scene:145 骨鬼牛のボーンサーヴァント
見えてきた迷宮の砦は、あまり大きな砦ではない。大きな屋敷を高い塀で囲ったような構造をしていた。
背負っていた黄煌剣を抜いたデニス。そろそろ死神ワイトと遭遇すると予想したのだ。この世界のワイトは死体に宿った悪霊である。
遺体に寄生しているので外見はゾンビと同じだ。だが、本体が悪霊なので斬っても突いても倒せない。倒せるのは、黄煌剣などの聖鋼を含んだ特別な武器だけなのである。
デニスの予想は的中し、砦からゾンビのような連中がぞろぞろと出てきた。外見は探索者のようなので、この迷宮を探索に来た者たちだったのだろう。
それらが骨だけの骸骨になっていないのは、死神ワイトが取り憑いた瞬間に腐敗が停止してしまうからだ。デニスはゾンビと戦った経験はないが、調べた限りでは動きが遅いと聞いていた。
だが、砦から出てきた死神ワイトは、普通の人間のように滑らかな動きをしている。奴らは近付いてくると、口を大きく開けた。
次の瞬間、死神ワイトの特殊能力である『死の叫び』を放った。心臓が凍りつくような叫びが辺りに響き渡る。ゲレオンたちが凍りついたかのように立ち止まったまま動かなくなった。
だが、デニスだけは動けた。その精神にある『言霊』の真名がデニスを守ったようだ。デニスはゲレオンたちの背中を平手で叩いた。
「しっかりしろ!」
ゲレオンたちが叩かれた衝撃で、再び動き出す。身震いした彼らは、デニスに感謝した。
「厄介な能力ですね。デニス様はどうして大丈夫なんですか?」
「いろんな真名を持っているからな。その一つが助けになったのだろう」
動けるようになったゲレオンたちは死神ワイトを攻撃した。だが、長巻で斬っても死神ワイトを倒せなかった。それを見たデニスは、前に出て黄煌剣を振るい始めた。
黄煌剣の斬撃に斬り裂かれた死神ワイトは、気味の悪い断末魔を放って倒れた。黄煌剣の効果がはっきりした。
「やはり黄煌剣が効果的だ。ゲレオン、使ってみるか?」
「よろしいのですか?」
「ああ、死神ワイトは欲しい真名を持っていないからな」
死神ワイトから得られる真名は『叫び』である。これは『言霊』に似ている真名であり、主に精神に衝撃を与える叫びを放てる力を持つものである。
『言霊』のように発した言葉に意味を持たせることはできないが、精神に与える衝撃は強烈なようだ。しかも物理的な衝撃も僅かにあるという。
ゲレオンは黄煌剣で死神ワイトを斬りまくった。自分が『死の叫び』で動けなくなり、デニスの手を煩わせたことに怒りを覚えたようだ。
ゲレオンが斬りまくっている間も、デニスや他の兵たちに別の死神ワイトが襲いかかっていた。デニスは宝剣緋爪で死神ワイトの首を刈り取る。
その瞬間、探索者の遺体から何かが出てきた。ゆらゆらとした不確かなもので半透明な存在だった。
「ゲレオン!」
デニスが叫ぶと、ゲレオンも死神ワイトの正体らしい存在に気づき、黄煌剣の斬撃を放った。斬撃が命中すると不気味な声を上げて消える。
ゲレオンが驚き喜ぶような顔をした。『叫び』の真名を手に入れたようだ。
「デニス様、今のは?」
「死神ワイトの正体だろう。幽霊のような奴だったな。あれに触られると生気を吸われるというから気をつけろ」
ゲレオンたちが頷いた。ゲレオンは黄煌剣を兵士の一人に渡した。その兵士に真名を手に入れさせようという配慮だろう。
デニスたちは砦に入った。門はロックされておらず、取っ手を引くと開いた。砦の敷地内に入ったデニスは、砦の建物が黄煌剣を発見した岩山迷宮の屋敷に雰囲気が似ていることに気づいた。建設様式が同じなのかもしれない。
建物の内部に入っても死神ワイトは尽きず、黄煌剣を持つ兵士が活躍した。偶に『死の叫び』を食らって、兵士たちが固まる時もあるが、そんな場合はデニスとゲレオンが背中を叩いて正気づかせた。
『叫び』の真名を手に入れたゲレオンも、死神ワイトの『死の叫び』に耐えられるようになったらしい。
それを考えると、デニスが『言霊』の真名を持っていなかったら、と考えると怖いものがある。他の探索者チームだったら全滅していたかもしれないのだ。
死神ワイトを倒しながら砦の中を探索し、武器庫を見つけた。広さは二〇畳ほどあり、剣や槍が並べてあった。珍しい武器としては、モーニングスターやフレイルのような打撃武器もある。
デニスは黄煌剣が見つかるのではないかと期待したのだが、発見できなかった。部屋をチェックして隠し金庫のようなものがないか探したが、それも見つからなかった。ただ四隅の柱に丸い金属球が嵌められているのが気になる。
柱の一つに歩み寄り、腕を組んで金属球を見つめる。その姿が目に入ったゲレオンが呼びかけた。
「デニス様、どうかしたのですか?」
「あの金属球、輝きが鉄や銅とは違う。それが気になったんだ」
ゲレオンも金属球を確認した。埃で表面が汚れている。そこで兵士たちに金属球を磨くように命じた。金属球は天井近くの高い位置に嵌め込まれていたので、一人が肩車してもう一人が金属球を磨いた。
「あっ」
磨いた金属球が白色と金色の中間のような光を放ち始めた。この色に輝く金属は一種類しかない。
「これは聖鋼だな。間違いない」
四本の柱から聖鋼球を回収した。この球一つと鋼を合わせると黄煌剣三本が作れるだろう。ゲレオンがデニスに顔を向けた。
「これは採取物になるのでしょうか?」
迷宮の採取物は、二割を迷宮の持ち主である領主に渡さなければならないという決まりがあるからである。これが探索者の税に当たるものだ。
但し、ドロップアイテムは探索者のものという慣例がある。
「そうだろうな。こちらもハロルト殿とは良好な関係を築きたいから、四個の中から一個を納めればいいだろう」
質の悪い探索者の中には誤魔化す奴らもいる。だが、貴族であるデニスは、こんなことで名誉を汚そうとは思わなかった。
「二割より多くなりますよ」
「ブリオネス家がケチでないことを示すには、いい機会だ。まあ、ちょっとの差だから気前がいいと思うかどうかは微妙だけど」
とはいえ、聖鋼は金では手に入らないものである。少しの量でも貴重なので、ハロルトは喜んでくれるだろう。
デニスたちは砦のすべてを探索したが、収穫は聖鋼球だけだった。
「ここの迷宮は、四階層までしか本当にないのか、探せば下に向かう階段とかがあると思っていたんだが」
「そういう迷宮もありますよ。その代わり骨鬼牛という有益な魔物がいるんですから、十分じゃないですか」
ゲレオンは笑顔を見せて答えた。
デニスたちは地上に戻ることにした。帰りも骨鬼牛を狩り、ゲレオンたちが一個のボーンエッグを手に入れた。その後、一階層まで戻ったデニスたちは、骨鬼牛のボーンサーヴァントを試そうと考えた。
デニスは『魔源素』『頑強』『怪力』『加速』『発光』の真名を開放し、その真名の力をボーンエッグに注ぎ込んだ。『発光』の真名を加えたのは、ある実験をするためである。
真名の力を注ぎ込んだ時に、その角が光るというイメージを頭に浮かべたのだ。もし、誕生したボーンサーヴァントの角が光る能力を持っていれば、実験成功ということになる。
ボーンエッグが大きなボーンサーヴァントに変化した。全長二メートルほどだろう。十分に乗ることができる大きさだ。
但し、乗るためには専用の鞍が必要になる。背中の部分がゴツゴツしており、そのまま跨がれば怪我しそうなのだ。デニスは『ボーンワード』と『リタンワード』を決めた。
「デニス様、こいつを何と呼びますか?」
ゲレオンが尋ねた。骨鬼牛のボーンサーヴァントでは、長すぎるらしい。そこでライノサーヴァントと呼ぶことにした。偶然だが、長い角を持つ『ライノ』という化け物が出てくる伝説があるのだ。
ライノサーヴァントの能力を試してみると、素晴らしい結果が出た。最大速度が時速六〇キロほど出せるようなのだ。馬よりは少し遅いが、十分な速さである。ただ普通に歩く場合は、一〇分の一ほどの速さになる。
肝心の実験の結果であるが、成功だった。ライノサーヴァントは角を光らせることができたのだ。これに乗って夜道を移動する時は便利になる。
ゲレオンたちは、ライノサーヴァントが角を光らせたのを見て驚いた。
「こいつ、角から光を放つんですか」
「『発光』の真名の力も注いだからな」
デニスがやり方を教えると、ゲレオンたちは興味を示した。工夫次第で様々なことができそうだと気づいたからである。
ライノサーヴァントをボーンエッグに戻し、地上に上がる。そこにはハロルトの部下が待っていた。
「遅いので、心配しておりました」
辺りは暗くなっており、予定の時間から随分と遅くなったようだ。
「済まなかった。発見があって遅くなってしまった。今日は宿に帰って休むつもりだが、明日ハロルト殿に会いたい。伝言を頼めるかな」
「承知しました」
デニスたちはベラトルの町に戻り、一晩十分に休んだ。翌日の午後になってから、デニスとゲレオンはハロルトの屋敷に出向き、聖鋼球の件を報告した。




