scene:139 未来の子爵
剣と槍で戦う戦争において、兵力の二割~三割以上が死亡すると激戦だとゼルマン王国では言われている。今回のオルロフ族との戦いも激戦であり、オルロフ族は一四〇〇人ほどの戦死者を出していた。
その中でベネショフ領の兵士たちが討ち取った数は、三〇〇人ほど。全体の二割以上になる。精々八〇名ほどしかいない兵力で、それだけの戦果を上げたのは異常だった。
これは最初と最後に兵士たちが、爆裂球攻撃を一斉に放ったのが原因だった。その攻撃により一五〇人以上の戦死者が出たらしい。
戦いが終わった後、戦死者を数えたゲープハルト将軍の部下はベネショフ領兵士の強さに肝を冷やしたと証言している。
ベネショフ領の功績は、それだけではなかった。兵士たちが討ち取った敵の中にオルロフ族の族長の息子がいたのだ。持ち物から分かったらしいのだが、騎馬戦士部隊の指揮官だったようだ。
バルナバス秘書官がベネショフ領の功績を説明すると、ほとんどの貴族は功績第一に挙げられたことを納得した。だが、不服そうな顔をしている者がいた。
ダリウス領のメルヒオールである。
「ちょっと待ってもらおう。ベネショフ領の兵士は、戦場で化け物を使役していた。卑怯ではないのか」
戦場で卑怯という言葉を使うのは、愚か者の戯言と言われている。それは貴族たちも承知していたが、メルヒオールが言った化け物という言葉に反応した。
それは国王も同じである。国王はゲープハルト将軍に視線を向けた。
「それについては、私から説明する。ベネショフ領兵士が使役したのは、ボーンサーヴァントと呼ばれているものです。我が国でも一〇〇年以上前までは使われていたらしい」
将軍はボーンサーヴァントについて説明し、使われなくなった原因である王族が死んだ物語を伝えた。
「陛下、そのような不吉な存在を使役するのは、如何なものでしょう」
マノリス領のギュデン男爵が声を上げた。
国王がデニスに質問した。
「デニスよ。ボーンサーヴァントを不吉なものだと思うか?」
デニスは姿勢を正し否定した。
「いいえ、そうは思いません」
「その理由は?」
「その不幸な事故は、ボーンサーヴァントが五歳児程度の知能しか持たないことを理解していなかったから、起きたものだからです」
デニスは王族が川に落ち助けを呼んだ時に、具体的に腕を掴んで引っ張れとボーンサーヴァントに命じていれば、その王族は助かったかもしれないと述べた。
「なるほど、分かった。その方の言い分が正しいようだ。一度ボーンサーヴァントを見せてくれぬか」
「承知致しました」
デニスは国王の前に出た。ゲープハルト将軍は護衛兵に国王の前に並ぶように指示した。万一の時に国王を守るためである。
デニスはボーンエッグを取り出して、国王や貴族たちに見せてから空中に放り上げ、ボーンワードを唱えた。空中で小さなスケルトンが生まれ、床にカチャッという音を響かせて立った。
ボーンサーバントを初めて目にした者は非常に驚く。今回も例外ではなかった。国王も貴族も目を見開き驚きの表情を浮かべている。
「私の周りを回れ」
デニスが命じると、ボーンサーヴァントが歩き始めた。命令すれば従うことを見せたのである。
「デニスよ。ベネショフ領兵士のどれほどがボーンサーヴァントを所有しておるのだ?」
「我が領には二〇〇名ほどの兵士がおりますが、ボーンサーヴァントを所有しているのは、八〇名ほどでございます」
「半分以下か。なぜ全員が所有しておらん?」
「一二〇名は新兵であり、自分でボーンエッグを取りに行けるほど鍛えられておりません」
七〇名で騎馬戦士五〇〇を撃退した兵士が、二〇〇名に増える未来を想像した貴族たちは顔を強張らせた。規模は小さくとも侮れない戦力を持つベネショフ領は、今後敬意を払われる存在となるだろう。
バルナバス秘書官は、続けて戦いで功績のあった貴族家の名前を挙げた。二番目はクリュフバルド家であり、ランドルフが胸を張る。
ダリウス領のメルヒオールが悔しそうに顔を歪めた。だが、デニスは当然だと思っている。
紅旗領兵団が戦いの途中で変な動きをしたのを見ていたからだ。どういうつもりかは知らないが、わざと騎馬戦士に突破されるような真似をすれば、戦果にも影響するというものだ。
メルヒオールの自業自得だった。
功績のあったすべての貴族の名前を発表した秘書官が下がると、国王が功績に対する褒賞を発表する。ベネショフ領のブリオネス家は、二年後に子爵へ陞爵するというものだった。二年後となったのは、ブリオネス家が男爵になったばかりであったからだ。
こうして北の蛮族との戦いは終わった。この戦いでベネショフ領は注目され、他の貴族たちもボーンサーヴァントや放出系の真名を求める傾向が強くなった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その頃、雅也は帆船の設計図を見ていた。
デニスから性能の良い帆船とはどういうものか調べて欲しいという要望があり、造船所の技師に設計を頼んだのだ。日本では木造帆船を作れる技術者が見つからなかったので、イギリスの造船所に頼んで設計してもらった。
全長二五メートル、排水量一〇〇トンほどの帆船である。形は二本マストのスクーナー型で、大きな船倉を持つ貨物船となっていた。
問題は、これらの資料をどうやってデニスに渡すかである。そこで記録モアダを利用することにした。記録モアダは、使用者が脳に記録してから迷宮石に刻みつける。
記録モアダを使って木造帆船の設計図や資料を記録すると、強制的に雅也の脳に記録することになる。雅也の精神はデニスと繋がっているので、その精神と繋がっている脳に刻まれたデータをもう一度デニス側が記録モアダを使って迷宮石、あるいは魔源素結晶に記録することも可能なのだ。
その作業を終えた雅也は、第二工場に向かった。この工場では救難翔空艇が製造されている。
「聖谷取締役、待っていました。こちらにお越しください」
工場の事務員が雅也を見つけて声を上げた。
雅也が近づくと、外国人らしい人物と川村工場長が話していた。顔に見覚えがある。アメリカに建設する救難翔空艇製造工場の工場長になる予定のジェイク・ホフマンだった。
「ジェイク、どうしたんだ?」
このアメリカ工場の責任者は日本語が流暢なので、雅也は気軽に話しかけた。
「聖谷さん、相談があって来ました」
アメリカ陸軍がアメリカ工場で製造する救難翔空艇に、武装翔空艇と同じく強化したタイプの基本構造を採用してくれと言い出したらしい。
「強化型基本構造にした場合、工場にどんな影響がある?」
「素材を替えなければなりません。手配した下請けに影響します」
製造単価も七パーセントほど上がるらしいが、アメリカ陸軍は一〇パーセントまでならOKだと言う。
「なら、望み通り強化型基本構造にして、ぎりぎりの一〇パーセントまで製造単価を上げた値段で売値を提示してくれ」
ジェイクが肩を竦め了承した。
「神原社長に、許可を取らなくとも良いのですか?」
「この件の全権を任せてもらっている。心配ない」
アメリカ陸軍はもう一つ要望を出している。強化型基本構造の救難翔空艇を実際に製造し、確認用に提供して欲しいというのだ。
雅也は二機の救難翔空艇B型を製造するように指示した。ちなみに、元々の救難翔空艇をA型、今回製造する機体をB型と呼び分けることに決まった。
第一工場で武装翔空艇を開発しているので、素材や部品はすでにある。時間をかけずに救難翔空艇B型が製造できそうだった。
とはいえ、様々な問題が発生することは避けられない。基本構造を強化したために機体重量が増え、最大速度が目標に達しないと分かった。
雅也は第一工場のエンジン開発部門へ行って、開発責任者を呼び出した。
「出力増強型動真力エンジンの開発はどうなっている?」
「最終テストの段階で、今月中に量産計画の検討に入ります」
雅也はホッとした。これで救難翔空艇B型が製造できそうだと目処が立ったからだ。ただエンジンを変えると、操縦システムのソフトウェアを修正しなければならない。
二ヶ月後、雅也と救難翔空艇B型開発チームは、最大限の努力を傾け二機のB型を完成させた。一機をアメリカ陸軍に納入した。
大きな仕事が一つ片付き、ホッとしていた雅也にK大学の刈谷准教授から連絡がきた。刈谷准教授は識別符の研究を任せた数学者である。
K大学の研究室を訪ねると、刈谷准教授が数人の学生と一緒に討論していた。
「お呼び立てして、すみません」
雅也の顔を見て、刈谷准教授が声を上げた。
「構いませんよ。それより識別符の研究が進んだそうですね」
「はい。頂いた図形は、ある数式に素数を組み込んで描いたものでした」
刈谷准教授が説明してくれたが、雅也には数学の知識が乏しいので、ほとんど分からなかった。ただ素数と数式を使って描いた図が、識別符だということは理解した。
識別符は素数の数だけあるということなので、無限に近い識別符が存在することになる。刈谷准教授は十数枚の新しい識別符と開発したソフトの入ったメモリーを雅也に渡した。
素数を入力すれば自動的に識別符を描くソフトを、刈谷准教授は開発したのだ。また数式は識別符を描くだけでなく、何らかの意味がありそうなので続けて研究したい、と准教授が申し出た。
「いいですよ。その研究費も出しましょう」
雅也は一〇年間毎年五〇〇万円の研究費を出すことを約束した。大学研究者の個人研究費は年間数十万円ほどなので、刈谷准教授と学生たちは雅也が驚くほど喜んだ。
一方、雅也は識別符を創り出すソフトが、一〇年間で五〇〇〇万円では安すぎたかなと思っていた。
「刈谷准教授、何か困ることがあったら何でも言ってください。援助は惜しみませんから」
「本当ですか。ありがとうございます」
雅也は満面の笑顔を浮かべて帰った。




