scene:114 山賊退治
カルロスは散らばって監視している兵士たちを呼び集め、川下に急いだ。満月に照らされたチグレグ川沿いの小道を南下すると、前方で大勢が戦う騒ぎが聞こえてきた。
「何をしている。逃がすな! 追え!」
ギュデン男爵の叫ぶ声が聞こえる。
男爵の兵士たちが形成する包囲網が突破されたことに気づいたカルロスは舌打ちした。
「チッ、誰かがドジを踏んだな」
戦いは近隣の小さな村がある方へと移動していた。
「まずいな。我々は村に先回りして、山賊が村に入ることを阻止しよう」
カルロスの命令でベネショフ領の兵士たちは、村へと急いだ。
村に到着したカルロスたちは、村人を起こし山賊が近付いていることを知らせる。年老いた村長が、カルロスの前に現れ不安そうな声で尋ねた。
「大丈夫なのでしょうか?」
山賊が村に入ってくることを恐れているようだ。
「問題ない。我々が村を守る」
カルロスは村の前に兵士たちを配置した。
戦いの喧騒が近付き、村人が恐怖の表情を浮かべる。カルロスは武器を構えるように命じた。兵士はマントを脱いで背負っている長巻を鞘から抜く。
月光の下で戦っている山賊とマノリス領兵士の姿が現れた。
山賊の方が数が少ないようだ。ギュデン男爵は奇襲で山賊の数を減らしたが、隙を突かれ山賊に包囲網を破られたのだろう。兵士と山賊の技量にさほど違いはない。
人数の多いマノリス領兵士団と山賊が互角に戦えているのは、ギュデン男爵が的確な命令を出していないからだ。「殲滅しろ」「一人も逃がすな」と叫んでいるだけで具体的な指示を出していない。
山賊の一人が村へ走り込んできた。カルロスは長巻で山賊を横薙ぎに斬った。その姿に気づいたギュデン男爵は、カルロスに視線を向け怒鳴る。
「こいつらは、我々の獲物だ。手出しするな!」
カルロスは顔をしかめ、怒鳴り返す。
「ノルベルト団長の作戦では、協力して敵を殲滅することになっていたはずだ!」
「五月蝿い。手出しすれば、貴様らも容赦せんぞ」
ギュデン男爵の目が戦いの興奮で血走っている。正常な判断力を失っているようだ。そんな時、川下から数匹の馬が走ってきた。ノルベルト団長である。
村の前で壁になっているカルロスたちに気づいたノルベルト団長が尋ねた。
「どうして、援護しないのだ?」
「ギュデン男爵が我々の援護を拒否しているのです」
戦いは消耗戦になっていた。山賊とマノリス領兵士団の双方が数を減らし凄惨な地獄が生まれている。
「男爵にそんな権限はない。私が許す。ベネショフ領の兵士も参戦してくれ」
「承知しました」
カルロスたちは素早く動き出し、山賊の背後から襲いかかった。三〇人ほどの兵士は一撃で山賊に致命傷を与える。長巻を武器とするベネショフ領の兵士は、瞬く間に山賊を駆逐した。
ノルベルト団長は一撃で山賊を仕留めるベネショフ領兵士に脅威を感じた。近衛騎士団に匹敵する精強な兵士だという印象を受けたのだ。
団長はベネショフ領兵士が防御用の真名術を使っているのにも気づいた。山賊が後ろから斬りつけても、平然として振り返り反撃したのを目にしたのである。
「ベネショフ領の兵士は全員が真名術の使い手なのか。侯爵に報告せねばならんな」
戦いが終わった時、戦場跡に真っ赤になって怒っている人物が現れた。手柄を横取りされたと感じたギュデン男爵が、カルロスに歩み寄り怒声を上げる。
「手を出すなと、言ったはずだ!」
カルロスは平然として、言い返す。
「ノルベルト団長の命令です」
その時になって初めて、男爵は団長に気づいたようだ。その顔を見て悔しそうに顔を歪めた。
「最後に、ベネショフ領の援護があったとしても、これはマノリス領の手柄だ。陛下にはそう報告してもらいますぞ」
男爵が団長を睨みながら言った。
マノリス領の兵士団から、かなりの死傷者が出たようだ。
「負傷者を村に運び入れろ」
カルロスは兵士たちに命じた。その命令を聞いた団長は、治療を行うのだと気づいた。
「衛生兵を連れてきているのか?」
カルロスは首を振り、左手につけている指輪を見せた。
「治癒の指輪です。これを使います」
山賊退治で他領の兵士から多くの負傷者が出た場合、エグモントから治癒の指輪を使えと指示されていた。他領の兵士とはいえ、同じゼルマン王国の国民だからである。
見捨てるという選択肢は取れなかったのだ。
治癒の指輪を所有しているのはカルロスとイザークだけなので、二人は重傷者の間を廻り指輪を傷口付近に押し当ててから起動文言を呟いた。
指輪の効果で傷口が盛り上がって出血が止まり、みるみるうちに傷が治っていく。
「こ、これは……国宝級の指輪ではないか」
ギュデン男爵が指輪に手を伸ばそうとして、ノルベルト団長に止められた。
「負傷者はベネショフ領に任せ、我々は死者を弔う準備をしましょう」
ギレ山賊団は壊滅した。その功績は、クリュフ領とマノリス領、ベネショフ領で分け合うことになった。クリュフ領が総指揮を執り、マノリス領とベネショフ領が実際に山賊を討伐したということだ。
クリュフバルド侯爵としては、侯爵騎士団が活躍することを期待していたので不満足な結果となったようだ。そして、ギュデン男爵も満足していなかった。最後の最後で、ベネショフ領に手柄を横取りされたという気分だったのだ。
その報告書は国王に送られた。それを読んだ国王は、二つの点に着目する。ベネショフ領兵士の精強さと治癒の指輪の存在である。
「ベネショフ領の次期領主デニスは、婚約パーティーに出席するのだな」
国王がバルナバス秘書官に確認した。秘書官は優雅に頭を下げ肯定する。
「デニスと話ができるように手配せよ。確認したいことがある」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
雅也と神原教授が設立した魔源素結晶販売会社マナテクノは、魔源素を利用した動真力機関という推進装置を発明した。それを基に救難翔空艇という救難ヘリに代わる乗り物を開発すると、防衛装備庁から攻撃ヘリの代わりとなる試作機の開発を依頼された。
マナテクノの第一工場では、その試作機の開発が行われている。しかも、多くの技術者が工場内で寝泊まりするほどの活気を帯びていた。
三倍に人員が増えた試作機開発チームの作業場を見て、雅也は溜息を吐いた。
「低予算で試作機を作って、自衛隊に動真力機関の可能性を見せつける、というコンセプトで始めたのに」
雅也が愚痴っていると、傍にいた中村主任が苦笑した。
「増えた人材は、自衛隊の技官と防衛関連企業の技術者です。マナテクノの人件費は増えてませんよ」
雅也は納得できないという顔をする。
「だけど、最初は一機だけの予定だったのに、救難翔空艇の機体を武装しただけの武装翔空艇とステルス攻撃ヘリモドキの二機を試作することになったのは納得できない」
「武装翔空艇が、あまりにも順調に開発が進んだせいじゃないですか」
中村主任が言うように、武装翔空艇の開発は順調だった。搭載する高出力の推力偏向型動真力エンジンが完成したのが開発を始めた頃で、その推力偏向型動真力エンジン四基を武装翔空艇に搭載することで、空中を自在に飛行することができるようになった。
ちなみに推力偏向型というのは、推進力の方向を自由自在に変えられるという画期的なものである。
そして、戦闘機用として開発されていた高性能小型レーダーと他の電子機器を防衛省や防衛関連企業から提供され、完成の目処が立った。
すると、技術者たちがステルス機能やジェットエンジンを組み込んだら、どうなるだろうと言い出した。勝手にステルス型攻撃翔空機の設計を始めたのだ。
もちろん、本格的な戦闘機並みの性能を求めれば、予算も時間も足りない。そこで自衛隊や防衛関連企業で開発された技術や製品を持ち寄り、なるべく既存技術で試作機を開発することになった。
「それだと古い技術で試作機を作ることになる。それでいいのか?」
「目的は、動真力機関を使って、武装翔空艇が開発できるかです。他の部分は既存のもので十分なんですよ」
「なら、ステルス型攻撃翔空機は不要だろう。武装翔空艇だけの開発に集中すればいい」
中村主任はゆっくりと首を振った。
「それだと予算が余ります。お役所の予算は使い切ることが基本なんです」
納税者が聞いたら激怒するようなことを中村主任は言った。現に雅也自身がイラッとする。多額の税金を収める予定だったからだ。
雅也は中村主任を筆頭とする技術者たちの熱意に負けた。予算内なら研究開発を続けることを承認したのだ。
「ところで、ジェットエンジンを組み込むと言っていたステルス型攻撃翔空機は、最高速度がどれほどになるんだ?」
「音速の九割程度です。音の壁を超えるには、大出力の軍用ジェットエンジンが必要です」
ヘリコプターと比べれば驚異的な速度だが、戦闘機と比較すると遅い。だが、ステルス性能は高いようだ。ステルス性能を優先して機体デザインしたと聞いている。
その時、工場の警備をしている元自衛官の久坂警備主任が報告に来た。
「聖谷取締役、また不審者を捕まえました」
「おいおい、今月に入って三人目だぞ」
「増えたのは、防衛装備庁から依頼された開発が始まってからです」
「はあっ、今度はどこの国だ?」
「お隣の大国です。塀をよじ登って工場内に入ってきました。一万円札が風で飛ばされて工場内に入ったので、よじ登って探していたそうです」
「そんな言い訳を信じる奴がいるのか?」
工場の塀の高さは三メートルもある。それをよじ登るという行為は尋常なのものではなかった。捕まった人物は某大国のスパイに違いないだろう。
以前はドローンを操り盗撮するというケースが多かったが、ライフル型電波銃でドローンを撃墜するようになり、直接侵入するという馬鹿が増えた。
こういう事態になったのは、武装翔空艇の試作機開発を知った国防族議員がマスコミに情報を漏らしたからだ。マスコミはEUの攻撃ヘリがキャンセルとなったことを知り、その予算がどうなるのか問い詰めたらしい。
「今まで通り、自衛隊に引き渡してくれ」
最初の頃は警察に引き渡していたのだが、途中から自衛隊情報保全隊の樋口室長という人物に引き渡すように警察から指示があった。
どうやら情報保全隊というのは防諜関係の部署らしい。




