scene:119 王子の婚約パーティー
ベネショフ領を旅立ち王都へ向かったデニスたちは、途中で雨に降られ到着が遅くなった。
ようやく王都に到着すると、屋敷で雇った使用人がデニスたちを出迎えた。その使用人たちにより綺麗に掃除された自分の部屋にデニスは荷物を下ろした。フィーネ、ヤスミンは客室に泊まることになる。
その翌日、グラッツェル家の屋敷へ挨拶に向かった。兄のゲラルトとグスタフ男爵はいなかったが、義姉のカサンドラが出迎えてくれた。
「まあ、いらっしゃい」
兄の子供であるヨルクがベビーベッドで寝ていた。アメリアはヨルクのところへ行き、可愛いと言いながら見守る。
「ヨルクは歩くようになったんですか?」
デニスが尋ねると、カサンドラが嬉しそうに頷いた。目を離すと、勝手に部屋の中を移動するので世話が大変らしい。
「王都へ来たということは、ハイネス殿下の婚約パーティーに出席するのね」
「ええ、アメリアがどうしても出たいというので来ました」
「そうね。きらびやかなパーティーになるという噂だから、ヨルクのことがなかったら、私も出席したかったわ」
「それは残念ですね。でも、グスタフ男爵は出席されるのでしょ?」
「ええ、婚約祝いの贈り物をどうするかで悩んでいたようよ」
デニスも贈り物に悩んだが、エリーゼと領地の女性たちが作った硬化樹脂の装飾品を選んだ。女性たちが作り上げたものは、硬化樹脂の中に螺鈿を閉じ込めたものである。
螺鈿というのは、虹色に輝く貝殻の一部を装飾として使ったものだ。日本でも漆器と組み合わせた螺鈿細工が有名だが、この世界では硬化樹脂と組み合わせたものが最初に世に出た。
婚約パーティーの当日、デニスとアメリアは着飾って白鳥城に登城した。領地持ち貴族の半分と王都貴族が出席するパーティーは素晴らしいものだった。
パーティー会場には、最前列に王家とオルチダレス侯爵家のテーブルがあり、その次に高位貴族のテーブルが用意されている。そして、デニスたちのテーブルは最後列である。男爵家になっても、あまり待遇は変わらないようだ。
アメリアは目をキラキラさせてパーティーを楽しんでいる。ただ料理は少しだけ食べてから、チーズ以外は手を付けなくなった。他は気に入らなかったらしい。
パーティーで出されている料理は、各種チーズと肉料理が多い。その肉料理は香辛料をこれでもかと入れているので、デニスやアメリアの舌には合わなかった。
仕方がないのでパンとチーズを食べていると、お偉い人たちのスピーチが始まった。最初に国王の祝いの言葉から始まり、王都貴族のトップが前に出てスピーチをする。
話の内容は退屈だったが、コンラート軍務卿・オスヴィン外務卿の顔を覚えられたのは有益だった。
「兄さん、ナディヤさんは綺麗だね」
パーティーの主役であるハイネス王子とナディヤ嬢は、素晴らしい衣装で着飾っていた。
「そうだな。アメリアもあんなドレスを着たいのか?」
「ちょっとだけ。でも、もう少し動きやすいドレスがいいかな」
デニスとアメリアは、似合いのカップルに視線を向けた。
ナディヤ嬢は王都の北東にあるチダレス領を領地とするオルチダレス侯爵の長女である。侯爵令嬢であるナディヤは一六歳の美しい女性である。
その時、バルナバス秘書官がデニスに近付き耳打ちした。デニスは頷いた。バルナバス秘書官が去った後、アメリアが首を傾げる。
「あの人は誰?」
「陛下の秘書官だ。パーティーが終わってから会いたいそうだ」
パーティーは順調に進行し、美男美女のカップルを祝福して終わった。その後、デニスとアメリアは秘書官に連れられ城の奥へと向かう。
王族のプライベート区画まで来た二人は、まずリビングに案内された。そこではイザベル王妃とテレーザ王女が談笑していた。
「あらっ、デニスとアメリアね。話は聞いているわ」
王妃から声をかけられた。デニスは何のことか分からず、バルナバス秘書官に視線を向ける。
「デニス様が陛下とお話をされている間、アメリア様はこちらでお待ちになってもらえ、とのことでございます」
国王からの指示らしい。
アメリアは王妃と王女を見た。王妃は気品のある女性で優しげな眼差しをしている。一方、王女はアメリアと同じ年頃で聡明そうな目をしていた。母親に似た美人である。
「ご挨拶が遅れ申し訳ございません。王妃様、並びに王女殿下にお目にかかることができ、誠に光栄に存じます。ブリオネス男爵家のデニスと妹のアメリアでございます」
デニスが慌てて挨拶するのを温かい目で見ていた王妃は、微笑んで話しかけた。
「ここは城の中とはいえ、プライベートな場所です。陛下は寛いだ状態で話をしたいのでしょう。妹さんは私が預かりますので、安心して陛下にお会いしてください」
不安そうな顔をしているアメリアを残し、デニスは国王の書斎へ向かう。その書斎では国王とクラウス内務卿が待っていた。
デニスは片膝を突いて挨拶しようとした。
「挨拶は無用だ。君から話を聞きたいと思って呼んだ」
「どのようなことをお聞きになりたいのでしょうか?」
「クリュフ領から、ギレ山賊団の討伐が完了したと報告が届いた。その中で気になることがある」
国王はベネショフ領兵士が最近になって強くなった理由を尋ねた。
「それは、迷宮で有用な真名を得られたこともありますが、地道に鍛えたからでございます」
「ふむ、特別な訓練でもしたのかね?」
「特別と言えるかどうか分かりませんが、宮坂流の術理に従い鍛えました」
「その術理とは?」
デニスは国王の目を見て問う。
「陛下は、我が宮坂流の門下に入ることを望まれるのですか?」
国王が苦笑した。
「そうだったな。門下に入らなければ、教えることはできぬのだった。では、問いを変えよう。兵士を強くするために必要なことは何だと思う?」
難しい問いだった。即答できなかったデニスは、時間をもらい慎重に考えた。
「どうだ。考えが纏まったか?」
「はい。兵士を強くするためには、実戦と合理的な訓練しかないと思います。その上に、兵士に目標を与えることが重要だと思います」
国王とクラウス内務卿が納得できないという顔をする。
「目標とは、どういうものだ?」
「ベネショフ領を例にしますと、兵士たちには岩山迷宮の五階層までを攻略し、六階層へ行けるようになることを目標にさせました」
「なるほど。しかし、目標を達成できない者も出てくるのではないか?」
「指導する者の工夫が必要です。目標を達成させるために、どのような訓練が必要か、そのための装備はどうするか考えるのです」
国王は国軍について考えた。厳しい訓練を課しているつもりだったが、目標というものはない。なので、同じ訓練をだらだらと続けていたかもしれないと反省した。
国王が納得すると、次の質問が発せられた。それは治癒の指輪に関するものだった。
「ギレ山賊団討伐において、ベネショフ領の従士が『治癒の指輪』を使用したと報告にあった。ベネショフ領では、『治癒の指輪』を製作できるのかね?」
「可能です。ただ作れるのは自分だけですので、数多くは作れません」
クラウス内務卿が目を輝かせた。デニスが自分が治癒の指輪を作れることを打ち明けたのは、推理すれば分かるからだ。
デニスが『治癒』の真名を持っていることは、王家に知られている。『治癒』の真名を転写できるのは誰か、国王も察していただろう。
「注文に応えられるのだな?」
デニスは渋々という感じで肯定した。とはいえ、ベネショフ領を発展させるために忙しいデニスには、大量の指輪を作るだけの時間はなかった。
「それならば、月に一個でも構わんから製作してもらえんか?」
「月に一個で構わないのでしたら、お引き受けいたします」
クラウス内務卿はニコニコ顔で頷いた。これには理由がある。国内の治療師が不足しているのだ。この国には怪我を負った者を治療するために、医者と治療師の二者がいる。
医者は薬草や通常の治療行為により傷や病を癒やす者であり、治療師は真名術により傷を癒やす者を指す。
治療師になるのは探索者を引退した者がなる場合が多いが、治癒系の真名を持つ探索者が減少しているのだ。探索者の質も落ちているのではないかと、クラウス内務卿は考えている。
そのために本来なら死ななくてもよい負傷者が、死ぬようなことが増えている。国でも何か対策をと考えていたのだが、医者の数を増やすために王立の医者養成学校を設立するくらいしかできなかった。
利益ある話し合いができたので、国王は満足そうな顔をしている。最後にデニスに尋ねた。
「国として、真っ先に行わねばならないことは何だと思う?」
「住民台帳の整備と、税制改革だと思います」
この国の住民台帳は、かなりいい加減なものだった。その台帳を基に人頭税が徴収されているのだが、一律に税額が決まっているので、不公平な点がある。何しろ、赤ん坊から老人まで同じ金額が徴収されるのだ。問題がないはずはなかった。
それを指摘された国王とクラウス内務卿は深く考え込んでしまった。
「中々考えさせられる意見であるな。その意見を聞けた褒美に、何か欲しいものはあるか?」
「賢人院への紹介状を希望してもよろしいでしょうか?」
デニスが紹介状が欲しいと告げた賢人院とは、国の誇る学者や芸術家が集う学術クラブのようなもので、王家が主催している。
「容易いことだ。それだけで良いのか?」
「はい」
話が終わり、デニスとアメリアは城を辞去した。その後姿を見送った国王に王妃が寄り添った。
「アメリアという子は、面白い娘でしたわ」
「どう面白いのかね?」
「あの歳で、迷宮の八階層に潜りスケルトンを倒した、と申しておりました」
国王は眉をひそめた。
「ブリオネス男爵家も無茶をするものだ」
そう呟いた国王に、テレーザ王女が懇願した。
「陛下、私も迷宮に行ってみたいです」
国王と王妃は顔を見合わせ、溜息を吐いた。




