scene:141 救難翔空艇の活躍
「先輩、一〇人乗せました」
冬彦が雅也に報告した。
「よし、地上へ下ろすぞ。お前も乗れ」
「いえ、僕は親父を探します」
冬彦の父親である物部貴文はヘリポートで見つからなかった。ヘリポートに逃げてきた人たちに尋ねると、四五階の展望室に残っている人々がいるらしい。
冬彦はヘリポートの下にある南展望室へ探しに行くつもりなのだ。止めても話を聞きそうにない顔をしている。雅也は仁木に一緒に行ってもらうように頼んだ。
「任せてくれ」
二人が階段の方へ消えた後、雅也は救難翔空艇を飛翔させた。消防庁と連絡を取り降下場所を指定してもらう。都庁近くの中央公園の広場から野次馬やマスコミを追い出すので、そこに着陸するように指示された。
雅也は風に気をつけながら、ゆっくりと降下を始める。後ろの方では、初めて乗る翔空艇に不安を見せる人々が窓から下を覗いていた。その中の一人が雅也に声をかけた。
「あのー、助けてくださって、ありがとうございます。あなたは消防の方なんですか?」
「いえ、この翔空艇を製造しているマナテクノの者です」
この答えは意外だったらしい。ざわざわと騒ぎが広がる。
「消防とも連携を取っていますので、ご心配はいりません」
雅也は指定された広場に救難翔空艇を着陸させた。消防隊員により扉が開けられ、要救助者たちが消防隊員に助けられながら救急車が待機している方に案内されていった。
全員が降りると、代わりに装備を固めた消防隊員が乗り込んできた。
「聖谷さんですね。新宿消防署の者です。我々をヘリポートまで運んでもらえませんか?」
「いいよ、乗ってくれ」
消防隊員が乗り込み、救難翔空艇が飛び上がった。
「これが救難翔空艇ですか。安定した飛行ですね。風は大丈夫なんですか?」
「心配いりません。この機体はそれほど風の影響を受けないんです」
すぐにヘリポートに到着した。消防隊員が降り、要救助者が乗り込んでくる。雅也はヘリポートと地上の往復を何度か繰り返し、消防隊員が探してきた人々も含めると五〇名ほどを地上に運んだ。
最後に冬彦が父親と一緒に現れ、疲れた表情で翔空艇に乗った。
「先輩、親父がどこにいたと思います。バーでワインを飲んでいたんですよ」
「五月蝿いな。エレベーターが止まって助けが来るまで動けなかったんだ。一杯くらい飲んでもいいだろう」
貴文は決断力のある豪放磊落な性格をしており、日本人には珍しいタイプの企業家だった。
雅也たちが南塔の要救助者を助けた後に、北海道から救難翔空艇が飛んできた。北塔の展望室にいるらしい要救助者は、消防庁の救難翔空艇に任せることになった。
「さて、帰ろうか」
雅也が冬彦たちに呼びかけた。貴文も会社に送り届けることになり、同乗している。
「聖谷君、世話になった。感謝するよ」
「いえ、無事で良かったです」
雅也たちの活躍は、多数のスマホで撮影されネットにアップロードされた。また、北塔の要救助者を助ける消防庁の救難翔空艇の活躍はテレビで放送され、喧伝された。
その効果は凄まじく、世界中から救難翔空艇に対する問い合わせがマナテクノに殺到した。第二工場は自衛隊と消防庁、それに海外政府からの注文で目一杯だったので、第三工場の話が出るようになる。
今までも海外からの注文があったが、それは研究用として注文されたものだった。今回は本格的に救難用に購入しようという注文であり、注文数が桁違いだった。
雅也たち重役が本社に集まり会議をすることになった。
「海外からの注文が、凄いことになっておる。第二工場だけでは、到底生産が追いつかない。どうしたらいいか、検討したいと思う」
神原社長が各国からの注文数を読み上げてから、状況を軽く説明した。
「現在、三〇〇〇億円ほどのオファーが来ている。どう対応すべきか?」
中園専務が資料に目を通して意見を述べた。
「これは第三工場を建設するしかないのでは」
雅也は専務の意見に賛成だった。
財務担当取締役が反対した。
「ヘリコプターの市場規模は、それほど大きくないと聞いています。それを考えるとヘリコプターの代替として使われる翔空艇も、同じようなものだと推測できます」
この取締役は、新工場の建設を慎重に考えようという意見のようだ。神原社長は腕を組んで考え込む。そして、雅也に目を向けた。
「聖谷君はどう思う?」
「そうですね。私は翔空艇をヘリと一緒に考えるのは違うと思います」
「なぜかね?」
「翔空艇の航続距離・燃費・最大速度が、ヘリとは全く違うからです」
中園専務が頷いてから質問した。
「ですが、違うと言っても用途は同じになるのではないですか。何が変わると言うんです?」
「翔空艇は、ヘリに比べ一桁違う航続距離と燃費の良さがあります。長距離小型輸送機として利用する需要があると思います」
雅也は救難翔空艇としてではなく、輸送翔空艇として活用できると主張した。その意見を会議で検討した結果、救難翔空艇と輸送翔空艇の製造工場を建設する計画が立ち上がった。
中園専務が中心になって計画を纏め、その計画書をメインバンクに持ち込んだ。言い出した雅也ではなく、中園専務が中心となったのは、能力の差である。意見を纏め業務を進めることに関しては、専務の方が優れていたからだ。
雅也自身は変な功名心がないので、仕事を増やされなくて良かった程度に思っていた。武装翔空艇の開発だけで手一杯なのだ。
開発中の武装翔空艇は、段々と完成が近づいていた。試作機の開発なので、これがそのまま量産機となるわけではないのだが、こういうのは仕事として楽しい。
建設会社に勤めていた時にも、自分が設計した建物が実際に出来上がっていく様子を見るのは楽しかった。
「陸自が航空機関砲を決めました」
中村主任が雅也に声をかけた。
搭載する航空機関砲をどうするか迷っていたようだが、陸自がアメリカ製のガトリングガンではなく、ヨーロッパ製リボルバーカノンに決めたそうだ。これは大口径の弾薬を使う全自動射撃機構を備えた回転式拳銃みたいな機関砲である。
アメリカ製を選ぶと思っていた雅也は、少しびっくりした。立ち上がりの早さと軽量で嵩張らないという点が決め手になったようだ。
「ミサイルは日本製か」
もう一つの搭載兵器である空対空ミサイルは、日本製のものに決まった。どうやら新型の空対空ミサイルを開発したので、旧型を武装翔空艇用にするようだ。
だが、武装翔空艇でも新型長距離ミサイルを使えるようにはするらしい。武装翔空艇はステルスではないので機体の下にミサイルを吊り下げる形になる。
仕事を終えた雅也は、第一工場を出ると、繁華街に向かった。カラオケを利用するためである。デニスから面白い提案があったからだ。
複数の真名を使って、魔源素結晶に新しい機能を転写するというものだ。少し前から感じていたことなのだが、真名の機能を魔源素結晶に転写する時、歌に合わせたイメージがかなり影響するようなのだ。
転写される機能は、厳密に言うと『魔源素』と該当する真名の二つの機能を合わせたものなのだ。今回は二つではなく三つの真名の機能を転写できるか試すことにした。
用いる真名は『装甲』と『雷撃』である。目的は虫除けの指輪なのだが、一つ問題があった。『装甲』を転写するのに相応しい曲が見つからなかったという点だ。
ただ虫除けに最適な曲は見つかった。これまでは真名とイメージが重なる曲を探して転写に利用していたのだが、今回は目的のイメージと重なる曲に合わせて複数の真名を利用してみようと考えている。
選んだ曲は、ある有名男性歌手が作詞している曲だ。虫除けが目的なので『虫』が出てくる。そして、詞の中に『私の部屋では よく虫が死んでいる』という言葉が出てくる。
雅也はこれだと思った。虫除けの指輪にはピッタリだったのだ。ただ、その男性歌手がなぜこんな歌詞を書いたのかは理解できなかった。
雅也はカラオケボックスのテーブルに魔源素結晶を置き、『魔源素』『装甲』『雷撃』『言霊』の真名を解放する。精神を集中させ、虫の歌を歌い出す。
何となく転写は成功したという感じがしたのだが、手応えが変だった。何だかホームランを狙ってバットを振ったのに、ゴロになって一塁打になった感じだ。
出来上がった虫除け迷石を、虫が多い近くの山に行って試してみた。期待した以上に、絶妙に機能した。寄ってきた虫が雅也の皮膚の近くで弾かれポトリと落ちたのだ。
ただ『装甲』の機能に関しては微かな効果しかなかった。蚊は撃退するが、甲虫なら弾き返せないほど微妙なものだったのである。
「虫除けとしては満点だけど、転写という意味では失敗かな。……面白い」




