scene:123 通信モアダ
王都に戻ったデニスは、『記録』の真名を転写して記録迷石を作った。その転写に使った曲は、一九八〇年代にペンギンのアニメCMで有名になった曲だった。
雅也に記録や記憶に関係する曲を探してもらい、ヒットしたのがその古い曲だったのだ。
デニスは作った記録迷石を持って賢人院へ向かう。グリンデマン博士に会うと、彼が持つ迷宮装飾品の記録迷石を新しいものに交換した。
その記録迷石はデニスが作った魔源素結晶ではなく、本物の迷宮石に真名を転写したものだ。デニスが作る発光迷石などより一回り大きなものである。博士が持つ迷宮装飾品が迷宮石を使っていたので、それに合わせたのだ。
「本当に大丈夫なのか?」
修理された迷宮装飾品をジッと見ながら、グリンデマン博士が問う。
「試してみてください」
博士は記録迷石を使った迷宮装飾品を『記録モアダ』と呼んでいる。モアダは迷装具を意味する言葉らしい。記録モアダが音や映像をどこに記録するかというと、別の迷宮石である。使用者が脳に記録してから迷宮石に刻みつけるそうだ。
但し、脳を使う関係で映像と音を同時に記録するなら一五分程度、音だけなら一時間ほどしか記録できないらしい。
記録モアダを録画モードで起動させると、使用者の目や耳から入った映像や音が脳の一部で整理され記憶される。その後、一瞬で記憶を迷宮石へ刻みつけるという仕組みなのだという。
再生は迷宮石に刻まれた映像や音が、記録迷石の上部にある空間に再生される。それはホログラムのようなものであり、この世界には不釣り合いなハイテク性能だった。
グリンデマン博士は、迷宮石に記録されている映像を再生した。バイオリンのような楽器を奏でている女性の映像が空中に投影される。
博士はホッとしたような表情を浮かべ、
「大丈夫なようだ。君には感謝するよ」
そう言って、デニスに笑いかけた。それは幸せそうな笑みであり、その記録が大切なものだったのだと分かる。
「博士、それで古文書の解読は?」
「約束は守る。これが解読した結果だ」
デニスは一枚の紙を渡された。そこには解読された結果が書かれていた。岩山迷宮の八階層で手に入れたアイテムは、通信装置だったようだ。それも共振迷石を使ったものである。
屋敷に戻ったデニスは、ミモス迷宮で手に入れた解説書と照らし合わせて調べた。すると、様々なことが判明した。共振迷石を転写する時には『識別符』と呼ばれる幾何学模様が必要らしい。
識別符の図は『共振』の真名を転写する時に使われる。頭に識別符をイメージしながら転写するのだ。そして、同じ識別符で作られた共振迷石の間だけで通信が可能らしい。
この識別符は何らかの法則に従い描かれたもので、でたらめに描かれた図では機能しないと解説書に書かれている。また解説書には、例として四つの識別符が記載されていた。
「四つだけだと、通信機として使うには不便だな」
通信機には、受信用と送信用の共振迷石が組み込まれている。つまり、一組の通信装置で二つの識別符が必要なのだ。
デニスが通信機について調べている頃、白鳥城に探索者ギルドから知らせが届いた。ミモス迷宮の九階層で異変が起きたという情報に、不審を持った内務卿は部下に調べさせた。
「陛下、ミモス迷宮で異変が起きたようでございます」
クラウス内務卿が国王に報告した。
「異変とは何事だ?」
玉座に座る国王が身を乗り出して尋ねた。
「それが、九階層のスウィンデーモンが急に弱くなったのでございます」
「はあっ、弱くなっただと……どういうことだ?」
「探索者ギルドで調べた結果、スウィンデーモン王を倒した者がいる、と判明いたしました」
スウィンデーモン王を倒すと、次の王がリポップするまで、スウィンデーモンが弱体化することが知られている。
「スウィンデーモン王と戦うことを、探索者は避けておる、と聞いておったが、誰が倒したのだ?」
「探索者のケヴィンという者から聞いたのでございますが、ブリオネス男爵家のデニスだそうでございます」
「なるほど、西部の麒麟児は活躍しておるようだな。しかし、なぜミモス迷宮に潜っておったのだ?」
「賢人院のグリンデマン博士が、記録モアダの修理を頼み、必要な『記録』の真名を手に入れようとしていたそうでございます」
「それで、真名は手に入れたのか?」
「手に入れたそうです。しかも、九階層でスウィンデーモン王も倒し、別の真名も手に入れたようでございます」
デニスはカッパキングから手に入れた真名が、何であるか誰にも教えなかったので、クラウス内務卿も知らなかった。
「ただ、気になる情報があります。スウィンデーモン王の神殿で、前王朝時代の書籍を手に入れたというのです」
「気になるな。デニスを呼んで話を聞こう。手配してくれ」
「承知いたしました」
国王が仕事を終え、家族の下に戻ると小さな客が来ていた。
「陛下、こちらがブリオネス男爵家のアメリアちゃんよ」
イザベル王妃がアメリアを紹介する。
緊張しているアメリアは、顔を強張らせたまま挨拶した。
「ここは、プライベートな場所だ。礼儀など気にせずとも良い」
「あ、ありがとうございます」
「ところで、兄上はミモス迷宮へ潜ったそうだな?」
「はい、私も一緒に行きました」
「ほう、それは勇ましい。怖くなかったのかね?」
「ベネショフでは、岩山迷宮に潜っていますから、恐くはありません」
「ふむ。ベネショフ領では君のような小さな娘も、迷宮に潜るのか?」
「私の他は、二人だけです。成人していない者で許されているのは、デニス兄さんが直接鍛えた者だけです」
ベネショフ領でも、アメリアたち以外の小さな子供が迷宮へ入ることを許してはいなかった。現在、岩山迷宮へ入ることが許されているのは、兵士とリーゼルが育てている探索者たちだけである。
テレーザ王女が口を挟んだ。
「やっぱり、私も迷宮に行ってみたいです」
国王は首を振った。それを見た王妃が告げる。
「ダメよ。アメリアちゃんは、ちゃんと訓練してから迷宮に入っているのだから」
テレーザ王女が不満そうに頬を膨らませる。その顔を見て、国王が笑った。アメリアはデニスが知らない間に、王族のお気に入りになったようだ。
その翌日、デニスは白鳥城に登城。案内された会議室で国王を待った。今回も堅苦しい話し合いはしたくなかったのか、謁見の間を避けたようだ。
デニスは国王の用件について考えた。このタイミングで呼んだということは、ミモス迷宮で手に入れた書籍のことだろう。あの書籍はベネショフ領だけの秘密にすることはできないと思っていたので、正直に話すつもりだった。
特に通信に関するものは、国の支援がないと普及しないものであり、ベネショフ領だけで使っても大きな利益にならないと計算する。
国王とクラウス内務卿が姿を現し挨拶を交わした。国王と内務卿が上座の席に座った。国王からデニスも座るようにと言う指示があり、デニスも座る。
「デニスよ。スウィンデーモン王を倒したそうだな」
「苦しい戦いとなりましたが、何とか倒せました」
国王が満足そうに頷いた。
「その折に、何かの書籍を手に入れたと聞いておる」
「はい。前王朝時代の迷装具に関するものでございます」
「どのようなものなのだ?」
デニスは手に入れた書籍を取り出し内務卿に渡した。内務卿がチェックしてから国王に手渡す。それを読んだ国王は顔色を変えた。
「すぐに、コンラートとオスヴィンを呼べ」
クラウス内務卿はドアの外で待機している警護兵に、コンラート軍務卿とオスヴィン外務卿を呼ぶように命じた。
「二人を待つ間に、そなたの武勇伝を聞くとしよう。スウィンデーモン王はどんな魔物であった?」
デニスはスウィンデーモン王の姿と戦いぶりを話し始めた。そして、戦いの最後を語り終えた時、軍務卿と外務卿が姿を見せる。
「陛下、お呼びでございますか」
「うむ、ブリオネス男爵家のデニスが迷宮で貴重な書籍を手に入れた。その書籍のことで二人を呼んだのだ」
二人は腑に落ちないという顔をしている。いくら珍しい書籍を手に入れたからとはいえ、自分たちを呼ぶほどのことなのか、と思ったようだ。
国王は自分の前に置いてある書籍の背表紙を二人に見せた。
「『迷装具解説―通信・記録編―』……本物なのでございますか?」
コンラート軍務卿が顔色を変える。それは伝説となっている迷装具について書かれた書籍だったからだ。通信モアダと呼ばれる迷装具は、軍事関連の重要な道具として利用されたという話が残されていた。
国王は書籍を軍務卿に渡した。軍務卿が興奮した表情で読み始める。
「なるほど、通信用の迷装具を作るには、『共振』という真名が必要なのでございますね」
国王が頷き、首を捻った。
「誰か、『共振』という真名について聞いたことがあるか?」
内務卿、軍務卿、外務卿が声を上げなかった。
仕方なくデニスが答える。
「その真名は、スウィンデーモン王が持っている真名でございます」
「それは真か。ならば、そなたは『共振』の真名を手に入れたのだな?」
皆の視線を痛いほどに感じたデニスが肯定した。すると、国王が笑い出した。本当に愉快そうな笑いである。




