scene:13 デニスの剣と野盗
王都モンタールはベネショフの東方、徒歩で一〇日ほどの距離にある。デニスとエグモントは、二人だけで旅に出た。妹のアメリアは、体力的に長旅は無理なので留守番である。
ユサラ川を渡し船で対岸に渡り、バラス、ミンメイと東へ進む。地図に載っている町のほとんどは、ベネショフより大きな町で人口も多かった。
しかし、そういう町は数が少なく、街道沿いに存在する集落の多くは地図にも載らない小さな村だ。デニスたちは、そんな村に宿泊しながら旅をした。
デニスにとって、この旅は快適なものではなかった。不機嫌そうに先を急ぐエグモントと一緒だったからだ。デニスが話しかけても、碌に返答もしてくれない父親。非常に鬱陶しい。
「兄さんの結婚相手は、誰なのかくらい教えてよ」
「第二騎兵隊指揮官グスタフ殿のお嬢様だ」
「逆玉じゃないか」
第二騎兵隊といえば、軍でも花形部隊である。その指揮官なら、辺境の領主より立場的に上だ。爵位も男爵だったはず。
赤の他人からすれば、羨ましい限りだろう。だが、エグモントにとっては、裏切り行為だった。エグモントが借金をして、ゲラルトを王都の学校に入れたのは立派なベネショフ領の領主になって欲しかったからだ。
八日目、バルツァー公爵の都市ダリウスまで少しという場所に来た時、デニスは後方から気配を殺して付けてくる者に気付いた。
「誰かに付けられている」
「何だと……野盗か」
エグモントは勢いよく振り向いた。怪しげな二人の男が慌てたような素振りを見せてから、口笛を吹いた。それは仲間への合図だったらしい。
道の左側に広がっている針葉樹の林から三人の男たちが現れた。伸び放題の髭と薄汚れた服。荒んだ生活をしている者たちだと分かる。
野盗たちが下卑た笑いを浮かべながら近付いてきた。
「おい、お前ら。金目の物を出しな」
エグモントはデニスにも剣を用意しておけば良かったと後悔した。デニスが武器として持ってきたのは、いつもの樵哭樹の棒とナイフだけである。
デニスはリュックを下ろし、棒を構える。そこにエグモントの指示。
「お前は後ろの二人を頼む」
デニスは上段に構えたまま、二人の野盗に向かって突撃した。
「うおおおおーー!」
向かってくるとは考えていなかった二人の野盗は、慌てて剣を構えた。デニスは左側の男に棒を振り下ろした。男は防御しようと反応したが間に合わず、棒は肩に食い込んで骨の折れる感触が手に残る。
宮坂流は示現流などと同様に実戦的な剣術である。振り下ろされた一撃のスピードは、野盗が経験したことのないものだった。
残った一人が喚き声を上げながら、剣を前に突き出し攻撃してきた。同じ手口で殺しの経験があるのだろう。腰の入った突きだ。
デニスは上段から、相手の剣を叩き落とすように振り下ろした。剣がカンと弾かれる。棒は反動で少し持ち上がり、そのまま相手の喉を狙って突き出された。
「ぐふっ」
棒が綺麗に喉に決まった。宮坂流の【払い突き】だ。宮坂流の基本の構えが上段なので、防御も上段から払うように打ち下ろすという技になる。
デニスは素早くナイフを取り出し、倒れている男の首に当てた。一瞬だけ躊躇した後、掻き切る。肩を打たれて地面でのた打っている男にも止めを刺した。
「うっ」
血が飛んできたのを避け、顔をしかめた。血を見て人を殺したのだという実感が湧き上がる。思考が停止しそうになるのを必死で堪えた。
こういう状況でなければ、捕縛も考えただろう。しかし、一刻も早くエグモントを助勢しなければならない。後ろを見る。エグモントが攻め込まれながらも耐えている様子が目に入った。
デニスは無言で走りだした。敵の近くまで来て全力で跳躍。空中で上段に構えたデニスは、エグモントに斬りかかろうとしている野盗の頭に棒を振り下ろした。
ボグッという音がして頭蓋骨が陥没する手応え。その男はクタッと倒れた。
「この野郎!」
野盗の一人が叫びながら、デニスに斬りかかった。横から薙ぎ払うような斬撃がデニスを襲う。その剣に対して上から棒が振り下ろされた。
「シャーッ!」
デニスが気合を発し、風を切るヒュンという音がして棒と剣が交差する。次の瞬間、パキンという音が響き剣が真っ二つとなった。安物の剣だったのだろう。
「ひゃっ!」
野盗が上げた奇妙な声が響く。
デニスは容赦なく追撃。素早く振り上げた棒を首に振り下ろした。男は短くなった剣で棒を受け止めようとした。だが、勢いの乗った棒が剣ごと首に押し込み気道を潰す。
男は白目を剥いて倒れた。デニスが最後の一人に目を向ける。ブリオネス家の家宝の剣が、野盗の胸に突き刺さった瞬間だった。
エグモントは肩で荒い息をしながら、倒れている野盗たちの遺体を見た。五人のうち四人を、デニスが倒していた。しかも、得物は棒である。
「凄まじい剣術だな」
エグモントが呟くように言った。その言葉は誰にも聞こえなかった。デニスは地面に座り込んで呆然とした顔をしている。
エグモントは、しばらくデニスをそっとしてやることにした。その間に、遺体を引きずり道の脇に片付け始める。
「ふうっ、金目の物を持っていないな」
野盗は巾着袋を持っていたが、入っていたのは小銭だった。真鍮貨と銅貨ばかり。とりあえず回収し、一つの巾着袋に纏めてベルトに吊るした。
デニスは父親の様子を見ていて、大きな溜息を吐いた。
「どっちが野盗か分からんな」
父親の行動で、この世界では命が軽いとを感じた。ようやく立ち上がる気力が湧いた。デニスは立ち上がり、折れていない剣を集め肩に担いだ。
デニスたちは次の村に到着してから、野盗について村長に報告した。誰かが遺体を埋葬しなければならないからだ。
そして、一〇日目に王都モンタールに到着。最初にモンタール城の尖塔が見え始め、町並みが目に入る。王城を中心に四方へ広がる街だ。
大通りは石畳で舗装され、馬車が行き交っている。レンガ造りの建物が多く、王城だけは石造りとなっていた。高い塀と堀に囲まれた王城は、広さが五〇ヘクタールほど、千葉にある有名テーマパークと同じくらいである。
王の住まいと執務室、謁見の間、閣議の間、衛兵控室などがある中央城は、白い大理石で作られている。外見から白鳥城と呼ばれている華麗な城だ。
王城の周りには貴族の屋敷が建てられ、貴族街を形成している。準男爵であるブリオネス家の屋敷も、貴族街にあってもよいはずなのだが、存在しない。
貴族街に屋敷を建てるほど裕福だったことが一度としてないからだ。悲しい現実だった。
とりあえず、宿をとって寝た。
翌朝、ゲラルトと会うために王都警備軍の事務局を訪れる。そこでゲラルトへの面会を申し出て、事務局の待合室に呼び出してもらうことになった。
呼び出されたゲラルトが、軍服を着て姿を現した。
「父上、デニス、久しぶりです」
元々ゲラルトは朴訥な感じの少年だったのだが、都会で洗練されたのか、デニスの目から見てもイケメンになっていた。
「手紙を読んで、飛んできた」
エグモントの言葉で、顔を曇らせるゲラルト。
事務局の外にある休憩所に行って、エグモントとゲラルトは話し始めた。ここは兵士が訓練の合間に休憩を取る場所で、今は誰もいない。
ゲラルトの話によると、相手の家は跡継ぎが娘のカサンドラだけらしい。そこから先は、デニスに聞かせたくなかったらしく、少し離れた場所で話が済むまで待たされた。
風に乗って、『跡継ぎ登録』『王家』『借金』という言葉が聞こえてきた。前の二つはよく分からないが、最後の『借金』は想像が付く。
ゲラルトは借金まみれの領地など継ぎたくないのだろう。デニスが兄の立場だったとしても、同じように考えるかもしれない。
その後、先方の父親であるグスタフも交えて話をすることになったようだ。その日の夕方、デニスを宿屋に残し、エグモントが外出した。
デニスが眠った後、エグモントは戻ったようだ。翌朝、デニスが起きると部屋の中に酒の臭いが漂っていた。昼頃に起きたエグモントは、またデニスを置いて出掛けた。
宿で寝ているのにも飽きたデニスは、街に出てぶらぶらと商店街を歩いた。妹にお土産を買って帰ろうと思ったのだ。ずらりと並んだ商店の列に、デニスは日本を連想した。
一つ一つの店は小さいが、ベネショフの町にはない商品が溢れている。宝飾店・薬屋・料理屋・古着屋・八百屋・反物屋・仕立て屋・金物屋・武器防具屋など様々な店が軒を並べている。
デニスは武器防具屋に入った。野盗から回収した剣を売るためだ。
「この剣を買い取って欲しいんだけど」
主人らしい男に話しかけた。
「どれどれ、品物を拝見いたしましょう」
デニスが剣を渡すと、鞘から抜いて確かめる。
「これはクムで大量生産された剣ですな」
クムは王都の南東にある鉱山都市である。迷宮産ではなく本当の鉱山から採掘した金属鉱石を精錬加工している都市だ。
予想通り安値で買い叩かれた。それでも大銀貨二枚になったので、使えそうな剣はないかと見て回る。
出来の良い剣は、金貨数枚という値段のようだ。とても買えない。新しい武器を諦めきれずに店内を回っていると、隅に置かれている樽に十数本の棒が入れられているのが目に入った。
樽の中にあるのは、使い古しの棍棒や槍の穂先がない柄だけなどで、ほとんどはジャンク品だった。中の一つに興味を惹いたものがあった。
黒い棒である。長さは九〇センチほどだろうか。何か塗ってあるのかと思ったが、木の地肌が黒いようだ。デニスの知らない木で作られている。
「おじさん、これは?」
デニスが黒い棒を取り上げた。予想以上にズシリとくる重量感で、練習で使っている棒より重いだろう。
「うん、そいつか。そいつは聖人アズルールが使ったと言われる聖なる杖だ」
「絶対、嘘でしょ。そんな物をジャンク品と一緒に樽に入れているわけないだろ」
主人がニヤリと笑った。
「よくぞ見破った。単なる謎の棒だ。頑丈で重いのが特徴だが、重すぎて使える者がいなかった」
この棒に刀身を付けて、薙刀や長巻のような武器にしようとした者もいたらしいが、柄の部分の棒が重すぎて、バランスが非常に悪かったらしい。
この棒は木製だが、絶対水には浮かないだろう。ロングソードの三倍ほどの重さがあった。ただ、デニスは気に入った。主人に値段を尋ねる。
「金貨一枚でどうだ?」
「高すぎる。ここに置いてあることから推測すると、長いこと売れなかったんじゃないか」
主人がこめかみをピクリと痙攣させた。
「しっかりしているな。大銀貨四枚だ」
ここから本格的な値引き交渉が開始され、結局大銀貨二枚となった。デニスは棒を『金剛棒』と名付け、迷宮で使うことに決めた。




