scene:148 空手大会
デニスがライノサーヴァントを利用し始めた頃、雅也は仕事の山場を越えてホッとしていた。
そこに防衛装備庁の木崎長官から連絡が来た。会って話がしたいというのだ。
「何だろう? 防衛装備庁だから、武装翔空艇かステルス型攻撃翔空機の件だと思うけど」
航空装備研究所で会うことになったので、雅也は車で向かった。すぐさま動いたのは、後になると別の仕事が発生するかもしれないからだ。
航空装備研究所では、木崎長官と装備官の永野が待っていた。
「わざわざすみません」
会議室で挨拶を交わし、永野が用件を切り出した。
「ニュースが流れているので、知っておられると思いますが、中東の海で日本のタンカーが襲われる事案が起きました」
雅也は頷いた。ニュースで見たのだが、乗組員に死傷者が出たようで大問題になっている。その海域では海賊などによるタンカーへの攻撃が、過去に何度も繰り返されている。
その度に国際問題となり、アメリカ海軍を始めとする各国の軍が派遣されていることになる。さらに海賊の被害が出るようなら、自衛隊が派遣されることになるかもしれない。
「問題は、タンカーを攻撃した海賊が武装ヘリを持っていたことです。そのことを重視したアメリカ軍や欧州各国軍は、強襲揚陸艦や武装ヘリを搭載した駆逐艦を派遣するべきだという話が出ています」
海自も武装ヘリを搭載した護衛艦を派遣したいと考えたが、海上自衛隊が保有するヘリコプターの中に、海賊の武装ヘリに対抗できるものがないという。
「そこで、マナテクノで開発している武装翔空艇は、どうかという話になった」
雅也は難しい顔をする。武装翔空艇は開発中であり、試作機でさえ完成していないのだ。そのことを指摘すると、木崎長官が承知していると言う。
「武装翔空艇は、近々最終的な運用テストを行う予定だと聞いている。そのテストに護衛艦で運用する場合のテストを追加して欲しい」
「良かった。中東に派遣する護衛艦のために、武装翔空艇の試作機を貸せと、言われるのかと心配しました」
「海自も、そんな無理は言わんよ。将来に備えて、武装翔空艇の性能を確認したいそうだ。満足できる性能なら、大量発注するかもしれませんぞ」
そのテストを追加するだけで注文がもらえるのなら、マナテクノにとっても利益になる。雅也は喜んで同意した。
テストが始まり、海自の協力もあって順調に進んだ。不具合や問題点が多数出たが、解決可能なものばかりだった。
武装翔空艇の機動性は、目を見張るものがあった。それは武装翔空艇に組み込まれた四基の推力偏向型動真力エンジンのおかげである。
小型高出力で推力の向きを自由に制御できるエンジンが、素晴らしい性能を発揮したようだ。
搭載兵器である二三ミリのリボルバーカノンや空対空ミサイルの威力も満足できるものだった。操縦システムにはいくつかの不具合があったが、些細なものだ。
テストが終わり、不具合のあった箇所の改修作業が始まる。その改修が正しかったのかどうかの確認テストも続けられ、試作機の完成が近付いた。
重要だと思われる優先順位の高い不具合は、すべて修正された。
軍事関係の雑誌で、武装翔空艇が取り上げられることが多くなった。しかし、その評価は相変わらず低い。エンジン以外は新しい技術を取り入れていないから、というのが理由である。
武装翔空艇に関する技術情報は雅也が管理している。そのことが外部に漏れたらしく、雅也は急にモテるようになった。最初はモテ期到来かと喜んだのだが、すべてハニートラップだと分かった。
ハニートラップに気づいたのは小雪である。仕事の帰りに中村主任、それに小雪と一緒に食事に行った時、雅也の前に絶世の美女が現れた。
さりげなく雅也に近付いた三島麗という女は、小雪の勘に引っかかるものがあったらしい。冬彦に頼んで身元調査をすると、実際には存在しない人物だった。
その時から、会社方針として雅也に近付く女性を身元調査するようになり、すべてが身元が怪しい人物と分かった。雅也としては、ちょっとしたショックである。
気落ちした雅也を見て、小雪が気分転換に休むことを提案した。
「三日ほど休暇をとって、旅行にでも行ったらどうです」
「そうだな。そうするか」
雅也は休暇を取り、どこに行くか考えた。
「そうだ、北海道に行こう」
季節は夏なので、涼しい土地へ行きたくなったのだ。
飛行機で札幌に飛んだ雅也は、元が建築家なので北海道庁旧本庁舎や札幌市時計台、藻岩山などを観光した。時間が余ったので、札幌の街をぶらぶらしていると、意外な人物と遭遇する。
「あれっ、斎藤さん……」
「聖谷先輩じゃないですか。どうして北海道に?」
女性空手家で宮坂流の門下生でもある斎藤だった。この女性はベネショフ領で探索者をしているリーゼルのバディでもある。
「俺は休暇で観光に来てるんだ。君は?」
「北海道で空手の大会が開催されるので、見学に来たんです」
「相変わらず武道一筋だな。少しはアイドルのコンサートでも見る余裕があってもいいんじゃないか」
斎藤が苦笑した。
「アイドルなんて、とうの昔に卒業しました」
女性空手家の歳は三〇歳前後だろう。子供たちに空手を教える道場を開くのが夢だと言っていた。
「そうか。それで空手大会に誰が出場しているんだ?」
「宮坂道場にも来たことがある三谷さんですよ」
「ああ、彼か。空手が最強だと言っていた奴だな」
三谷は招待選手として、その大会に出場するらしい。
「そうだ、向こうではデニスがリーゼルに手伝ってもらっているから、道場を開く資金を出そうか?」
斎藤は首を振った。
「リーゼルと私は、別の人間です。気持ちだけで十分です」
「それじゃあ、報酬を弾むから、今度仕事を頼むよ」
斎藤は首を傾げてから、思い出したように頷いた。
「そうでした。聖谷先輩はマナテクノの重役でしたね。会社関係の仕事ですか?」
「ああ、うちの会社で微小魔勁素結晶を必要としている研究部署があるんだが、作れる要員が一人だけしかいないんだ」
リーゼルは微小魔勁素結晶を作製するのに必要な『結晶化』の真名を持っていたはずなので、バディである斎藤も持っているはずだ。
斎藤は承知した。
「ところで、聖谷先輩も空手の大会を見に行きませんか?」
「暇だから、行くか」
雅也は空手の大会を見に行くことにした。大会は札幌市内にある某文化センターで開催されるらしい。
到着した時には、二回戦が終わり三回戦が始まっていた。
三回戦が始まってすぐに、会場が異様な雰囲気に包まれた。重い空気に包まれた試合場に白人の男性が現れる。その腰に巻いている帯は白だ。
雅也は首を捻った。
「三回戦だろ。この大会は、レベルが低いのか?」
「いいえ、北海道でも一、二を争う大会です」
斎藤はそう言うが、それなら白帯が三回戦まで進んだというのは、なぜだという話になる。
白人はセルゲイ・ウスチコフというロシアの格闘家らしい。試合場に対戦相手の選手が現れる。こちらは四段の黒帯だった。この情報は隣の席に座った格闘マニアの青年から聞いた。
試合が始まり、雅也は不機嫌な顔になる。セルゲイは明らかに人間離れしたスピードとパワーを発揮していた。
「あいつ、真名能力者じゃないのか?」
「そうみたいです。変な動きで速いですね」
雅也はあの動きに見覚えがあった。デニスの国の武闘祭でああいう動きをする者がいるのだ。あれは『剛力』と『敏速』の真名を持つ者が見せる動きである。
セルゲイは黒帯を相手に終始優勢に戦っている。一本を取れるチャンスが何度もあったのだが、セルゲイはいたぶるように相手を追い詰めていた。
最後には息の上がった相手に強烈な中段突きを放った。相手は宙を飛び試合場を転がり、雅也の足元まで来てぐったりと横たわった。その選手は苦しげなうめき声を出してから吐血した。
会場が重苦しい雰囲気に支配された。
内臓を傷つけたようだ。雅也は緊急事態と判断して『治癒』の真名を解放し、真名術で治療した。苦しそうに顔を歪めていた選手が、元の表情に戻る。
スタッフが担架を持ってきて、その選手を運んでいった。
視線を感じて試合場を見ると、セルゲイが雅也を睨んでいる。雅也が真名術を使ったことに気づいたようだ。
決勝はセルゲイと三谷の対戦となり、激しい戦いとなった。三谷はセルゲイのスピード攻撃を卓越した技術で捌いていたが、体力が続かなかった。
結局、暴風のようなセルゲイの攻撃を捌ききれなくなった三谷が、中段回し蹴りを胴に決められ敗退した。観衆は失望のブーイングを上げた。これまでの試合でセルゲイが真名能力者だと判明していたからだ。観衆は真名術を使うことを卑怯だと思ったようだ。
勝利宣言したセルゲイは、一人の男を呼び寄せた。その男は大物プロモーターだという。そのプロモーターから発表されたのが、真名能力者の格闘家を集めた格闘技大会の開催だった。
「私、出てみようかな」
斎藤が呟いた。雅也は驚いて彼女の顔を見た。
「本気か。危険だぞ」
「聖谷先輩との稽古と同じでしょ」
雅也が宮坂道場へ行くと、斎藤の相手をさせられることが多くなっている。真名術を使った状態での相手は、雅也しかできないからだ。
雅也は苦笑して、協力することを約束した。




