scene:147 マーゴのボーンサーヴァント
ブルクハルトたちは、エグモントが用意した宿泊施設で生活することになった。その宿泊施設はベネショフ領に訪れる貴族たちのために用意されたものである。
ベネショフ領が発展すると、見学に訪れる貴族が増えた。最初は領主屋敷に泊まってもらっていたが、一度に訪れる人数が増えたので、貴族用の宿泊施設を建てたのだ。
高位貴族は護衛の兵士一〇人程度を連れて来訪することが多い。あまり護衛の数を増やすと、相手を信頼していないと思われるので、高位貴族であっても総勢一五人程度になる。
ベネショフ領で用意した宿泊施設は、一五人用宿泊施設が二棟、それに五人程度が宿泊できる建物が三棟だ。その五人用宿泊施設にブルクハルトたちが宿泊できるように、デニスが手配したのだ。
ただ迷石ラジオの検閲は長期間になりそうなので、専用の宿泊施設兼仕事場を建設することになっていた。これは王国が予算を出すとベネショフ側は聞いている。
王都からの客人たちは一番に迷石ラジオを購入した。部下の三人は宿泊施設に籠もり、放送の内容を確認しているらしい。ただ検閲員のリーダーらしき人物だけはベネショフ領のあちこちに出かけている、とエグモントの下に目撃情報が届いた。
同じ頃、デニスは新しく建てられた訓練場に兵士を集めた。この訓練場は四メートルほどの塀に囲まれている。兵士の多くが放出系真名術を習得しているので、その真名術を訓練するためには高い塀が必要だったのだ。
デニスが兵士たちを集めたのは、ライノサーヴァントを披露するためである。ボーンエッグをライノサーヴァントへ変化させたデニスは、それに鞍を取り付けた。
ライノサーヴァント専用の鞍は足を乗せる鐙も付いており、馬のものより大きなものになった。その鞍に跨ったデニスがライノサーヴァントを走らせる。
馬のように軽やかにという感じではない。ドスッドスッという地響きを立てながら走るという感じである。
それを見ていた兵士から質問があった。
「デニス様、そいつは休まずに、どれくらい走らせられるんですか?」
「ライノサーヴァントは長時間走れる。だが、ベネショフ領を一周したら、僕の尻は限界を感じた」
兵士の間から笑い声が上がった。
ライノサーヴァントをひと目見た兵士や従士たちは、自分たちも欲しいと思ったようだ。餌や飲水が要らず、休まずに走り続けられるライノサーヴァントは、軍事面で大いに活躍すると思ったのだ。
デニスは従士イザークに腕利きの兵士を選ばせ、ベラトル領へ行かせることにした。ボーンエッグを手に入れるためである。
「何個ぐらい集めればいいんです?」
イザークがデニスに確認した。
「目標は五〇個だ。だが、二ヶ月を期限として目標に達しなくても戻ってこい」
「承知しました」
イザークたちを送り出したデニスは、マーゴに捕まった。
「マーゴもホネホネさんが欲しい」
ボーンサーヴァントを『ホネホネさん』と呼んでいるマーゴが、自分も欲しいと言う。
マーゴとアメリアの間で、変な遊びが流行っているらしい。アメリアのボーンサーヴァントを使って、大人たちを脅かす遊びである。フード付きポンチョを着たボーンサーヴァントの正体を見て、ギョッと驚く大人たちの顔が面白いようだ。
そんなことにボーンサーヴァントを使って欲しくないのだが、エグモントやアメリア、それにデニスが使っているのを見ると自分も、と思うようだ。マーゴは、ボーンサーヴァントの外見を不気味だとか醜悪だとか思っていないらしい。
マーゴが可哀想だと思ったアメリアが、マーゴにもボーンサーヴァントを持たせてあげたいと、デニスにお願いした。
以前に八歳になったら、ボーンサーヴァントをプレゼントするということで我慢させたのだが、待ちきれなくなったようだ。両親に相談すると、ある条件付きで許可が出た。エリーゼにもボーンサーヴァントを所有させるという条件だった。
ボーンサーヴァントのマスターになるには、『魔源素』か『魔勁素』の真名が必要である。そのためには迷宮へ行ってスライムを倒さねばならない。
マーゴは迷宮へ行くと聞いて、跳び上がって喜んだ。
翌朝、デニスとアメリア、エリーゼ、マーゴの四人で出かけた。とりあえず、街の外まで出るとデニスが、ライノサーヴァントを出す。
珍しく動きやすい服に着替えたエリーゼが、ライノサーヴァントに乗った。マーゴもエリーゼが抱えるようにして乗せる。
「いいですか? 動かしますよ」
「ええ、いいわよ」
ライノサーヴァントが動き出した。エリーゼに抱えられたマーゴは、興奮しながら周囲を見回している。
「お母様、あれは何?」
マーゴが野生の鹿を指差して尋ねた。
「あれは鹿よ。こんなところにいるのは珍しいわ。水場でもあるのかしら」
岩山迷宮への道は、木も疎らな荒れ地を通っている。この辺にいる野生動物はネズミやトカゲが多く、鹿などは見かけない場所なのだ。
この辺りもベネショフ領なのだが、荒れ地なので開発の対象外となっている土地である。途中、ハネス村へ行く道と迷宮へ直行する道の分岐点に到着。今回は直行する道を進んだ。
迷宮に到着するとライノサーヴァントをボーンエッグに戻して迷宮に入る。エリーゼとマーゴが不安そうにあちこちに視線を向けている。
「迷宮というのは、気味の悪い場所なのね」
エリーゼが声を上げた。
「まあ、そうです」
「そういえば、私とマーゴは武器を持ってこなかったけど、どうするの?」
「ちゃんとアメリアが持ってきていますよ」
アメリアは昔使っていたネイルロッドをエリーゼに見せた。
「姉様、それがマーゴの武器なの?」
「そうよ」
マーゴが手を伸ばした。アメリアはネイルロッドを渡す。
ネイルロッドを受け取ったマーゴは、目をキラキラさせて振り回した。一階層を進むと緑スライムと遭遇するようになった。
「最初は誰から戦う?」
「私から」
エリーゼはマーゴからネイルロッドを取り上げ、緑スライムと対峙した。
「スライムの中心をネイルロッドで叩いてください」
エリーゼと緑スライムの戦いが始まった。エリーゼは一三匹目で『魔勁素』の真名を手に入れた。
次はマーゴである。マーゴは真剣な顔でネイルロッドを握り、緑スライムに突撃した。
「あっ、ダメだ」
デニスが止めた時には、戦いが始まっていた。幼いマーゴは精一杯の力でネイルロッドを何度も何度も振り下ろしている。
五回目の打撃で緑スライムが死んだ。マーゴがデニスの方を見た。
「何匹倒せばいいの?」
「人によって違うんだ。母上は一三匹だったけど、マーゴはどうかな」
マーゴは五匹倒すと、疲れたような様子を見せるようになった。アメリアが心配して声をかける。
「少し休もうか?」
「はあはあ……、まだ大丈夫」
マーゴの闘志は衰えていないようだ。六匹目・七匹目でマーゴの額から汗が流れ落ちた。
エリーゼが心配そうな顔をして末娘に視線を向けた。
「少し休んでからにしなさい」
マーゴは力強く首を横に振った。まだ続ける気だ。
そして、八匹目の緑スライムを倒した時、変な顔になりペタッと座り込んだ。エリーゼが慌てて駆け寄る。
「どうしたの?」
マーゴの目から涙が零れ落ちた。エリーゼはその涙が喜びの涙だと気づいた。
「真名を手に入れたのね。おめでとう」
マーゴが母親に抱きついて本格的に泣き出した。よほど嬉しかったようだ。
少し休んで気持ちを落ち着けさせてから、真名の力を注ぐにはどうすればいいかを説明した。エリーゼはすぐに理解したが、マーゴは少し時間がかかった。
最初はエリーゼがボーンサーヴァントを誕生させることになった。エリーゼが『魔勁素』の力を注ぎ、デニスが『頑強』『怪力』『加速』『冷凍』の力を注いだ。この時、ボーンサーヴァントの左手の人差し指から冷気が噴出するイメージも込める。
『冷凍』の真名の力を使い、暑い夏に冷たい飲み物を用意できるのではないか、と思い追加したものだ。
次の瞬間、ボーンエッグがボーンサーヴァントへと変化した。デニスは母親にどうすればいいのか指示した。
次はマーゴの番である。アメリアがマーゴに申し出た。
「マーゴのは、姉さんが手伝ってあげようか?」
「ダメ、デニス兄様がいい」
すげなく断られたアメリアは頬を膨らませる。デニスは笑って慰めた。
「マーゴは、母上と同じものが欲しいんだよ」
アメリアは頷いた。
マーゴは小さな指でボーンエッグを掴み真剣な顔で『魔勁素』の力を注ぎ始めた。デニスは先程と同じように真名の力を注ぎ込む。
小さな指で掴まれていたボーンエッグが変化を始め、ボーンサーヴァントとなる。マーゴがクルクルと回りながら喜んだ。
このボーンサーヴァントは、マーゴの宝物となった。その後、ボーンサーヴァントを使ったイタズラをエリーゼに見つかり叱られることになったのは、当然の結果だった。




