で始まった。デニスは木剣を上段に構えエッカルトを見据える。全身でエッカルトの動きを感じようと集中した。
エッカルトは負けるとは思っていなかった。クルツ細剣術の道場では、四天王と呼ばれるほど鍛えた技量なのだ。だが、相手の構えを見て不安が芽生える。
それは胴をがら空きにした構えであるのだが、わざと誘っているようにも見える。エッカルトの心に迷いが生じた。その迷いに気付いた父親のテオバルト侯爵が、
「何を迷っているのだ」
その声に弾かれたように、エッカルトが動いた。胴への攻撃は罠だと判断し、上段に構える腕を狙って木剣を振るった。
エッカルトの剣も迅速な剣だ。風を切って木剣がデニスの腕に向かって伸びる。
デニスの木剣が、エッカルトの剣を上回る速度で振り下ろされた。空中で交差する木剣。デニスの木剣が威力において勝り、エッカルトの木剣を弾き飛ばした。
見物していた人々は、まさかエッカルトが負けるとは思っていなかった。唖然とした顔をする人々。その中にはエグモントとゲラルトの顔もある。
マンフレート王も驚きを隠せず、
「四天王と呼ばれるほどの若者を……ミヤサカ流、侮れんな」
その声を聞いたバルナバス秘書官が、
「ベネショフ領は、良き後継者を得たようでございますな」
マンフレート王が静かに頷いた。




