scene:143 ベラトル領
『第5章 群雄編』になります。
ベネショフ領を海岸沿いに東へ向かうとバラス領・ミンメイ領となる。海岸線はミンメイ領から南へ向かい、ゴルツ半島に入っていく。
そのゴルツ半島の西側にはマノリス領、東側にはベラトル領がある。ベラトル領を支配するのは、ハロルト・ヴェル・ヴォベラトル男爵だった。
ハロルトにはランベルトという息子がいる。九歳になるランベルトは、オルロフ族との戦いを聞きたがった。その中でもベネショフ領兵士と騎馬戦士との戦いを知りたがった。
そのランベルトがリビングに走り込んできて、専用テーブルの上にある迷石ラジオを起動した。この専用テーブルは迷石ラジオのためだけに用意したものだ。
「ランベルト、どうしたのだ?」
ハロルトが息を切らしている息子に声をかけた。
「今日はラジオで『ミモスの戦いを語る』という番組があるのです」
ランベルトは迷石ラジオの前に座り、ワクワクしながら始まるのを待っている。
そこにランベルトの姉と母親、それに弟が入ってきた。それぞれの席に座ると、数人の使用人がお茶の用意を始めた。お茶が配られても、使用人たちは部屋を出ようとしなかった。
使用人もラジオの内容が気になっているのだ。
迷石ラジオから音声が聞こえ始めた。まずアナウンサーが西部地方のニュースを伝える。内容は天気やどんな花が咲いているか、クリュフ領のどこそこで火事があったというような取るに足りないものだ。
その中にはあれこれの品物が高くなっているという情報もあり、商人にとっては重要な情報もある。そして、意外にも天気の情報も重要だった。その情報から風や雲の動きを拾い出し、翌日の天気を予想する各領地の者も多かったのだ。
そのニュースの後に『ミモスの戦いを語る』という番組が始まった。
番組では、喋りの上手い大道芸人を連れてきて話をさせている。内容はラジオ局で用意したようで、正確なものになっている。但し、各領主部隊が犯した失敗は語られなかった。
政治的な判断が働いているのだ。内容はクリュフ領の侯爵騎士団、ダリウス領の紅旗領兵団を中心に語られ、後半にベネショフ領部隊の活躍が語られた。
もちろん、王家の討伐軍や他領主の部隊の話も少しだけ出たが、クリュフ領・ダリウス領・ベネショフ領の三つの領主部隊を中心に語られた。
最後に子爵・男爵の部隊が追撃戦で活躍した場面で終わりとなった。その語り口は臨場感があり、聞いていたランベルトは鼻を膨らませて興奮している。
「父上、凄い戦いだったのですね」
ハロルトは微妙な表情を浮かべ頷いた。ベラトル領部隊は、ほとんど活躍する場を与えられず戦いが終わってしまったからだ。
「まあな。だが、我が部隊はあまり活躍できなかった。残念だがな」
「やっぱり、侯爵騎士団と紅旗領兵団は凄かったのですか?」
ハロルトは頷いた。
「確かに侯爵騎士団と紅旗領兵団の活躍は素晴らしかった。だがな、本当に凄かったのは、ベネショフ領の部隊だ。彼らは放出系の真名術を使い一瞬で一〇〇人以上の敵を倒した。しかも、放送にあったボーンサーヴァントというスケルトンの小さな魔物を使役して敵を倒したのだ」
ボーンサーヴァントについて、ラジオでも少しだけ語っていた。だが、扱いが小さく実際の活躍より過小に語っていた。ボーンサーヴァントについては、あまり広めたくないようだ。
「そういえば、ベネショフ領の次期領主殿も凄い使い手でしたわね」
ランベルトの母親が言う。昨年の武闘祭において、デニスが見せた技を思い出したようだ。
「父上、ベネショフ領とは、どんなところなんですか?」
「迷宮を一つ持つ小さな領地だったはずだ。最近になって急に話題に上るようになった。どうやら次期領主が切れ者らしい」
そこに兵士の一人が入ってきた。
「ハロルト様、ベネショフ領から使者が来ています」
「何! ベネショフ領からだと……」
ハロルトはベネショフ領の使者を応接室へ案内するように伝えた。急いで応接室に行こうとするハロルトをランベルトが追いかけた。
「父上、ご一緒してもいいですか?」
ハロルトは一瞬考えた。
「まあ、いいだろう。だが、口を挟むんじゃないぞ」
「分かっています」
応接室で待っていると、一人の若者と従士らしい人物が案内されてきた。
「貴殿は、デニス殿ではないか」
春の御前総会以来の再会だった。ただ御前総会では挨拶をする程度なので、本格的な会話を交わすのは初めてだった。
「突然、押しかけてしまい、申し訳ありません」
デニスとハロルトは挨拶を交わし、デニスは従士のゲレオン、ハロルトは息子のランベルトを紹介した。
ランベルトはデニスを初めて近くで見たのだが、意外に普通の人だと思った。父親は切れ者だと言っていたが、優しそうな青年だというのが第一印象である。
ハロルトはブリオネス家が二年後に子爵になることを祝福した。
「ありがとうございます。ですが、喜んでばかりもいられません。常備兵を五〇〇まで増やし、それなりの屋敷を建てなければなりませんから」
子爵になるということは、費用がかかるのだ。
「それで、御用件は何です?」
ハロルトがデニスに尋ねた。
「現在、ベネショフ領では船を造っているのですが、船の寄港地としてベラトル領の海岸を利用させて欲しいのです」
それを聞いたランベルトは、意外に思った。ベラトル領は貧しい領地であり、その港も粗末なもので大きな船は寄港できない。父親の顔を見ると渋い顔をしている。
「いや、デニス殿の申し出を承認したいのだが、我が領地の港は大きな船を寄港させることはできないのだ」
「承知しております。そこで、ベネショフ領が費用を出しますので、桟橋の建設をお願いできませんか」
ハロルトは予想外の申し出に驚いた。そして、疑問が頭に浮かんだ。
「なぜ、そこまでしてベラトル領の港を使いたいのか、教えてもらえるかな?」
「我々は、ベネショフ領と王都を繋ぐ航路を開拓しようと思っています。そこで寄港地が必要なのですが、頼める領地は少ないのです」
ハロルトにとって、デニスの申し出は嬉しいのだが、懸念が一つだけあった。
「バルツァー公爵と敵対していると聞いている」
「ですが、王家との関係は良好です。王家と公爵家、どちらを選びますか?」
デニスのはったりだった。この場合はブリオネス男爵家と公爵家が正しかったからだ。悩んでいるハロルトに、デニスはダメ押しの言葉を発した。
「ハロルト殿、ベネショフ領はベラトル領の港を使わせてもらう代わりに、毎年金貨三〇〇枚を支払います」
貧しいベラトル領にとって、喉から手が出るほど欲しいものだ。
「分かった。了承しよう」
「ありがとうございます。ところで、ベラトル領には迷宮が一つあるそうですね」
ベラトル領には町の南に小さな迷宮がある。サキリ迷宮と呼ばれるものだ。
「サキリ迷宮がどうかしたかね?」
「その迷宮の四階層には、珍しい魔物がいると聞きました」
サキリ迷宮は四階層で探索が行き詰まった迷宮である。原因は四階層に出没する骨鬼牛と死神ワイトという魔物のせいだ。
骨鬼牛は牛のスケルトンではなく、骨で作られた巨大なサイのような化け物である。体長は四メートルほどあるとデニスは聞いている。また死神ワイトは実体のない幽霊のような存在らしい。これを倒すには聖鋼で作られた武器が必要だ。
この二種類の魔物が存在することにより、サキリ迷宮は高難易度迷宮だと言われている。
「ええ、骨鬼牛と死神ワイトのことですな。それがどうしたのです?」
デニスがいい顔で笑い告げた。
「戦ってみたいのです」
ハロルトは慌てた。サキリ迷宮は本当に危険だったからだ
「やめた方がいい。骨鬼牛には剣や槍が効かず、死神ワイトに至っては実体がないのですぞ」
「ご心配は無用です。特別な武器を持っていますから」
「特別な……ああ、武闘祭で使われていた緋鋼製の剣ですか?」
「それもありますが……ゲレオン」
ゲレオンが荷物の中から一本の剣を取り出し、ハロルトに渡した。
剣を鞘から抜いたハロルトは、それが何であるか分かった。
「これは黄煌剣ですな。私も探していた剣です」
ランベルトが首を傾げている。黄煌剣という名称に聞き覚えがなかったようだ。
その様子を見たハロルトは、フッと笑い説明した。
「黄煌剣というのは、聖鋼と鋼の合金で作られた剣だ。これなら死神ワイトも斬れる」
「ほ、本当ですか。以前、死神ワイトは倒せないと聞きました」
ハロルトは黄煌剣の希少性を伝え、黄煌剣や国宝である聖鋼剣がなければ、死神ワイトを倒せないことを教えた。
「そうだったのですか、知りませんでした」
デニスは改めてサキリ迷宮を探索する許可を得た。




