scene:142 株式上場と戦勝報告
都庁ビルの件が切っ掛けとなって、救難翔空艇が世界的に注目されるようになった。以前から一部の人々は注目していたが、一般にはそれほど救難翔空艇の存在は広まっていなかったのだ。
そして、マナテクノが輸送翔空艇の製造販売を発表すると、領土に離島を持つ国々が注目した。輸送翔空艇の性能諸元が発表され、その燃費の良さを世界が評価したのだ。
輸送翔空艇は救難翔空艇ほどの機体強度を必要としない。なので、その分軽く造ることが可能だった。それにより一層燃費が良くなったのである。
マナテクノの評価が上がり始めると、取締役である雅也も忙しくなった。今日も第三工場を建設する予定になっている工場跡地を視察に来ていた。
「聖谷さん、この広さはどうです?」
中園専務が雅也に声をかけた。雅也の前に広がる土地は、製鉄工場跡地である。その広さは東京ドーム数十個分という広さがあった。
「これって、広すぎませんか?」
「何を言っているんです。輸送翔空艇の反響がどれほど大きかったか、知っているでしょ」
輸送翔空艇は大きな反響があり、救難翔空艇以上のオファーが世界各地から来たのだ。あまりに反響が大きいので、マナテクノだけでは対応できないほどだった。
そこでトンダ自動車と川菱重工に協力を仰ぎ、共同で第三工場を建設することになった。
同時にマナテクノは株式上場する手続きを始めた。会社規模が大きくなり、調達しなければならない事業資金の規模も膨らんだからだ。
その関係で新株発行などを行い雅也の持ち株比率は下がったが、それでも十分な支配権を雅也は保持していた。そして、マナテクノの大株主である雅也自身が注目されることも多くなった。
株式上場するには、三、四年の準備期間が必要だそうである。上場されれば、雅也が日本有数の資産家になることは間違いなかった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
一方、ベネショフ領では新兵たちが訓練に励んでいた。その中にはヨアヒム将軍の息子であるクルトもいる。
「クルト殿、迷宮へ行く時間です」
兵士のエクムントがクルトに呼びかけた。新兵たちは交代で岩山迷宮の魔物と戦う訓練を行っていた。その訓練にクルトも参加しているのだ。
「用意はできているよ。今回は誰がリーダーなんだ?」
「ゲレオンさんですよ」
「なら、安心だ。慎重な人だからな」
前回は古参兵であるロルフがリーダーだったが、イケイケのロルフは自分が率先して魔物に突撃するので、指導下にある新兵たちは大変だった。
ただ訓練する階層を指定されているので、大きな事故は起きなかった。ロルフの引率では六階層までしか行けないのだ。
ゲレオンが部下に大きな荷物を持たせて、クルトたちの近くまで来た。
「これから、防寒着を配るので、自分の身体に合ったものを選べ」
ドサッと置かれた防寒着の中から、クルトは選んで着てみた。大丈夫なようだ。
「選んだら、それを持って迷宮へ行くぞ」
今日は七階層の雪原エリアに行くようだ。雪原エリアは大雪猿・氷雪ボア・氷晶ゴーレムなどがいる。目的は大雪猿の『剛力』である。
迷宮へ行く途中、大規模な開発を行っている大斜面の様子が見えた。雑草と低木で覆われていた大斜面に、用水路と格子状の道路が出来上がっている。
用水路の水は、大斜面を流れ落ち海へと繋がる水路に流れ込む。この水をベネショフでも利用しようという話もあるが、どう使うかが決定していない。
大斜面に作られる街は、『スロープタウン』と呼ばれる予定になっている。下水道と原始的な下水処理施設も建設する予定になっていた。
クルトは下水道を知っていたが、下水処理施設が何をするところなのかは知らない。この国では下水道がある街も存在する。だが、それは河川や海に汚泥や排泄物を流すだけで、処理は行わないものだった。
下水道を使う総人数が少ないので、海や河川の汚染は問題になっていない。デニスは将来を見越して下水処理施設を造ることにしたようだ。
迷宮に到着し、総勢八名の兵士と従士ゲレオンが迷宮に入る。
五階層までは最短距離で通過。六階層に下りた新兵たちは、オークに苦戦した。クルトは得意な剣を握り、棍棒を武器とするオークと対峙した。
ハルトマン剛剣術を使うクルトにとって、オークは手強い敵であっても負ける相手ではなかった。リーチはオークの方が長く、力は『豪腕』の真名を使えば互角だ。
新兵たちは長巻を使い、オークと戦っている。時々オークの一撃が新兵に命中し弾き飛ばされている。但し、新兵も装甲膜を展開しているので、打撲だけで大怪我はしていない。
クルトの感覚は研ぎ澄まされ、心臓の鼓動がドクッドクッと大きく聞こえている。激しい攻防が始まり、クルトはオークの腕を切り落とすことに成功した。
「やった!」
「油断するな!」
ゲレオンがクルトに向かって叫んだ。
その瞬間、片手を失ったオークが残った手でクルトの顔を殴った。クルトが宙を舞い地面に落ちて転がる。
「馬鹿者! 気を抜くからだ」
ゲレオンが長巻を手に持ちオークの前に立ち塞がった。片手を失ったオークが襲いかかる。ゲレオンは蒼鋼製長巻でオークを撫で斬った。
ゲレオンはクルトに近付き治癒の指輪を使った。クルトが呻きながら起き上がり、ゲレオンに感謝した。
「ありがとう」
「油断するなと言ったのに、悪い癖だぞ」
クルトたちはオークを退けながら、六階層から七階層へと下りた。そこで防寒着に着替え、雪原へと足を踏み入れる。
新兵とクルトは、大雪猿と戦い訓練に励んだ。目標の『剛力』を手に入れるまで、この訓練が続けられる予定になっている。
クルトたちが訓練を終えてベネショフに戻ると、領主屋敷の庭先でデニスが家族と話していた。クルトは駆け寄り祝福した。
「おめでとうございます。蛮族との戦いで手柄を上げられたそうですね」
「ああ、光栄なことに、陛下から御褒めの言葉を頂いたよ」
デニスの背後には誇らしそうに胸を張る兵士たちが立っていた。
ゲレオンがイザークに近寄り、その肩を叩く。
「羨ましいぞ。私も行きたかった」
イザークが笑顔で『そうだろう』というように頷いた。
「陛下から褒められただけじゃないんですよ。ブリオネス家は子爵になるんです」
それを聞いたゲレオンたちが大歓声を上げた。アメリアやマーゴも嬉しそうにしている。領主であるエグモントも嬉しそうなのだが、何か戸惑っているような目をしている。
オルロフ族との戦いで勝利したことは、王家からの連絡で知っていた。だが、論功行賞で子爵に陞爵されることはわざと伝えていなかったようだ。
本人たちから伝えた方が、嬉しいだろうという配慮なのだろう。
「兵士たちを労うために、宴会を開かなければなりませんね」
マーゴを抱き上げたエリーゼが言い出した。
エグモントに異議はなかった。戦いで大手柄を上げたのだ。宴会の他にも、報奨金を用意しなければならない。
次の日、クリュフ領から酒や食料を買い込み、宴会の支度が始まった。
エグモントはデニスを執務室に呼び、戦いの詳細を聞いた。デニスはメルヒオールが指揮する紅旗領兵団がおかしな動きをしたことを知らせる。
「すると、公爵家の紅旗領兵団が、わざとお前たちの方へ蛮族を誘導したというのか?」
デニスが難しい顔をして頷いた。それを見てエグモントが溜息を吐いた。
「ダミアン匪賊団の件が、ここまで尾を引くとは思わなかった」
「ダリウス領と隣のバラス領に人を入れて、動きを監視しようと思っているんだ」
エグモントが心配そうな顔をする。
「しかし、頻繁にベネショフ領と手紙のやり取りをすれば、怪しまれるぞ」
「心配ないよ。別の識別符を発見したんだ。それを使って通信モアダを製作する」
「なるほど、それを使って連絡を取るのか」
エグモントの表情が暗い。公爵との関係が改善しないということもあるが、その対策で出費が増えることも頭が痛いのだろう。
「心配なのは他にもあるんだ」
「はあっ、まだあるのか」
「今回、子爵になると決まった件で、他の貴族から嫉妬を買うこともあると思う」
「そんなことはない。……と言い切れないのが残念だ」
「そこで他領と交流を増やし、友好的な貴族を増やそうと思う」
「出費が増えるということじゃないのか?」
「心配ないよ。大斜面には最初に紡績工場を建設する。収入は一気に増えるはず」
「しかし、綿糸にだけに頼るのは、少し不安があるな」
デニスもそのことには不安を持っていたので同意した。
「何か考えはないのか?」
「紡績を考える前に、磁器やガラスを製作するのはどうかと考えたことがあるけど」
「なぜ磁器やガラスにしなかった?」
「売れるようになるまで、時間がかかるんだ。職人を育てなきゃならないからね」
エグモントは考え結論した。
「だったら、二つともやってみようじゃないか。今なら時間はあるんだ」
デニスは賛成した。
その後、手柄を立てた兵士たちを慰労する宴会が開かれ、兵士たちは大いに楽しんだ。その中にはクルトの姿もある。兵士たちから戦いの様子を聞いたクルトはボーンサーヴァントを持てるほど腕を上げたいと思った。
デニスは楽しそうにしている兵士や家族を見て、今までやってきたことが間違いではなかった、と確信した。問題は子爵という爵位に相応しい貴族としての体裁を整えながら、どう領民を豊かにしていくかだ。
ブリオネス家だけが幸せになるということでは、長続きしない。そのためには領民すべてが、ベネショフ領で暮らせて良かったと思わせるような領地にしなければ、と思うのだった。
今回の投稿で、第4章は終了です。
次章は『群雄編』になります。




