scene:121 ミモス迷宮
デニスはミモス迷宮の九階層へ行くための準備を始めた。まずミモス迷宮に潜るための許可申請を出して、許可証をもらう。
次に探索者ギルドへ行き、九階層まで行ける探索者の紹介を依頼した。初めて行く迷宮である。短時間で九階層へ行くには、どうしても道案内が必要だった。
ミモス迷宮へ潜るメンバーは、デニスとアメリアたち、それにイザークである。ちなみに、ギルドが紹介した探索者は、ケヴィンという名のベテラン探索者だ。
すべての準備が終わった翌日、探索者ギルドでケヴィンと合流。ケヴィンは戦斧使いの逞しい戦士だった。デニスたちは馬車で迷宮へ向かう。
ケヴィンは一緒に迷宮に潜ることになった雇い主たちを観察した。男爵の息子だという若者と従士だという青年はいいが、三人の少女たちが気になる。
「デニス様、本当に妹さんたちも連れて行くつもりなのか?」
「ああ、アメリアたちは別の迷宮で八階層まで潜っている。ここの迷宮でも問題ないはずだ」
その言葉を聞いても、ケヴィンはアメリアたちの実力を疑っていた。アメリアたちの見た目が、可愛い人形のようだったからだ。
馬車から外を眺め楽しんでいる三人の少女たちは、普通の女の子に見える。この少女たちを迷宮に連れていくのが、ケヴィンには危険に思えた。
馬車に半日揺られ、ミモス迷宮の前にあるクスケという町に到着。ここで一泊してから翌朝早くに迷宮に潜ることに決めた。
翌朝、迷宮に潜ったデニスたちは、ケヴィンの案内で一階層を最短時間で通り抜ける。一階層は迷路のような地下空間であり、スライムしか存在しない階層だった。
二階層も一階層と同じような迷路だ。この階層では大ネズミと麻痺蛇に遭遇したが、鎧袖一触で撃破し通り抜けた。
三階層に到達したデニスたちは、森林が広がる広大な景色を目にして見惚れた。岩山迷宮の森林エリアと同等の広さがありそうである。
ただ一つ違うのは、このエリアの人口密度だ。あちらこちらで獲物を探している探索者の姿がある。ここで戦闘経験を積むために狩りをしているらしい。
魔物が現れても、周りの探索者が我先にと魔物に襲いかかるので、こちらを襲う魔物は少なかった。なので、短時間で三階層は抜けられた。
四階層へ下りる階段を歩きながらアメリアが、デニスに視線を向けた。
「次は、どんな階層なの?」
「三階層と同じ森林だよ。コボルトと毒霧カエルがいるらしい」
毒霧ガエルは猫ほどの大きさがある大ガエルで、口から霧状の毒を吐く危険なカエルである。
「あのカエルは、毒霧を吐く前に威嚇の鳴き声をあげる。鳴き声を聞いたら、逃げるか仕留めるか、行動を起こせばいいんだ」
ケヴィンがアメリアたちに教えた。
アメリアたちは毒霧攻撃を一度も受けることなく階層を抜けた。デニスが凍結球攻撃で撃退するように指示を出していたのでカエル退治は楽だった。
凍結球攻撃を受けた毒霧ガエルは動けなくなり、長巻の一撃で仕留められた。ケヴィンはアメリアたちが放出系の真名を持っていると分かり驚く。放出系の真名を持つ探索者は、王都でも少なかったからだ。
五階層は砂漠エリアだった。この階層には火蜥蜴がいるそうなのだが、一度も遭遇せず通り抜けた。ケヴィンが近道を知っていたおかげである。
六階層と七階層は、ファングボアや猿の化け物と遭遇した。しかし、デニスが瞬殺してしまったので、呆気なく通過。
「おいおい、ファングボアを雑魚扱いかよ」
ケヴィンが呆れたように声を上げた。
八階層に到着したデニスたちは、紅葉しているように赤い葉で彩られた森を眺める。
「綺麗な森……」
ヤスミンが呟いた。アメリアとフィーネが同意するように頷く。
「ここの魔物は、確かコボルトとオークだったな。他にはいないのか?」
デニスがケヴィンに確かめた。
「そうだな。他に雑魚はいるんだが、気をつけるのはコボルトとオークくらいだな。お嬢さんたちに、オークはきついんじゃないか?」
ケヴィンの心配を、デニスは笑い否定する。
「大丈夫だ。オーク程度なら心配ない」
アメリアとヤスミン、フィーネが顔を見合わせた。
「大丈夫なのにねぇ」
「そうです。オークなんて何匹も倒してるのに」
「そうだぜ」
アメリアたちは積極的に前に出て戦い始めた。自由自在に長巻を閃かせコボルトの首を刎ね、オークの心臓を刺し貫く。
この活躍にケヴィンは言葉を失った。イザークが彼の肩を叩き、
「うちのお嬢さんたちは凄いだろ」
そう言って誇らしそうに笑う。
九階層に下りたデニスたちは、ゴツゴツした岩と赤茶けた土だけの世界に息を呑んだ。生き物を拒絶するような世界に棲む魔物とは、どんな化け物なのかと興味を持つ。
「ここは嫌われている階層なんだ」
「どうしてだ。採掘できる鉱石がしょぼいのか?」
デニスが尋ねた。鉱石が目的ではなかったので鉱床を無視してここまで来たが、九階層ともなると貴重な鉱石が採掘できそうに思えたのだ。
「いや、ここには銅の鉱床がある。ただスウィンデーモンが厄介なんだ」
スウィンデーモンは特殊な能力の持ち主なのだという。種族全体で記憶を共有しているのだそうだ。
アメリアたちは首を傾げた。何が厄介なのか分からないらしい。デニスは何となくだが、ケヴィンの言っていることが分かった。
スウィンデーモンは、別のスウィンデーモンが戦った記憶を持っていることになる。つまり百戦錬磨の達人と戦っているのと同じということだ。
「探索者は、スウィンデーモンと遭遇したら逃げろ、と教わるんだ」
「しかし、目的はスウィンデーモンを倒して真名を手に入れることなんだ。逃げるわけにはいかない」
ケヴィンが肩を竦めた。
「だったら、一つだけ忠告する。戦いに時間を掛けるな。短期決戦で相手がこっちの手のうちを覚える前に勝つんだ」
デニスは頷きスウィンデーモンを探し始めた。五分後に最初のスウィンデーモンと遭遇した。
人の形をしたトカゲだ。二足歩行をするカメレオンという感じの魔物であり、手には鉄製の棍棒のようなものを持っている。
デニスは宝剣緋爪を抜き上段に構える。相手は青眼に構え目だけをギョロギョロと動かした。デニスが敵の懐に飛び込んで袈裟斬りを繰り出す。
スウィンデーモンは、剣の達人とも戦った経験があるのだろう。絶妙な角度で受け流した。デニスは反撃が来ると予想して跳び離れた。
予想通り棍棒が横薙ぎに振られ、デニスの鼻先を通り過ぎる。次の瞬間、緋爪がすり上げられ、スウィンデーモンの胴体を斬りつける。
その刃を棍棒で受け止めようとした。だが、緋爪の切れ味は尋常なものではない。棍棒を真っ二つに斬り裂き、スウィンデーモンの胸が斬り裂かれた。
「兄さん、真名は手に入れられた?」
「一匹では無理だろう」
デニスたちは次のスウィンデーモンを探した。そして、次々にスウィンデーモンを倒す。デニスは戦いが段々と難しくなっているのを感じた。スウィンデーモンがデニスの攻撃を先読みするようになったのだ。
七匹目のスウィンデーモンとの戦いが始まり、その戦いが長引いた。激しい斬撃の攻防が繰り広げられ、それが速度を増していく。
ケヴィンは手に汗を握り見守っていた。デニスから手を出すなと指示されているので、見守るしかできない。アメリアたちは戦いの見物を楽しんでいるようだ。
「凄えよな。全部の攻撃を見切って、即座に反撃してるんだぜ」
フィーネは相変わらず少年のような口調で感想を言った。
「本当に、兄さんは凄いよ」
「さすがです」
ケヴィンは心配になって、従士のイザークに確認した。
「本当に手を貸さなくても大丈夫なのか?」
「ええ、デニス様はまだまだ本気じゃないです」
「何だって! これで手加減しているって言うのか」
「本気だったら、真名術を使ってますよ」
デニスは真名術を使わず剣術だけで、スウィンデーモンを倒した。
「ふうっ、これで七匹だ。そろそろ真名が手に入っても良さそうだけどな」
デニスたちは九階層のかなり奥まで来ていた。目がいいフィーネが最初に発見して声を上げた。
「デニス様、変な建物があるよ」
全員がフィーネの指差した方向に視線を向ける。ケヴィンが建物の正体を思い出した。
「あれはスウィンデーモン王が棲むという神殿だ」
「魔物が神殿に棲んでいるのか」
デニスは違和感を覚えて声を上げた。
「神殿と呼んでいるが、建物の形が神殿に似ているだけで、スウィンデーモン王の棲家だ」
デニスはスウィンデーモン王を倒せば、確実に『記録』の真名を手に入れられるのではないかと思いついた。
「じゃあ、そいつを倒しに行こう」
ケヴィンが信じられないという顔でデニスを見る。
「スウィンデーモン王を倒したなんて、聞いたことがない。それほど強いんだぞ」
「気づかれずに偵察するという手もある。それに試して敵わないと思ったら逃げればいいさ」
デニスは岩山迷宮で強敵を倒している。その自信が大胆な行動を取らせた。




