scene:129 動真力エンジンの分解
雅也が通信モアダを使って通信範囲を調査した時、二つ判明したことがある。一つは地球上ならどこでも通信可能だということ、もう一つはデニスが住む世界とは通信できなかったということだ。
やはり別次元の異世界へは共振迷石の力も届かないらしい。予想していたことだったので意外には思わなかった。ただデニスと雅也は残念に思った。
雅也が通信モアダを設計させた音響メーカーに、もう一つ依頼したものがある。共振迷石を使った放送受信機である。電気を一切使わないものにしてくれと頼んだので、設計者は苦労したようだ。
出来上がったものは、四角い箱にラッパのようなホーンが付いた蓄音機に似た形となった。音を増強するためにホーンが必要だったからだ。
マイクは平凡な卓上マイクとなった。これを設計した技術者は、放送受信機を『迷石ラジオ』と呼んでいるようだ。鉱石ラジオから連想して呼び始めたらしい。
迷石ラジオは想像以上にクリアな音を再現した。これらの装置が完成した頃から、神原社長が通信モアダに興味を持ち始めた。最終目標である月探索を実現するには通信装置も重要であり、通信モアダが利用できるかもと考えたのだ。
そして、音声だけでなくデジタルデータも送受信できないか、研究することにした。
クォーツ時計の水晶は一秒間に数万回振動することが知られている。共振迷石にも一秒間に数万回程度のデジタル信号化した振動を与えることは可能だろう。その振動を受信してデジタル信号に戻しデータとして受け取れるのではないかと考えたのだ。
大量のデータを送受信するためには共振迷石を増やさなければならないが、ここでも識別符の数が問題になり、雅也は識別符について研究する依頼をK大学に出した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
日本で開発された救難翔空艇の製造工場を、国内に建設するようにアメリカが申し入れたニュースは、諸外国にも知られるようになった。
それを不審に思った国がいくつか存在した。どのように不審に思ったのか、それはマナテクノに示した待遇である。工場用地を軍基地の近くに用意したのを始め、税金でも優遇するという噂が流れたのだ。
その中の某国は、アメリカが救難翔空艇を改造して武装翔空艇を造るつもりなのだと推測した。武装翔空艇は日本で開発中だと公表されたこともあり、アメリカが開発するなら自国でも武装翔空艇を開発しようと考える者も現れた。
某国の政府は、救難翔空艇を数機購入し軍の研究所に運んだ。
「ふん、これが日本が開発したという救難翔空艇か」
攻撃ヘリの開発に協力したヨン教授が、眼鏡の位置を直しながら言う。
ヨン教授の指示に従い、救難翔空艇の性能調査が行われた。飛行性能と航続距離がスペック通りであり、素晴らしく操縦しやすい機体だと分かった。
調査が終わった頃、陸軍の幹部であるチャン少将が現れ、教授に尋ねた。
「教授、どうです。独自の武装翔空艇が造れそうですか?」
「君たち軍人が、どれほどの性能を要求するかによるね」
攻撃ヘリの開発において、要求仕様を決める軍人たちが仕様を二転三転させたことで苦労した教授は、チャン少将を睨んだ。
「攻撃ヘリの件は、お互いに忘れましょう。開発が遅れた原因は、軍人にだけにあるのではないですぞ」
開発を担当した技術者たちや教授も、自国の優秀な技術力をもってすれば軍人が要求する性能を実現可能だと意気込んだのだが、実際には実現できなかった。
完成した攻撃ヘリは軍人たちを満足させるものにはならなかった。軍人と技術者は、その責任をお互いになすりつけようとして醜い争いを起こし、開発チームは解散したという過去がある。
「いいだろう。結果から言うと、アメリカと同じように救難翔空艇を武装翔空艇に改造することは可能だ。だが、性能的には開発済みの攻撃ヘリと同レベルにしかならんと思う」
「どうしてです。アメリカがメリットのないことをするとは思えない」
ヨン教授が分かっていないというように頭を振る。
「アメリカは救難翔空艇が持つ拡張性の範囲内で、最新の小型ミサイルや小型高性能レーダーを組み込み、長大な航続距離を持つ武装翔空艇を開発できる。だが、我々は小型化したミサイルもレーダーもない。何かを犠牲にしなければ完成しない。そして、その犠牲は速度と航続距離になるだろう」
「理解できませんな。アメリカはともかく、日本に開発できて、我が国に開発できないものがあると言われるのか?」
日本は動真力機関を発明した国である。実際のところ翔空艇に関する技術は、日本に比べて一歩も二歩も遅れているのだ。しかし、日本が開発できるのにと言われると、ヨン教授も引けなくなった。
日本の研究者・技術者に比べて遅れていると思われたくなかったのである。
「動真力エンジンを改良できれば、十分使える武装翔空艇が開発できると思う」
ヨン教授は、ミサイルやレーダーを小型化するのではなく、動真力エンジンの出力を上げることで既存の兵器や航空電子機器を組み込んでも、最大速度だけは攻撃ヘリより上回るという案を出した。
「動真力機関を改良……いいだろう。だが、動真力機関は日本のマナテクノが開発したものだ。設計などの情報はないのだぞ」
「現物はあるのだ。これを分解し解析すればいい」
マナテクノは動真力エンジンをブラックボックス化しており、エンジンの改修を禁じていた。故障が起きても現地で修理することを許しておらず、エンジンを取り外し専用の修理工場へ送るように指示している。
購入時の契約でそうなっているのだが、ヨン教授は守る気がないようだ。
ヨン教授たちは動真力エンジンを取り外し、エンジンを分解しようとした。オイルキャップを外し中のオイルを取り出す。そして、ネジを外し分解していく。
途中で上手く外せない部品があり、専用の工具が必要だと分かる。作業をしている技術者の一人が、どうするかヨン教授に尋ねた。
「仕方ない。強引に外してしまえ」
それがまずかったようだ。その部品を強引に引き抜いた瞬間、プシュッと音がしてエンジンから液体が零れ出た。
「あっ」
ヨン教授は零れた液体をオイルだと思った。半分は正解で、実際は微小魔源素結晶と特殊な油を混ぜた溶液だった。一番重要なものを零したことになる。
分解は進み、エンジンの内部構造が明らかになった。
「何だ、これは?」
分解の作業をしていた技術者が驚きの声を上げる。やたらと複雑な構造が姿を見せたのだ。それはある範囲で推力方向を変える機構だった。
軍用機用に開発された推力偏向型動真力エンジンに比べると、推力の向きを変えられる範囲が限定されており、宙返りするような荒業ができるほどの性能はないが、かなり複雑な構造になっていた。
ヨン教授たちはエンジン構造を研究したが、完全に理解することはできなかった。分解した技術者たちは組み立て直すこともできず、大金を出して購入した救難翔空艇は、研究所のオブジェとして放置されることになった。
ヨン教授を含む技術陣の完敗である。
救難翔空艇のエンジンを分解し、動真力機関をコピー生産しようという試みはいくつかの国で試されたようだ。もちろん、微小魔源素結晶を生産できる国は日本のみだったので、代わりに微小魔勁素結晶を使用するつもりだった。
しかし、成功した国はまだない。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
雅也は久しぶりに冬彦の探偵事務所へ行った。冬彦と探偵事務所に用があったのだ。
「先輩、ここに来るなんて珍しいじゃないですか?」
冬彦が笑顔で仕事をしている。似合わないと思った。仕事をしている時の冬彦は、困ったという顔をしているのが似合っているのだ。
「今、何か変なことを考えませんでした?」
「いや、そんなことはないぞ。どうしてだ?」
「そんな気がしただけです」
探偵として働くうちに直感が働くようになるということはあるのだろうか、そう考えながら雅也は冬彦の顔を観察した。
「ところで、飲み会の誘いですか?」
直感の件は、気のせいだったようだ。
「いや、仕事を頼みたいんだ。クールドリーマーの仲里真司という人物を調査して欲しい」
「何者です?」
「富山のラジオ局で働いている人物だ。彼の性格や収入、交友関係などを調べて欲しい」
「構いませんけど、調査する理由を聞いてもいいですか?」
「彼をスカウトするつもりなんだ」
「はあっ、ラジオ局で働いているんですよね。畑違いじゃないですか」
「マナテクノじゃなくて、俺個人で雇うつもりなんだ」
冬彦がニヤリと笑った。
「何をさせるのかは知りませんが、それだけだったら電話で済んだんじゃないですか」
「忘れ物を取りに来たんだよ」
雅也は自分が使っていた部屋に行った。今では資料室のようになっている部屋である。書棚の他には、机が一つだけ置いてあり、その引き出しを開ける。
中から小さな箱を取り出した。指輪を入れるような箱である。だが、中に入っていたのは卵だった。形も大きさもウズラの卵のようだ。
この卵は、ある事件に巻き込まれた冬彦が怪我をして入院した時、その病院で遭遇したスケルトンを雅也が倒して手に入れたものだった。
スケルトンは同じ病院に入院していた真名能力者の女性が召喚した魔物であり、事件としては解決している。ちなみにスケルトンを召喚した女性は、ストーカーが怖くて自分を守るためにスケルトンを召喚しただけだった。
雅也がストーカーを退治し、『治癒』の真名を得た後に真名術を使って、女性を治療したので普通の生活に戻っている。
「それって、何ですか?」
冬彦が雅也の手元にある卵を見て尋ねた。
「こいつは、ボーンエッグというものらしい」
小さなスケルトンであるボーンサーヴァントを生み出す卵である。




