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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第4章 新領地開発編
114/313

scene:113 マノリス領のギュデン男爵

 カルロスとイザークは、古参兵士二〇人と新参一〇人を選んで討伐兵士団を編成した。ベネショフ領兵士には新しい制服が採用されており、領民たちの目を引いた。


 オリーブ色の厚手の布で仕立てられたズボンと上着、それに紺色のマントが冬の野戦服として採用されたのだ。


 この野戦服は各自二着ずつ配布されており、兵士たちからも好評だった。布が丈夫で激しい訓練をしても破れなかったからである。以前は、継ぎ当てだらけのバラバラの服を着ていたので見栄えが全然違う。


 同じ野戦服を着た兵士たちが並ぶと、見る者に強烈な印象を与えた。中身がどうあれ、精鋭部隊という感じがするのだ。


「三〇人は少ないような気がするのですけど」

 イザークがカルロスに告げた。


「デニス様が言うには、これくらいがちょうどいいそうだ」

 カルロスは侯爵騎士団に花を持たせるつもりだ、ということをイザークに話した。


「そうだったんですか。張り切っていたのに残念だな」

 討伐兵士団はクリュフ領へ出発した。彼らはベネショフ橋を渡りエニダル街道を北上する。クリュフ領に到着したカルロスたちは、集合場所である侯爵騎士団の訓練場へ向かった。


 そこには侯爵騎士団とポルム領の兵士が集まっていた。訓練場に入ると、ベネショフ領の兵士たちは注目を浴びた。野戦服が注目されたようだ。貴族の常備兵で制服を採用しているところは少ない。西部地域の領地では、クリュフ領だけだった。


 クリュフ領の野戦服を着ている兵士たちは、少し野暮ったい自分の野戦服を見てから、羨ましそうにベネショフ領の野戦服を見た。一方、制服を持たないポルム領の兵士は、溜息を吐くばかりである。


 そのポルム領の指揮官は、次期領主のリヒャルトのようだ。彼はカルロスの傍に来て話しかけた。

「ベネショフ領は軍服を採用したのだね、羨ましい。ところで、デニス殿が来ると思っていたのだが、一緒ではなかったのかね?」

 リヒャルトが不審に思って、カルロスに尋ねた。


「デニス様は、王都へ行っておられます。代わりに私が兵士たちを率いて来ました」

「まさか、ハイネス王子の婚約パーティーに出席されるのか?」

「はい、アメリア様が強く希望されたと聞いています」


 リヒャルトが納得したというように頷いた。リヒャルトはベネショフ領の兵士人数を数え、カルロスに視線を向ける。

「ベネショフ領は、侯爵騎士団に遠慮しているのかね?」

「今回の山賊討伐は、侯爵様の騎士団が中心となり行われると聞いております」


 リヒャルトは苦笑した。

「そうなんだが……他の貴族はチャンスだと思っているようだぞ」

「どういうことでしょう?」


「ベネショフ領は、ダミアン匪賊団を倒し名を上げた。それにあやかり、今回の討伐で活躍し名を上げようと思っている貴族もいるのだ」

 実際に名を上げたカルロスたちにとって、思ってもみなかったことを言われた。


「しかし、今回の戦いは侯爵騎士団が中心になって行われると、デニス様は考えているようでした」

「そうなのだが、戦いの中で活躍する場面もあり得ると思うのだ」

 そのために、リヒャルトは六〇人の兵士を率いて来ているという。


 カルロスとリヒャルトが話している最中に、マノリス領の討伐兵士団が到着した。指揮官は領主のギュデン男爵だ。リヒャルトがギュデン男爵を見て苦笑する。

「マノリス領は、領主自らが出陣か。気合が入っているな」


 カルロスは、初めて見たギュデン男爵にあまりいい印象を覚えなかった。男爵は大柄な人物で、エラの張ったいかつい顔をしていた。


 カルロスの第一印象が悪かったのは、男爵の服装のせいだと分かった。その顔に似合わない場違いに豪華な服を着ていたのだ。山賊討伐に来たというのに、何を考えているのだろう、とカルロスは思った。


 カルロスは鋭い視線でギュデン男爵を値踏みした。あんな服では戦うこともできない。何のために来たのだろう。

「そこにいるのは、リヒャルト殿ではないか」


 ギュデン男爵が寄ってきた。その背後には一〇〇人ほどの兵士がいる。

「男爵自ら兵を率いて来られるとは、ご苦労さまです」

「ふん、陛下の命が下ったのだ。当然ではないか。どこかの貴族のように兵士の服ばかりを気にして、一族の誰も来ぬようでは問題外だ」


 誰から聞いたのか分からないが、ベネショフ領の兵士団の情報を知ったようだ。カルロスが唇を噛み締めた。やはり、デニスが来た方が良かったのではないかと後悔する。

「いや、構わないよ。山賊一〇〇人程度に何人もの貴族が雁首揃えて追い回すのも無駄だ」

 いつの間に来たのか、クリュフ領の次期領主ランドルフとノルベルト団長が立っている。


 ギュデン男爵がランドルフの顔を見て、一瞬だけ不機嫌な表情を浮かべた。

「陛下の命で討伐隊が集められたのですぞ。それを家臣だけに任せるとは、無責任極まりない」


 男爵はどうしてもブリオネス男爵家をおとしめたいようだ。ランドルフがブリオネス男爵家をかばってくれたが、ギュデン男爵とカルロスたちの間にしこりが残った。


 数時間後、最後にバラス領の兵士たちが到着した。バラス領は従士を指揮官とする兵士一〇人だけのようだ。バラス領のスヴェン準男爵は、山賊退治に興味がないらしい。


 各領地の指揮官だけを集め作戦会議が開かれることになった。その間に兵士たちは、訓練場にテントを張り始める。


 これだけの人数を泊める宿を確保するのは難しいので、兵士たちは訓練場にテントを張って宿泊することになっているのだ。


 カルロスとイザークは侯爵の屋敷に案内され、会議場へと入った。二〇人ほどが会議を行える部屋だ。ベネショフ領の領主屋敷にはないものであり、カルロスはさすが侯爵家だと感心する。


 作戦会議が始まり、侯爵騎士団のノルベルト団長が状況を説明した。山賊団は素早くクリュフ領に侵入し、二つの村と一つの町を襲ったという。これは山賊のやり方ではなく、軍のやり方に似ているらしい。


 ノルベルト団長の説明によれば、山賊団の中にヌオラ共和国軍出身の者がいるそうである。

 ギュデン男爵が質問した。

「山賊団が、チグレグ川のどの辺を渡河しているのか、見当もつかないのか?」


 ランドルフが顔をしかめ頷いた。

「残念ながら見当もついていない状況です。しかし、山賊団は満月の夜に川を渡ってきているのが判明している」

 満月は明日からである。集合日が今日だったのには、そういう理由があったようだ。


 ノルベルト団長はチグレグ川の流域を四等分して、各領地の兵士団に割り当てることにしたようだ。

「それでは、ベネショフ領とポルム領は一番上流の区間をお願いします」


 一番山賊が現れる可能性が低い場所だ。リヒャルトは残念そうな顔をする。だが、承知したと声を上げた。カルロスも同様である。


 次の区画はマノリス領に割り当てられた。すると、ギュデン男爵が異議を申し立てた。

「待ってもらおう。我々には三番目の区画を割り当ててもらいたい」

 ギュデン男爵は一番可能性が高いとされている区画を逆指名した。


 ランドルフが眉をひそめる。

「ギュデン男爵、陛下からの命により、総指揮はクリュフバルド侯爵家に任されている。勝手な要望は聞けません。指示に従い、指定した区画を担当してもらう」


 ギュデン男爵は渋々承諾した。ランドルフは山賊を発見した時、すぐさま報告するように指示した。その報告を各領地の兵士団に連絡し包囲するつもりのようだ。

 作戦会議が終わり、カルロスとイザークが訓練場に戻ろうとした時、ランドルフから呼び止められた。


「あの野戦服は、ベネショフ領で仕立てたものなのか?」

「ええ、そうです」

「布はどうしたのだ。ベネショフ領では織物もしているのか?」


 カルロスは肯定した。三〇番手の糸を使った織物は、別に隠しているわけではなかったからだ。

「ふむ。ベネショフ領では太い糸も作っていたのだな。我々に売れるほどの生産量はあるか?」

「デニス様は、三〇番手の糸は量産して他領や他国にも売るつもりだと言っておられましたので、大丈夫です」


 ランドルフが首を傾げた。

「三〇番手の糸?」

「ベネショフ領では、綿糸の太さによって糸に名前を付けているのです。クリュフ領に売っているのは八〇番手の糸、野戦服に使っているのは三〇番手の糸です」


「ほう、そんな名前なのか。初めて聞いたぞ」

「ベネショフ領内だけの呼び名ですので……」

「我が領ではベネショフ領の糸という呼び方をしていたのだが、ベネショフ領にならって三〇番手、八〇番手の糸と呼ぶ方がいいようだ」


 ノルベルト団長が話がずれているとランドルフに注意した。

「おっと、そうだった。団長がベネショフ領の兵士たちが着ている野戦服を気に入ったようだ。三〇番手の糸も購入したいのだが、エグモント殿に伝えておいてもらえないか」


「承知しました。デニス様が喜ばれるでしょう」

「エグモント殿でなく、デニスが喜ぶと言ったが、糸作りはデニスが仕切っているのか?」

「そうです。デニス様が計画され、工場を建てられたのです」

 カルロスは誇らしそうに言った。


 ベネショフの町では、大勢の人々が紡績工場で働き始めている。デニスは貧しい家庭から優先的に雇用したので、貧困で苦しむ領民は半減した。ただ貧困に苦しむ全員を雇用できたわけではないので、デニスはまだまだ工場を大きくしようと考えているようだ。


 なので、紡績工場の製品を購入してもらえるという話は、ベネショフ領にとってありがたかった。話が終わり、カルロスたちは訓練場に戻った。


 翌日、各領地の兵士たちは担当する区画に向かった。そして、夜になり兵士たちが川沿いに散らばる。カルロスたちも川沿いに監視体制を敷き、見張りについた。


 深夜になった頃、カルロスが新人兵士のエクムントに声をかけた。

「こうしていると、ダミアン匪賊団の時を思い出すな」

「従士長たちが、ダミアン匪賊団を発見したんですよね」


 カルロスが頷いた。

「ああ、運が良かったのだ」

 その時、クリュフ領の連絡兵が走り込んできた。

「マノリス領の担当区画に、山賊が現れました」


 カルロスは苦い顔をする。

りにって、マノリス領のところか。予定通り、兵士たちを集めマノリス領の援護に向かおう」



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